砂漠のオアシス
透明度の高い水と、微風に靡く椰子のような木。囲うように広がる砂は汚れなき純白。もしこの世界に妖精や精霊がいるならば、正にこのオアシスのような場所が相応しい。
自分の知る言葉では到底表しきれない程の神秘的な光景に、息をするのも忘れてしまう。
インスタンスダンジョンは。というか、少なくともオアシスでは明るさが調整されているのかもしれない。先程まで薄い黒に覆われていた空は、雲1つない澄んだ水色をしている。
「俺も初めてここに来た時は年甲斐も無く感動したぜ」
何かを打ち込むように手を動かしながら、港さんが笑う。元のサイズに戻ったキングがケビンとダリアを乗せて駆け回り、部長は気持ちいい日光にやられたのか、砂の上でごろりと横になり寝息を立てていた。
自由だな。リゾート地に来るのが目的じゃあないんだけど。気が抜けるのも無理はない。
「っし、打ち込み完了」
「何を打ってたんです?」
「ん? ああ、オアシスの座標だ。まだ書き込み自体少ないが、見つけたプレイヤーが専用の掲示板に随時書き込んでいる。まあ、1時間に1個投稿されればいい方だな……」
情報の共有か。確かに、インスタンスダンジョンは他のプレイヤーとは隔離された場所であるから、情報を独占する必要もない。たとえ場所が30分で変更されるとしても、探す時間のない人には優しい配慮だ。
「まだここに来ているプレイヤーの総数自体が少ないんですね」
「そういう事だ。砂の町付近はほぼ最前線と言っていいからな。ここを利用するプレイヤーの中には『トッププレイヤー』もちらほら居るらしいぜ」
そんな場所に俺を連れてくるのは全然早いんじゃないかと思いつつ、港さんのトッププレイヤーという言葉で、オアシスに飛ばされる前に見た光景が蘇る。
「ここに来る途中にトッププレイヤーらしき人に会いました。まあ、遠くから見かけた程度ですが」
「なんでそれだけでトッププレイヤーだってわかる?」
「複数体いたサンド・デビルを一撃で倒してましたから。長い杖を持った魔法職と騎士風の防具と黄金の剣を持った戦士職、女性プレイヤーの2人組でしたね」
港さんは記憶を辿るように首を捻り、ハッとした顔で口を開く。
「……そりゃ『戦乙女』だな。剣が黄金なら『銀騎士』じゃないし、サンド・デビルを一掃できるとなればほぼ間違いない」
「戦乙女……」
「もしそうならダイキの予想通り、トッププレイヤー勢だな。最前線の中でも特にレベルやPSが高い連中だ」
最前線組より更に強いトッププレイヤー。レベルだけでも、俺とどれ程の差があるのだろうか。
「トーナメントで上位を狙うなら、こいつらを最も用心すべきだな。奴ら、そこら辺のフィールドボスなんて通常モンスターを狩る感覚で倒しちまうからな」
あまりにもレベルが離れていると、テクニックでも埋められない大きな差が生まれる。その戦乙女と呼ばれるプレイヤー達のレベルは、低く見積もっても40以上か……。
相当レベルを上げなければ打ち合いにすらならずに勝敗が決まる可能性もあるな。
「じゃあ負けないように、レベル上げを頑張りましょうか」
「そうだな」
キング達を呼び戻し、部長を頭に乗せる。今後、このオアシスでどれほど経験値を稼げるかでトーナメントの難易度が変わってくるな。とにかく、目標の30まではしっかり上げておかなければ。
「あ、そうだ」
歩き出した所で、港さんが何かを思い出したかのように呟く。
「戦乙女は俺たちと同じ召喚士なんだぜ」
港さんが言うに、オアシスに出現するモンスターは全部で3種類。物理防御の高い赤のウサギ。魔法防御の高い青のウサギ。そして両方が高い金のウサギだ。
赤のウサギも青のウサギも、同レベル帯のモンスターの中では経験値が多い方ではあるが、金のウサギの経験値は別格らしい。
俺たちはそれぞれ『赤のウサギはダリア、ケビン、俺』『青のウサギは港さん、キング』と、担当を決めてオアシスの移動を始める。
金のウサギが出現した場合はそちらを最優先、俺たちの全火力で倒す事になっている。回復役の部長は全体のサポート役として頑張ってもらおう。
現在のレベルだが。
俺:26
部長:15
ダリア:23
港さん:35
キング:32
ケビン:27
昆虫森林、フィールドボス、盗賊団、クエスト報酬とハイペースなレベル上げの成果は部長のレベルを見れば一目瞭然だ。聞けばオアシスの敵はレベルと強さは=ではないらしい。
あの強い2人組が召喚士だとすれば、トーナメントで勝ち進めば嫌でも当たる相手だろう。近場であの火力を見てみたい気持ちもあるが……。
勿論、戦う事になれば勝つ気で挑む。
暫く歩いていると、七色の花を咲かせるサボテンの陰から赤色ウサギが顔を出した。港さんに視線を送ると、小さく頷くのが見える。
先手必勝!
素早く剣を抜きつつ鼓舞術によるパーティの強化と野生解放によるダリアの強化を行い、隼斬りにて10メートル程の距離を瞬時に詰める。赤色ウサギは反応できなかったのか、こちらへ顔だけ向けて固まっていた。
【レッド・ボーナスラビット Lv.35】
高い……いや、レベル程の強さは保持していない筈。このまま押し切る!
隼斬りで減った赤色ウサギのLPは1%に満たない。物理防御が高いとはあったものの、これでは殆ど無効してるのと変わらないな。
続け様に気絶盾を用いて赤色ウサギの動きを封じる。と、俺の両脇をすり抜けるようにして放たれた2つの黒い球体が、気絶状態の赤色ウサギに炸裂する。
驚いた。
魔法で減ったLP量は今のだけで30%を超えている。確かに物理防御特化のモンスターのようだ、そして魔法がよく効く。
赤色ウサギの反撃。
後ろ足で蹴り飛ばすようにして放たれた一撃を受け止めるようにして盾を構え、姿勢を低くし両足で踏ん張る。鈍器で殴りつけられたかのような重い衝撃と金属音の後に、視界端にある俺のLPが5%程削れるのが見えた。
攻撃力は大した事ないのか。
ならばとお返しにと魔力を込めた剣、魔閃剣を叩き込む。加えて、魔閃剣の技が切れるタイミングに合わせて左手の盾を移動。技繋ぎによる切り替えで再び気絶盾を放ち、赤色ウサギの動きを封じ込める。
ダリアとケビンの魔法の威力が高いのも相まって、赤色ウサギは反撃という反撃もできぬまま、LPが全損し硝子のように砕け散った。
うん。危なげなく倒せたな。
見ると部長とダリアがレベルアップしていた。今の戦闘だけでかなりの経験値が貰えたのだろう。赤色ウサギでこの調子なら、金色ウサギはどれ程の経験値を孕んでいるのか。
「通常のクエストとストーリークエストの違いって何ですかね?」
狩りは順調に進んでいき、10分もすれば会話する程に余裕も出来てきた。初の戦闘から今まで合計5匹の赤青ウサギ達を倒したが、港さんとキングが担当している青ウサギの方も問題なく狩れている。
ともあれ、やはり金色ウサギの出現率は低いのか、まだ一度も遭遇できていなかった。
「ストーリークエストっていうのは、この『Frontier World』っていう世界の物語に直接関係するクエストだと俺は解釈している。んで、通常クエストはそれ以外だな」
「となると盗賊団のクエストは世界に関係のあるクエストだったって事ですよね」
「そうだなー。あのガキ、若しくはあの親玉がFrontier Worldにとって重要度の高い人物だったのかもしれないし、親玉を連れて行ったあの施設がそうなのかもしれない」
なるほど、人物ではなく施設という可能性もあるのか。視野を広げるとあの兵士の誰かだったり、兵士の上司的な彼がそれに当たる可能性もあると。
ますます、ストーリークエストの続きが気になってきたな。
「と、言ってる間にお出ましだぜ」
前を行く港さんは右手を横に突き出し、後ろの俺たちに止まれの合図を送りながら、前方をピョンピョン跳ねる黄金のウサギを嬉しそうに見据えた。
サイズは他のウサギと一緒だ。となるとレベルが気になるが……。
【ゴールド・ボーナスラビット Lv.40】
5つ高いか……。そしてこのウサギは物理も魔法も防御が高い。俺は部長とキング、そしてケビンにも野生解放を使い火力の底上げを図る。
「ゴリ押しいきます」
「おう」
ターゲットは違えどやる事は一緒だ。隼斬りからの気絶盾で金色ウサギの動きを封じ、赤の閃剣による突きを放った。
気絶状態の金色ウサギの体を巨大な炎の柱が包み込み、続いて黒色の剣が地面から伸びた。空中を回転しながら、キングは遠心力の力を乗せて電撃を帯びた爪を繰り出し、港さんが赤色のオーラを纏った拳でラッシュをかけた。
放たれる魔法が花火のように、港さんの拳が太鼓のように、辺りが祭りのようなけたたましさに包まれた。気絶はとっくに切れているだろうが、攻撃役達の猛攻は続く。
爆風で舞い上がった砂により、金色ウサギがどうなったのか確認できない。
「やったか?」
肩で息をする港さんが呟いた。
港さん、その台詞はフラグが立ちます。
途端、俺たち全員にレベルアップを告げる音が鳴った。砂が晴れると、そこに金色ウサギの姿はなく、代わりに爆散した後のポリゴンが風に流されるように消えていくのが見えた。
やっちゃったよ。初めてだな、この台詞を言って倒せたケース。