クエストと砂漠の悪魔
言葉が出ないのか、なんとも言えない表情を浮かべ俺を見上げる少年に声をかけた。
「この男には今まで行ってきた罪の罰を受けてもらう。本来なら君も裁かれるべきだと俺は思うけど、今回は俺と君の間の出来事だ。黙っててあげるから今後は犯罪なんかするなよー」
前半部分でゲヘロがギョッとしていたが、港さんががっちりと捕まえているため脱走できずにいた。
警察に突き出して何もなければ彼も自由になるが……まあ、可能性は無いだろう。
「……ありがとうございます、異人様」
「お、話せるのか。人が居ないからってこの建物にある物を持ち出すんじゃないぞ。これは盗まれた人達の財産で君の物じゃない」
「はい……」
「よろしい! じゃあご褒美に、俺が君にとっておきの情報をあげよう。君の名前は?」
「……ラルフ」
「ラルフか」
俺は、ラルフの身長に合わせるようにしゃがんで顔を覗き込む。
着ているものや髪、肌も汚れているが意志の強そうないい顔をしている。
「ラルフは美味しいものって食べたことある?」
「……焼き鳥とか?」
「なんでもいいさ。ただ、それが何倍にも美味しく感じる方法がある。それを教えてあげよう」
ラルフの頭をガシガシと撫でながら、俺が小学校の頃、やんちゃした時の先生の言葉を思い出す。
「自分で汗水垂らして稼いだ『綺麗なお金』。これで買った食べ物は、何でも美味しく感じる魔法にかかるんだってさ」
盗んだ金で買った物は、自分で買った物とは言い難い。働いて、大変な思いをして、両親の有り難みを感じ、頑張った自分へのご褒美として旨い物を食べる。これに勝る調味料は無い。
「強く生きろよ」
笑いかけると、ラルフも釣られたようにぎこちなく笑みを浮かべる。
「……ありがとう、異人様。俺、異人様のような大人になる!」
うむ。真っ当に生きていればきっと報われるだろう。
我ながら臭い台詞を言ってしまったと思いつつ、咳払いをして立ち上がる。
「じゃあな、ラルフ」
「またね、異人様!」
またね、か。今後のクエストに関するフラグか何かだろうか。
なんにせよ、ラルフは非行少年を卒業してくれるだろうか。
――再び会う時が楽しみだな。
俺たちが表通りに出ると、町民から次々に悲鳴が上がった。
彼らの視線の先には、スキンヘッドに脂汗をかきながら、悔しそうに歯ぎしりをするゲヘロが映っている。
余程のお騒がせ者なのか、ただ単に彼の形相に恐れをなしているのか。
そこに数名の男達が町民を掻き分けこちらへ駆けてくる。
剣ではなく槍のような物を背負っているように見えた。
「貴様ら! 盗賊団の一味か!」
俺たちを取り囲むように、槍を手に持ち臨戦態勢にはいる男達。――が、ゲヘロの腕を港さんが掴んでいるのを見て、状況をなんとなく把握してくれたらしい。
「……何があった?」
「少し暴力を振るわれそうになったのでとっ捕まえて、しかるべき場所に連れて行く所だったんですよ」
「お、おい! 待て! 違う、俺はハメられただけなんだ! こいつらが俺を犯人に仕立て上げようとしてるんだ!」
ゲヘロは必死に弁解の言葉を口にするが、ゲヘロの正体を知っているのか、男達は顔色一つ変えずに俺の言葉にだけ耳を傾ける。
「あなた方はもしかして、この町の兵士ですか?」
「そうだ……ゲヘロは町で悪事を働く盗賊団の親玉で、なかなか尻尾が掴めなかった男だ。君たちも仲間という可能性は捨てきれないから、悪いが一緒にこっちに来てもらえるか?」
「勿論です」
ゲヘロを兵士に渡し、彼らの後に続く。混乱を避けるためか、目立つ姿をしているケビンも体を小さくさせ、猫サイズに縮んだキングの上に乗っている。
デフォルメした丸みのある骨がボロのマントを着ているそのデザインはなかなか可愛かった。
堅固な建物内を進んでいくと、他の兵士より立派な格好をした男がこちらへ近付いてきた。
ゲヘロを縛った兵士達と入れ替わるように、俺たちの前へ立つ。
グッバイゲヘロ。
「『賞金首』の捕獲協力に感謝する。これは奴にかけられていた賞金だ、受け取ってくれ」
賞金首?
【ストーリークエスト:砂の町の盗賊団】
報酬:経験値[2760]
報酬:G[100,000]
開放ストーリークエスト:冒険者の手引き
渡された袋を受け取ると目の前に半透明のプレートが出現し、経験値と膨大な量の金が手に入った。
恐らくゲヘロを連れてきた場合のクエスト報酬なんだろう。
となると、ルート分岐によって報酬の内容も変更されるのか?
「結構もらえたな。『ラルフを連れて行く』を選んでいたら、このストーリーはどう変動していたんだろうな」
「わかりませんが、港さんの判断も1つの正解だと思いますよ」
なんにせよ、これにて一件落着だな。
町へと戻った俺たちは、港さん先導の元、経験値が美味しいとされる狩り場へと向かっていた。
クエストクリアの際、開放されたと出た『冒険者の手引き』というクエスト。少し気になるが、今の目的はレベル上げだ。
後で掲示板でも見て調べてみるかな。
「なんにせよ、気を付けないといけないのがあのニョロニョロした化け物だ。砂の町を囲む砂漠は広い。加えて、砂漠は奴らの庭だ。複数匹で囲まれたらほぼ勝てない」
過去の自分に言い聞かせるかのように、港さんは顔を青くしながら身震いをした。
サンド・デビルのレベルは35。俺やダリア、部長だけで挑んでも勝つのは難しいだろう。
「あれ、となると狩場は砂漠じゃないんですか?」
サンド・デビルに怯えながら、湧いてきた別の敵を倒すのはかなり神経がすり減ると思うが。
「いーや、砂漠だ。ただ、正確に言うと砂漠のどこかにあるボーナスステージって所だな」
ふむ。もしかして王都付近で見つかったと言われてる『ダンジョン』の類だろうか? どの道、危険な砂漠を移動する必要はありそうだが。
「砂漠にはランダムで出現する『オアシス』っていう幻の狩り場がある。そこは最前線組も利用する、かなり人気な狩り場でな。中に入れば他のプレイヤーに気を使う必要が無くなるのもでかい」
「エリアが区切られてるとかですか?」
「まあ正解だな。オアシスのような特殊なフィールドを『インスタンスダンジョン』って言ってな。時間制限付きだが、他のプレイヤーとは隔離される上に出てくる敵は弱くて美味い。ただ、そのオアシスを見つけるのが一苦労なんだが……」
港さん曰く、この広大な砂漠に現れるオアシスは一箇所だけであり、30分毎に場所が変わってしまう。
一度入ってしまえば、そこから30分は狩り放題となるが……。
「サンド・デビルから逃げながら探すってわけですね」
「そういう事だ。加えて、今は夜だからアンデッドタイプのサンド・デビルも出る。コイツはノーマルタイプよりも一段とクレイジーだぜ」
平原で遭遇した骨の剣士達も、本来出てくる敵に比べてレベルが高かった。となれば、サンド・デビルにもそれが当てはまるのだろう。
砂の町へのポータルは開放してあるから、万が一死んだとしても帰ってこれるが……できればノーコンティニューで臨みたい。
「パーティ単位で入れるから、同じ砂漠にさえ居れば、パーティメンバーの誰かがオアシスに入ったタイミングでそちらに転移される。まあ、俺たちの場合は職種的に少し特殊だが」
「六人でバラバラにオアシスを探す手もあるんですね」
「サンド・デビルに会ったら即逃げる頭でいれば、周りにいる人が少ない分被害なく逃げやすい。……ダイキの意見を聞こう」
港さんは二手に分かれる作戦で行くつもりなんだろう。
確かに、皆がバラバラに行動していれば、全員揃ってゲームオーバーの危険性を減らせる。
しかし……。
「俺が死んだ場合、港さん達も仲良く死に戻り扱いになってしまいますよ」
「誰かが死んだら砂の町で仕切り直しってのはよくある話だ。それくらいは問題ないぜ」
となれば分かれた方が効率がいいな。どの道、港さんが倒せないようなモンスターに真っ向勝負で勝てるとは思えない。俺も逃げる一択だ。
「現在の時刻は午後8時ですから、1時間探して無ければ、申し訳ないのですが今日は一旦落ちますね」
「おう、俺もそのくらいのログアウトが丁度いい。んじゃあ4つある町の出口だが、抜ければ砂漠だから好きな場所から出発だ。何かあったらメールか通話してくれ」
了解しました。と、俺からの返事を聞くなり港さんは昆虫森林方面の出口へ向かって歩きだす。
キングはこちらに振り返り、恨めしそうに小さく鳴くと、小さくなったケビンを乗せトボトボと港さんの後に付いていった。
よし。じゃあ俺たちは逆サイドの出口を目指すか。
部長、ダリア、俺と団子状態のまま出口に向かう。
そういえば港さん、ここの飯は旨いとか言ってたっけな。――後で部長とダリアに食べさせてやるか。
砂漠は人間が住むにはあまりにも過酷な環境だと言われている。最高気温50度以上、最低気温は氷点下20度という恐ろしい振り幅だ。
今は夜だから本来であれば温度は極めて低い筈。ともあれ、肌寒い程度で済んでいるのは温度制限が掛けられているのだと考えられるか。
ここまでリアルに再現されたら、ゲームどころの騒ぎじゃ無くなってしまうのだろうが……。
「見渡す限りの砂、砂、砂。さて、どう探したものか」
温度と同じで、流石に広さもある程度セーブされているのだろうが、目を凝らしてみても辺りに町らしき光は見えない。
オアシスとあるから月明かりに反射した湖でも目印にしようかと思っていたが、甘く考えすぎていたか。
しばらく歩いていると、前方100メートル程度の距離に砂煙が上がった。
それを合図に次々に現れるサンド・デビル。所々が腐敗した悍ましい個体も見受けられる。
標的は俺ではなく、群れの中心に立つプレイヤーらしき人影。
薄暗くて良く見えないが、プレイヤーが放った魔法によって周囲に光が発生し、その姿が露わになった。
――女性だ。
栗色の髪を靡かせ、身の丈程の杖を大きく振るっている。
傍には、羽根のついた騎士風の女が黄金の剣を掲げて何かを叫んでいた。
――――瞬間。
――――周囲の音が消えた。
降り注いだのは極太の光線か、はたまた雷撃か――空に浮かぶ雲に穴を開け地上に落下した高出力の光が、彼女達とサンド・デビルを巻き込み爆発した。
生まれた衝撃波は砂嵐を巻き起こし、着弾点には巨大なクレーターが出来ている。
およそ数字では表せない威力のエネルギーは、周囲にいたサンド・デビルの群れを跡形もなく消し去った。
クレーターの上にポツリと立つ二人の人影は、光が失われると共に闇へと消える。
なんて威力だ……。
最前線組である港さんも恐れるあのモンスターを複数体、それに腐敗した個体は夜に出現するアンデッドタイプじゃないのか? それらを一撃で葬るなんて。
思考している内に、視点が薄暗い夜の砂漠から晴れた空が眩しい昼間の砂漠へ……いや違う、植物が生えている。
そして見渡す限りの湖がキラキラと光を反射しているのが見える。
「よ。どうやら俺の方向がアタリだったみたいだな」
振り返ると、そこには得意げな表情を浮かべて腕を組む港さんの姿があった。