愛と召喚獣
現在地は南ナット平原。時刻は午前11時、町やフィールドにいるプレイヤーの数も目に見えて増えている。
プレイヤーもモンスターもいない木の下に着いた俺たち。鉱石やら水入りの瓶やらを取り出し並べる俺をライラさんは興味津々に、ケンヤは胡散臭そうに見つめている。
「まず俺がどうしてこんな手間をかけて召喚の準備をしていたのか。理由を説明するよ」
「その前に。先に洞窟行って平原に来れば無駄な往復時間を短縮できたんじゃ……」
手のひらを突き出し、言葉を遮る。
「まず俺がどうしてこんな手間をかけて召喚の準備をしていたのか。理由を説明するよ」
「……」
正直、洞窟に向かう道中にそれに気付いていたから黙ってたんだけど、普通にバレていたらしい。
「先に言っておくけど、これは完全に持論だから。総数の少ない召喚士を幅広く一般的な職にしたいから考えてみた。これをするに当たって、俺は三つ。必要ないかもしれない覚悟でスキルを取った。それが採掘術、錬成術、魔石生成だ」
戦闘職である召喚士の俺が、完全に非戦闘職の技能を取得した事に、ケンヤはやれやれとため息を吐いている。
「確かに、強い戦闘職になるには一つでも無駄なスキルは取りたくないですもんね」
「その通りだなー。βの時に確認されたボスドロップでのみスキル取得券が与えられる。低確率で。それ以外は最初に決めた十個のスキルで変更はできない」
え、変更できる可能性あんの? 万が一死に技能を取っちゃった時の救済措置かな? なんにせよ、いい事を聞いた。
「……ともかく、俺はこの三つを使い、自作で魔石を生成しようと考えたわけ。理由は二つ。コストの削減、そして愛情」
「一つふざけたのが混じってるけど」
「まずコストだけど、店売り価格800Gの魔石はなにしろ高い。ある程度冒険してればはした金になるかもしれないが、これじゃ序盤、召喚獣を呼び出す度に金欠になってしまう」
この先、一度に800Gもの消費アイテムを毎回食い続けるとなると燃費が悪い。それに、召喚獣によっては一つじゃ効かない者もいると聞く。
「魔石生成に必要な素材は魔法水と魔鉱石。魔法水は錬成により俺の魔力と水を混ぜれば作成可能だし、魔鉱石は洞窟に埋まってる。よって量産可能になる」
ライラさんは何かもやもやが晴れたかのように、目を大きくしながら両手をポンと合わせた。
「なるほど、だから水汲みしたり採掘したりしていたんですね」
「そゆこと」
「……愛情は?」
さも胡散臭そうに言うケンヤ。
「そう、それ。愛情こそがこの行動のテーマと言える! コスト面はぶっちゃけ雑貨屋で魔石の値段を見るまでは舐めてた。今は結果オーライだと思ってるけど」
水の入った瓶を対象に、俺は錬成術を発動する。錬成術では何かと何かを混ぜて新しい何かを生み出す事ができる。即ち、水と魔力を混ぜる事も可能。
ステータスの器用にボーナスポイントを大きく注ぎ込み、錬成成功率と質の底上げを図る。主に生産職やそれに準ずる技能には、この器用の値がかなり絡んでくる。
「市販品を買ってもつまらない。自分だけの召喚獣には自分で作った魔石を与えたい。そして俺はこの実験を考えた」
水に自分の魔力と共に、ありったけの愛情を注ぎ込む。魔石とは言わば母乳、召喚獣は赤ん坊、そして親は俺だ。
「次に完成した魔法水と魔鉱石を錬成する。言い忘れたけど、魔鉱石を掘る際もこの愛情を忘れちゃいけない」
「「……」」
付いてこれていないようだが、まぁいい。
魔鉱石を魔法水の入った瓶に落とし、錬成する。錬成により電撃が発生し、鉱石と魔石とが分離、俺の愛情が並々詰まった魔石が完成した。
「完成だ!」
【魔石】製作者:ダイキ
製作者の魔力が宿った石。
俺の作った魔石はルビーのように紅く妖しく光っていた。俺の持つ火属性魔法の影響か、愛情の色か。とにもかくにも、俺の思惑通り、オリジナルの魔石の作成に成功したわけだ。
「綺麗ですね。まるで宝石みたい」
「なんだこれ……怖。俺の知ってる色じゃない」
ライラさんは素直な女の子っぽいリアクションを、ケンヤは得体の知れないものを見たかのような驚愕の表情を浮かべた。
まだ魔法水の効力が残っている内に、俺は採掘してきた魔鉱石を次々に魔石に錬成していく。錬成というよりも、料理を作っているような感覚に近い。
自分の気持ちを込めた魔石を召喚獣の喜ぶ顔見たさに作る。ふむ、これが俗に言う母心というやつかな?
おぉ、スキルがガンガン上がる。
こっちは完全にオマケだが、分離した鉱石も銅や鉄のような輝きを放っている。分離によって不純物が取り除かれたのか、土や石は全くこびり付いていない。
なにやら売り物になりそうだな。
結果、14個の錬成に成功した俺は、二人に分離した鉱石を五個ずつ渡した。
「護衛と経験値のお礼って事で。売ってみないと価値はわからんけど」
最初から有難うだけで済ませる気もなかったので、丁度いいお返しの品ができてよかった。元値がタダなのでいくらにもならなそうではあるが……。
「いいのか? 多分、ダイキが思ってるよりも金になるよこれ」
「全然いいよ。俺としては魔石が完成しただけでも十分な収穫だし」
「あ、有難うございます」
二人共、受け取ったのを確認し、魔石を手のひらで弄ぶ。
――さて、いよいよ召喚だ――
召喚術には魔石を消費する。初召喚時にはどんな召喚獣が現れるか、タイプを選んだ他は完全なランダムとなっており、消費数も変動する。故に魔石の数は多く持っておいたほうがいいらしい。
「で、ダイキは何型の召喚獣を呼ぶんだ?」
ケンヤが言う『何型』とは、召喚獣のタイプを表している。人間に近い形がよければ『人型』だし、犬や猫に近い形がよければ『獣型』となる。
ともあれ、一体目の召喚獣は既に決めている。
「俺は、やっぱ人型かな。会話できるかもしれないし、親密度を高めるにはそっちのほうが都合良さそう」
「モフモフ……」
合理的な回答に頷くケンヤ。モフモフを期待していたライラさんが膝から崩れ落ちていく。
ごめんねライラさん。召喚獣ならきっと人型でも可愛いと思うんだ。
――初召喚には戦闘になるというリスクを伴う――
召喚士は獣型、人型、魚型、鳥型等の大まかなジャンルを選択し、運命に身を委ねる事になる。基本的には温厚であるとされているものの、中には凶暴な個体も存在するという。
獣型だけでも猫や犬、狼や熊、形容し難い化け物まで数多の種類があるし、ナットラットのような小さい個体からボス級の巨大な個体までその種類は無限大に存在する。
召喚士を選ぶ際、その無限大に存在するというワクワク感に惹かれたのも強かった。俺を選んでくれる召喚獣の為に、こうして完璧な環境を整える事もできた。
「……いくぞ」
戦闘になれば二人を頼る事になるだろう。
フィールドが緊張した空気に包まれる。
「『来たれ我が僕、召喚』!」
手に持った魔石は当然の事、何故か地面に転がっていた魔石達が次々に光を放つ。
ケンヤの話では多くてもその数は二つか三つ。
それがどうだ? 手の中にある魔石を含めて合計五つの魔石が光っている。これは何を意味するのだろう。
「ダイキ。この召喚獣はヤバイ! 普通じゃない!」
焦る俺以上に焦りを見せるケンヤ。既に斧を抜き取り盾を構えて臨戦態勢を取っている。ただならぬ雰囲気にライラさんも剣を抜き、集結する光を見据えた。
【ランダムスロット開始】
突如、頭上にぐるぐると回るスロットが出現し、数秒の間を置いた後、左から順々に止まっていく。
【人型:魔族】
【種属値:5】
【タイプ:魔法攻撃役】
魔石がスロットに吸い込まれ、一つの光が降りてくる。魔石のように紅く妖しく揺らぐその光は、俺の足元で魔法陣を形取る。
複雑で解読不能な文字が並ぶ円状のそれは、脈動するかのように淡く光を放つ。
魔法陣が収縮していくと同調するかのように光が強く濃くなり、人の形を成していく。
「……は?」
知らず、間抜けな声が出た。
ケンヤもライラさんも、まるで凶暴さとは無縁なソレの姿に、思わず臨戦態勢を解く。
ダークレッドの髪と目をもつ、二本の小さな角が生えた少女がそこにいた。いや、もはや幼女と言うべきか、申し訳程度に生えた同色の翼と爬虫類がもつような尻尾をしならせながら、俺の顔をジッと見つめている。
「……」
こうして、俺は遂に召喚獣と出会った。