昆虫森林のフィールドボス
先程の連戦で、部長ほどではないが俺とダリアもレベルは上がっていた。まとめ狩りも人員と火力次第であれ程の効率が出せるとは……ともあれ、狩りのペースが恐ろしく早い。最小限の動きで最大限の火力を出す、そんな印象を受けた。
しばらく歩くと、今までの地面とは色の違う不自然な土が敷き詰められた空間に出た。手ですくってみると、土ではなく、細くなった木だという事がわかる。
木々達がまるで避けるようにして出来た不自然なその広間は、目視で推測するに縦横50メートル程。明らかに今までの空間とは違っている。
――カブトムシを飼うケースに敷くアレっぽい質感だな。
若干、湿気を含んでいる所も妙にリアルだ。
「ここがフィールドボスのいる場所だ」
言いながら、足を進めていく港さん。
俺たちもその大きな背中の後に続く。
地面が揺れ、ざわめく昆虫達のキチキチという音が森に木霊する。
まるで何かを崇めているように、妙な規則性のあるその音と共に、地面から巨大な黒い昆虫が現れた。
【デス・クワガタムシ Lv.30】#BOSS
それは巨大なクワガタムシ。凶器のように尖った鋭い顎が二本、質感はまるで金属のソレだ。天然の鎧も同様の硬度を誇るのは想像に難くない。
幅広で平らなフォルム。
モデルはオオクワガタだろうか? 尤も、体長は三メートルを優に超えているが。
「これ、冒険の町付近にもいましたよね。あっちはカブトムシでしたが」
「面白い事に、これには設定があってな。なんでも北ナット林道にあるクヌギの木で縄張り争いをしていたカブトムシとクワガタムシだったが、勝負に負けたクワガタムシが追い出されてこの場所に住み着いた……らしい。一応公式の設定みたいだぞ」
「……レベルだけで言えばカブトムシより明らかに強いですよね、こいつ」
負けた悔しさで特訓を重ねて強くなったとか、少年漫画的な展開でもあるのだろうか?
ともあれ、俺はどちらかといえばクワガタムシ派なので彼には是非もう一度縄張り争いを頑張ってほしい。
キチキチと音を立てながら、フィールドを飛び回るデス・クワガタムシ。あの顎で突進されればひとたまりもない。
勢いをつけたまま、俺たちに急接近するデス・クワガタムシ。
弾丸のような速さのまま凶器で突き殺さんとするその黒の塊に、口角を上げた港さんが手を広げて迎え撃つ。
「っし!」
港さんのLPが大きく減り、踏ん張る足が地面に埋まる。
それでも港さんはデス・クワガタムシの顎の両方を両脇に抱えて受け止めた。
拮抗する力と力は衝撃波を生み、木の欠片達がブワリと舞う。
「無茶苦茶な!」
「まー、部位破壊を手っ取り早くやるには、受け止めるのが一番だ」
まだまだ余裕だと言わんばかりの港さんは、何かの技を使ったのか、纏うオーラの色が黄色へと変わり筋肉が膨れ上がっていた。
そのままデス・クワガタムシを上へと持ち上げ、力任せに後ろの大木に叩きつけた。
両脇の締め付けに加え大木への激突。デス・クワガタムシの顎は大破し、二本あるLPの一本目が半分にまで減少する。
部位破壊に伴うダメージだ。
そのまま港さんは追撃に入る。
発達した筋肉による殴打はデス・クワガタムシの装甲をまるで意に介さぬ貫通力を誇る。右、左、右と、次々に拳を突き出し、一撃一撃の威力が聴覚だけで分かってしまう程の鈍い音は、回数を重ねるごとに間隔が狭まっていく。
狩りの時とは打って変わり、機動力よりも威力に比重を置いた戦闘スタイルになっているのがわかる。
凶悪な威力を誇る拳によるラッシュはボスのLPを立て続けに削っていく。
「『魔閃剣』」
構えた銀色の剣が紫へと変わり、周りに赤色の魔力が火花のように散った。
MP消費技の魔閃剣は自分の魔法属性も剣の攻撃に乗せることができる。
俺の属性は《火》。
つまりは奴さんの弱点になる。
魔閃剣が到達するのと、ダリアの火炎柱が炸裂するのはほぼ同時だった。
港さんの攻撃に続き、間髪を入れずに追撃を与えた事により発生した追撃ボーナスが、ボスのLPを大きく減らす。
爪に電撃を纏いながら飛び付くキングの攻撃力も、闇属性と氷属性を織り交ぜた魔法を放つケビンの魔力も凄まじい。
攻撃を受けるたび点滅するボスのLPゲージが既に一本消滅した。
「次! タックル来るぞ!」
港さんが叫ぶようにして指示を出す。
デス・クワガタムシは部位破壊と連撃による硬直から解き放たれ体勢を立て直すと、ボロボロになった顎を向けながらこちらへと突進を繰り出した。
――空中にいた時よりも遅い。
盾を構える。
デス・クワガタムシの顎が当たる瞬間を見極めながら、盾を右下から打ち上げるような形で左上へと流していく。
大破した顎と盾が交差するその刹那。技術者の心得が発動し、光の拡大縮小が始まった。
新調した装備のお陰か、技術者の心得のレベルが上がった恩恵か、その光の動きは想像以上に遅い。
「っら!」
金属同士を打ち合わせたかのような高い音が木霊する。
顎を跳ねあげられたデス・クワガタムシの頭は空へと向き、装甲の薄い胴の部分が露わになった。
間髪を入れず発生した、ダリアの火炎柱がデス・クワガタムシを襲う。盾弾きが成功した後の追撃は確定Critical。
ダリアの魔力と弱点属性の火も相まって、ボスのLPが大きく削れる。
――更に追撃だ。
三色剣の下段の構え。青の閃剣の形に剣を動かすその中で、ボスが攻撃へと転じる初動が見えた。
天を向いた顎を右へと振り、武士が刀で叩き斬るかのように、上から下へと軌道を変える。
――盾に切り替えるには時間が足りない。
――やれるのか? 今、あの技を。
青の閃剣の構えを解き、剣の向きを刃から腹に持ち直す。振り下ろされる顎の軌道へと迎え撃つ形に、剣の腹を振り上げた。
技術者の心得が発動する。大小する光の速度は盾弾きの時よりも格段に上がっていた。
一歩間違えれば直撃の大ダメージを受けるこの技は、俺の目標とするスタイルへの第一歩。極限まで研ぎ澄まされた集中力が時間の流れを緩やかにし、雑念が取り払われていく。
「おいおい、嘘だろ」
満を持して発動させた剣弾きにより、デス・クワガタムシは二度目の仰け反りを見せた。
信じられないといった声色で呟く港さん。
それでも体が攻撃に移っているのは流石は最前線と言うべきか。
赤色に変色した右腕が打ち付けられる。先の火炎柱によってダメージを受けていた胴の装甲は音を立てて砕け散り、ボスの悲痛な叫びが木霊する。
更に、容赦のない黒槍の雨と、地面から噴き出る炎の柱がデス・クワガタムシの体を貫いた。
流石は格上と言うべき相手。膨大な量の経験値と豊富な素材、そしてG。
撃破報酬もMVP報酬も港さんの元へと送られたようだったが、レベル差を考えれば妥当だろう。
あの圧倒的な火力を見せられれば、この結果も頷けた。
「こっちはダイキにやる。まあパーティだから報酬の山分けは常識だな」
港さんは報酬として得たアイテム群をスクロールして確認しながら、俺にMVP報酬であるパイプタバコを譲ってくれた。
分類は頭装備らしい。
なんだこれ。
「ありがとうございます」
もはや真っ当な装備というよりはネタ的な雰囲気が否めないものの、黙って貰っておく事にする。
「いや気にすんなよ。確かに与えたダメージはトータルして俺の方が上だったかもしれないが、あの弾きは特に見事だった。最前線の盾役でも、武器による弾き、武器弾きなんかできる奴なんてそういないぜ」
決して高い成功確率ではない剣弾きも、お披露目一発目で成功させればインパクトは大きいだろう。
港さんは感心したような声色で、俺の背中をバシンと叩いた。
「まあ俺の場合は色々とカラクリがあるんですが」
ケンヤのような、攻撃をひたすら受けるタイプの盾役は、筋力と耐久でステータスは2:8が基本らしい。
しかし弾きには器用の値がかなり重要になってくるため、俺の場合は筋力と器用に比重が置かれている。そのため、他の盾役に比べ、弾きの成功率は高い。
裏を返せば、純粋な受け値は低くなるのだが。
「前線で戦いつつ火力も出るわ弾きも上手いわで……どこかの銀騎士さんみたいなスタイルだな」
「ダリアの火力と部長の回復も加わりますけどね」
「だがその鼠。ポテンシャルは高いがかなりの怠け者だな。まあ、親密度の数値が低いからってのが理由だとは思うが」
そう、部長はさっきの戦闘でほとんど支援をしていなかった。特にゲージが減りすぎているとか、緊急睡眠という訳でもない。
ダリアの時にはあまり見られなかったが、港さんの言うように、親密度の低さ故の“懐かなさ”。コレが大きな原因なのかもしれない。
調教術を使っていない以上、思い通りに動かす事はできないが、親密度の低さはここまで戦闘に影響するとはな……。
今回は港さん達の力もあってか死者もなく片付いたものの、重要な局面でこうなられてはたまらない。
「やるときはやってくれる子だと思いますよ」
「ああ。俺も同じ召喚士だし別に責める気もない。キングもケビンも最初の頃は本当に懐かなくてなあ」
港さんは何かを懐かしむように目を細めた。
やはり召喚獣の能力を最大限に活かす為には親密度がかなり重要だ。
部長は親密度12だが、本来なら親密度0からのスタート。懐くまでどれほど苦労するか想像に難くない。
俺たちは雑談を交わしながら、ものはついでにと新しい町のポータル開放へ向かう。
当然ながら、この昆虫森林も既に誰かが攻略済みのようだ。恐るべし、攻略組。
しばらく歩いて森を抜けると、一面に砂漠が広がった。少し遠いが、小さく町も見える。
「あそこは《砂の町》。色々と癖のある町で、野蛮なクエストが多く集まっている」
港さんは敬礼のように目の上に手を当て、遠くに見えるその町に視線を向けた。
ともあれ、野蛮なクエストとは一体……。
「因みにどんなクエストですか?」
「俺が今まで受けたクエストは三つだが、クリアしたのは一つだけだ。まあ、なんだ。かなーり胸糞悪いシナリオでな。他はパスしたんだわ」
クエストと言えばレストランで相席となった老夫婦から受けたリザード族の討伐が頭をよぎるが、他のゲームでもあるように、お使いクエストの類や採取クエストもあると予想できる。
中には人を殺したりといった過激なクエストも過去のゲームにはあったが……港さんの言う“胸糞悪い”内容のはそのあたりのクエストだろう。
「ただ、飯は旨いし周りの狩り場は経験値が多い。平均レベルも高いからライバルも少ないし……ちょーっと、治安が悪いだけだな」
港さんの言うちょっとと、俺の知るちょっとの差がどれほどあるのかはさて置き、風の町のように穏やかな場所もあれば、砂の町のような場所もあると言うことだろう。
俺も胸糞なクエストはノーサンキューだが、せっかくの町だ。是非とも足を運んでおきたい。
町へ向けて歩いていると、砂の中からウナギと蛇の中間のような生物が現れ行く手を阻んだ。
見上げるほどの巨体をうねらせるその姿を見て、アマゾン川に生息する《カンディル》という恐ろしい生物を連想した。実際それに近い形状をしている。
分かる人には分かるトラウマ物の生物だ。俺は無意識の内に前と後ろを隠していた。
【サンド・デビル Lv.35】
流石にレベルが高い。俺たちは勿論、港さんも倒すのには苦労しそうなレベルだ。
サンド・デビルはその巨体を捻り、地面に潜っていく。数秒の揺れの後、完全な静寂が訪れる。
まさか、Nonactive monster?
「……ダイキ、あれはヤバイ。走れ!」
「えぇっ!?」
そう言い残し、今まであれほど頼もしかった港さんは砂の町に向かって一目散に逃げ出した。
つられるように移動するケビンを見送り、ワンテンポ遅れて俺たちも逃走を開始する。
何故か小さくなって俺の足元でじゃれついていたキングと、部長を頭に乗せ砂遊びをしていたダリアを抱える。
――あの人もうあんな所まで逃げてる!
「おいコラ港おぉぉ!!」
先に言え。と、恐るべきスピードで先を行く港さんをキレ口調で追いかける。
俺たちが居た場所では砂の煙が舞い、ダリアが作ったお城を飲み込むようにサンド・デビルが姿を現した。
どんどん増えるその数は八匹。まるでイルカが海を優雅に泳ぐかのように、跳んでは潜り跳んでは潜りと八匹のサンド・デビルは体をうねらせ迫ってくる。
走っている最中、走馬灯のように学校での風景が脳内をよぎる。
体育の時間や部活の時間、これほど本気になって走った事があるのだろうか。と、今人生で最も速く走れているような錯覚を覚えながら、俺たちは無事砂の町へとたどり着いた。