異人
港さんからの返信を待つ間、俺たちは近くのレストランに来ていた。
今回は部長もいるから、肉料理専門店よりも多種多様な料理を頼める店を選ぶ。
食の好みを知っておくのは、仲良くなるための近道だ。
店内は異様な混み具合を見せ、従業員NPC達は忙しそうに注文取りや料理運びに動き回っている。
夕食時だからかな?
客の殆どがNPCのようだ。
「いらっしゃいませ。お客様は三名様でよろしいでしょうか?」
「はい」
笑顔が可愛い従業員に案内され、俺たちは窓際の席へと腰を掛けた。
ダリアはともかく、完全に獣の形である部長を“一人の客“として扱ってくれたのは嬉しい。
「部長って、食べ物は何が好きなんだ?」
メニュー表に涎を垂らしながら、肉料理が並ぶ写真に釘付けのダリア。
俺は部長を膝の上に乗せてやり、メニュー表を開く。
因みに俺たちはテーブル席の片側に全員腰掛けている、所謂カップル座りの状態。空席となっている向かい側が寂しそうだ。
部長は鼻をヒクつかせ、理解してるのかしてないのか、メニュー表の上から下まで目を通すように頭を動かしている。
カピバラって鼠目だから、王道な所でチーズとかか?
「部長……それは料理じゃなくて材料の一覧なんだけど……」
一通りメニュー表に目を通した部長は、様々な料理達ではなく、材料として並ぶ人参や林檎などの写真に釘付けになっていた。
ともあれ、料理した物は動物の口に合わないかもしれない。が、果たしてそのままの野菜や果物を提供してくれるかどうか。
ダリアも決まったらしく腕をつついてきたので、注文を取りに回る従業員に声を掛けておいた。
しばらくして、注文を取りに来てくれた従業員は一組の老夫婦を連れ、申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ありませんお客様。ただいま店内、大変混み合っておりまして、相席をお願いしても宜しいでしょうか?」
「もちろん構いませんよ」
座る席がなくなるほどの混み具合とはすごいな。初めてくる場所だったが、かなり人気の料理店なのかもしれない。こりゃ料理が楽しみだ。
ニコニコと笑顔を見せてお礼を言う老夫婦に会釈で返し、俺は従業員に料理を頼んでいく。
部長用の人参と林檎にも、嫌な顔一つせずに了承してくれた。
「メニュー表どうぞ。私はもう注文を済ませましたので、気にせず使って下さい」
「ええ、ありがとう。お兄さん」
にこやかにメニュー表を渡すと、お婆さんはお礼を言いながらメニュー表を受け取る。笑顔を見せるお爺さんは、俺に大人しく撫でられている部長とダリアを興味深げに見ていた。
「若い方。もしかして貴方は《異人様》ですかな?」
お爺さんは召喚獣達から視線を外し、俺へと向き直る。
……異人ねえ。
この老夫婦もNPCだ。俺たちがプレイヤーとNPCとを見分けられるように、NPC側も俺たちの事を自分たちとは別の存在だと認識しているのだろうか。
となると、異人から考えられるのは《異世界人》とか《異星人》か。
宇宙船のような高度な科学技術のないこの世界で異星人は無いか……ならば、全く別の世界から魔法のような力で来た異世界人のような設定の方が、この世界ではしっくりくるかもしれない。
「そうですね。恐らくそうだと思います」
世界設定に自信が無いので、なんとも歯切れの悪い返答となってしまった。
しかし、老夫婦は疑問が解消されたかのように、納得した表情で頷く。
「おお、やはり」
「古くから話もあるくらい、有難い存在なんですよ。異人様は私達とは違う、大きな力と使命を持ってやってくる存在。剣を抜けば巨大な敵をも斬り伏せて、杖を掲げれば数多の敵を討ち滅ぼす。槌を振るえば奇跡の鎧が生み出され、苗を植えれば甘美な果実が大きく実る……とね」
お婆さんは、まるで御伽噺を語るかのように異人について語る。これは、俺たちの《職業》だったり《ステータス》だったり、《技術》だったりを指しているのだろうか。
「私はそんな大層な存在ではありませんが、過去に大成した異人がいるのですね」
お婆さんの話は何かに基づいている様に聞こえた。話のルーツとなる何か。
「ええ。その昔、人々を攫っては食らう蜥蜴の一族が今の風の町を根城として悪行の限りを尽くしていましてね。そこに六人の異人様が現れ、灼熱の活火山の麓にある大きな洞窟に蜥蜴族の親玉を封印したんですよ」
「あれほどの化け物にも異人様は勇敢に立ち向かわれた。お陰でワシらはこうして平穏に暮らしていられるでの」
感謝するように頭を下げる老夫婦。
俺が成した偉業じゃないんだが、彼等は異人全体に対してお礼を言っているんだろう。
「最近聞くのは平原にのさばっていた巨人を倒してくれたとか。高級な蜜が取れる木に住み着いた昆虫を追い払ってくれたとか。どこにいても異人様の噂は耳にしますよ」
うん。それは心当たりがあるけど黙っておこう。ともあれ、俺たちプレイヤーが行った数々の行動は、NPC側にも情報として行き届いているようだ。
「そういえば、最近風の町で蜥蜴の一族の目撃情報があるようじゃ。異人様も旅の際は、くれぐれもお気をつけなさるようにのう」
「ははは。肝に銘じ……ておきます」
お爺さんの言葉に返答する途中で、鐘を鳴らしたような音と共に、視界の端に半透明のプレートが出現した。
老夫婦には見えてないようなので、俺は目だけ動かして内容を確認する。
【クエスト:リザード族の住処】推奨Lv.20
クエストか……。
RPGだとお馴染みの、NPCからのクエストだろうか。そういえば、NPCの人達とこうやってしっかり話したのは初めてだったな。
ギルドクエストがあれば、通常のクエストもあるってわけか。
クエストを受けるという初の体験をした俺たちは、食事を済ませて老夫婦に別れを告げる。
やはり混んでいるだけあって人気の店だったようだ。料理もなかなか美味しかったな。
適当なベンチに座りながら、視界の端にあった半透明のプレートをタップして詳細を確認する。
【クエスト:リザード族の住処】推奨Lv.20
風の町付近に現れたリザード族を倒しつつ、住処とされる活火山の洞窟へ向かいましょう。※報酬はその場で貰えます
◯リザード・ランサー[0/10]
◯リザード・ファイター[0/10]
◯リザード・アーチャー[0/10]
◯リザード・クレリック[0/10]
◯灼熱洞窟[未到達]
報酬:経験値[1280]
報酬:G[7600]
開放クエスト:洞窟のリザード族
なるほどなるほど。風の町の奥に行くとある温風の抜け道にいるリザード達を倒すのと、その先にある火山まで行くのが一連のクエストか。
達成するとその場で報酬が貰え、更に派生するクエストの開放か。
ともあれ、このクエストの終着点って老夫婦が言っていた蜥蜴族の親玉ってやつか?
「となるとフィールドボスになるのか」
お婆さんの話にあった《六人の異人》っていうのは、倒せる最低限の人数を表しているのだろう。
となると、この話にある親玉は1パーティでの討伐が推薦されている“フィールドボス”であると考えられる。
港さんにも来てもらって、その親玉とやらの討伐をするのでも良いな。
……灼熱洞窟。やたらと暑そうな場所だが。
しばらくして、港さんからメールが届く。中を確認すると、冒険の町のポータル前で待ち合わせとの事だった。
「いやー、悪いな待たせちまったみたいで」
「いえいえ。クエストを受けたりしていたので待ちぼうけって程じゃありませんでしたよ」
ポータル前で待っていると、どこからか転移してきた港さんが頭を掻きながらやって来た。
傍らには猫のようなサイズの黒豹のキングと、ボロのフードマントを着た人骨が宙に浮いていた。
死神を想像すれば、この召喚獣の容姿をほぼ把握できるだろう。
死神と違う点を挙げるとするなら、手に持つ得物が鎌ではなく、蔦が絡み合ったような大きな杖という部分だろうか。ぽっかりと開く瞳の奥に、青色の炎が灯っている。
「こいつはリッチ族の《ケビン》。見たまんまだが、攻撃魔法を得意とする魔法攻撃役だ」
宙に浮くケビンに目を奪われている俺に、キングが犬のように尻尾を振りながら飛びついてきた。
「キングは本当にダイキを気に入ってるようだな。俺がログインした時でもここまではしゃがないぞ」
この光景に苦笑する港さん。
キングは寂しがる主には目もくれず、俺の胸に顔を擦り付け戯れついてくる。
「いてててて! ダリア痛い!」
駄目だ。キングが戯れるとダリアが嫉妬する。部長を抱っこしても一切嫉妬しなかったのに!
黒豹と幼女とカピバラに囲まれながら、ケビンを連れて港さんと歩く。
道行くプレイヤーに注目されるのも、これでは仕方ないだろう。
おい、写真撮るな!
「んで、ダイキはどこでレベル上げしたいとか、要望はあるのか? 見た所、召喚獣を増やせるくらいまでレベル上げしたみたいだが」
うーん。ダリアの火力を最大限出せる所は、植物公園か隣の昆虫森林になるだろう。
リザードのクエストを進めるのもアリだが、あの場所は意外と人気の狩り場だからな。
「草の町の先にある植物公園と昆虫森林のどちらかですかね。ダリアの属性が火と闇なので」
「なるほどな。ケビンの属性も氷と闇だから、両方なんとかなるだろ」
属性の相性も悪くないようだ。となると、どっちのフィールドでも問題ないわけだ。
なら、一度も行ってない昆虫森林の方に行くとしよう。
「じゃあパーティ組みますか」
「おう。そうだな」
忘れぬ内にパーティを組んでおく。俺と港さん、ダリアと部長、キングとケビンで合計六枠。フルパーティとなる。
「……おい、ダイキ」
港さんがステータスを開きながら俺を呼ぶ。
なんですか。と、返す俺に、港さんが焦ったように声を上げた。
「……なんだこのステータス」