召喚士のあれこれ
クリンさんの金太郎丸のように、こちらも《変化》によって身体のサイズを変えているのだろうか?
港さんの腕に、下半身を宙ぶらりんの状態で抱かれる黒豹は、ブレる事なく俺の目をじっと見つめている。
うーん……ネコ科に限らず、動物全般は目を合わせたら威嚇してるように取られるって聞いた事があるんだが、そこら辺の詳しい知識はからっきしだ。
獣医志望のライラさん辺りなら分かるかもしれないけど。と、黒豹と見つめ合う形で頭を捻る。
「こいつは召喚獣の《キング》。今はこんななりだが、本来のサイズはもう少し大きい。それと、もう一体の方は――装備の仕立てでここには居ないが、そっちの方もよろしく頼む」
港さんは遠くの露店へと目を向けるようにしながら呟き、キングをずずいっと近付けた。
見方によっては黒猫のように見えなくもないな。ともあれ、名前からしてこの子は雄だろうか?
――それに、もう一体。というのは、召喚獣を複数体、仲間にできるということだろうか?
「よろしくな、キング」
細かな部分は後で聞くとして、まずは目の前にいるキングへの挨拶だな。
俺が手を差し伸べると、暴れるように港さんの腕から抜け出したキングが、俺の腕の中に飛び込んできた。
とっさに受け止めると、気持ちよさそうに顔を擦り付けはじめる。
――可愛いな。
「おっ! キングが人に懐くとはなあ。俺にすらそんな懐き方しないんだが……」
「あたしなんか、触ろうとするだけで嫌な顔されるのに」
何故か港さんと紅葉さんが落ち込んでいる。キングは御構い無しに顔を擦り付け、猫とは違う低い音で喉を鳴らしている。
ダリアが思い切り髪を引っ張っていたたた!
「嫉妬されてるよーダイキ君。……ていうか、ダリアちゃんの嫉妬も見境ないわねえ」
港さんが、俺の元からキングを引き剥がす事で少し落ち着いたものの、再び彼の手から離れたキングは俺の足元で身体を擦り寄せている。
頭を掴む力がいつもより強い気もするが、ダリアにはなんとか許してもらえたようだ。
「港は前に話していた召喚士の友達。ギルドは無所属だけど、最前線組の強者なのよ」
「最前線ですか、強いんですね」
俺の言葉に、港さんは照れ臭そうに頭を掻く。
「まあ、クラスチェンジの恩恵によるところもあるけどな」
そのまま、呟いた港さんの言葉に、気付けば俺は、食いつくように言葉を荒げていた。
召喚士の第二段階、非常に気になる!
「クラスチェンジ! 条件をお聞かせ願えますか?」
「あくまで俺の場合としか言えないが、《自分のレベルが30以上》《召喚獣にレベル20以上の個体がいる》とまあ、コレが所謂最低条件だろうな。後は所持技能だったり功績や名声だったりで、選択肢が増えるんだろうが」
現在の俺のレベルは21で、ダリアが18だ。頑張ってレベルを上げていけば、十分に手の届く範囲だと言える。
「クラスチェンジでの恩恵というのは?」
気になるのがその恩恵だ。まさかそれが二体目の召喚獣を呼び出す条件なのか?
「まあ、繰り返すようだが、これは俺の場合としか言えないのを理解してくれ。――んで、その恩恵なんだが……」
前置きを入れ、港さんはクラスチェンジについてのあれこれを語り出す。
「俺は『力の召喚士』って名前の職業に決めた。選択肢はコレと《中級召喚士》があったが、効果を見て力の召喚士にしたわけだ」
二つ選択肢があったのか。ともあれ、選ばなかった方の効果も、確認はできるという事がわかる。
「力の召喚士は《自らの筋力を5%上昇》《パーティ内の召喚獣の筋力を10%上昇》この二つの効果がある」
「完全に戦士職よね」
何処か呆れたような声で茶々を入れる紅葉さん。ともあれ、俺も同意見だが。
しかし、自分の強化に加え召喚獣も強化されるのは大きいな。それに、パーティ内効果だから、召喚獣が増えた場合でも反映されるのは強い。
――が、気になる部分は別にある。
「話を変えるようで申し訳ないのですが、召喚獣って増やす事はできますか?」
勿論、ダリア一人でも十分強い。強いのだが、この先二人で倒せる範囲のモンスターがどれ程いるだろうか?
ともあれ、パーティやギルドに入って集団戦闘に慣れれば話は別だが。賑やかな方が楽しいのは明白だ。
「あれ? まだ召喚できないのか。というか、召喚士のパイオニア的存在のダイキが召喚獣の情報に疎いとはな。掲示板見てみればかなり載ってるぞ」
「面目無いです……」
「気にしないで、ダイキ君。コイツも召喚できるようになって初めて気づいたんだから!」
面白そうに耳打ちしてくる紅葉さんの声を遮るように、港さんが大きく咳払いをする。
「……二体目の召喚獣を呼び出せる条件は《召喚術のレベルが20以上》だな。ともあれ、装備を見るに、その条件を満たすのは秒読みなんじゃねえか?」
確かに、現在の召喚術のレベルは18だから秒読みだ。――そうか、近いうちに新しい仲間が増えるのか。
「話を戻すぞ。力の召喚士の効果に対し、中級召喚士の効果は《自らの全ステータス3%上昇》《パーティ内の召喚獣の全ステータス5%上昇》《MP量増加(小)》の三つだ。まあ、当たり障りのない内容だな」
「満遍なく上がるのね。あたしは筋力とか使わないから、こっちの方が有難いわね」
うん、確かに満遍なく上がるようだ。召喚士というだけあって、プレイヤーの強化というより召喚獣の強化に比重が置かれているように思える。
たとえ5%と言えど、レベルが上がって素のステータスが上がれば、終盤にいくにつれ馬鹿にできない数値になるだろう。
「とまあ、この差を大きいと捉えるか小さいと捉えるかは人それぞれだが、トーナメントで上を目指すなら、間違いなくクラスチェンジは済ませるべきだと俺は思うぞ」
「頑張ってみます」
まずは召喚術のレベルを上げて召喚獣を増やし、俺自身のレベルを30にしてクラスチェンジ。当面の目標はこれだろうな。
港さんは満足そうに頷いた後、何かを考えるように視線を外しながら、ぽつりと呟く。
「……なんなら俺と一緒にレベル上げでもしないか?」
「えっ? いや、申し訳ないですよ。聞いた範囲でも俺とはレベル帯が違いますし」
突然の提案に、露骨に狼狽えてしまった俺。
クラスチェンジを済ませているという事は、彼のレベルは少なくとも30以上になる。勿論、レベル上げを手伝ってもらえるのは有難い話だが、流石にこの差は港さんに悪い。
「いやいや、俺に気を使ってるならそれは違うぞ。俺もダイキに頼みたい事があるしな。これはその交換条件って所だ」
港さんは一呼吸置いた後、笑みを浮かべて口を開ける。
「トーナメントの団体戦。俺とパーティを組んでほしいんだ」
港さんの提案である団体戦とは、六対六で戦うパーティ戦の事だ。
確かに、クラスチェンジを済ませた召喚士同士なら召喚獣二体ずつとプレイヤー二人で合計六人。
確かに、数のキリはいいが……。
「……理由を聞かせてもらえますか? 俺と組みたいという」
「まあ、理由は大きく分けて二つだな」
港さんは親指と人差し指を立てる。
「一つ。クラスチェンジによる恩恵は《パーティ内》とある。つまり俺の召喚獣以外の召喚獣でも、同じパーティ内なら効果の範囲内になるという点」
確かに、盲点ともいかない話だ。
パーティ内となれば、同じパーティにいる別の召喚士の召喚獣に効果が及ぶのは明確。仮に俺も《力の召喚士》になったとすれば、召喚獣の筋力は合計20%上がる事になる。
ともあれ、ダリアの筋力が上がってもメリットは少ないが、港さんが筋力を重視しているという事は、キングかもう一体の召喚獣のいずれかが、若しくは両方が筋力型であると予想できる。
それが20%上がればかなりの戦力増強だろう。
「もう一つだが――俺が知る限りダイキを除く召喚士の中で、他に強い奴は一人だけだ。そしてその一人は、絶対に人とパーティを組む人間じゃない。……ああ、消去法とかじゃ断じてないからな」
港さんが慌てて否定するも、俺としては彼が評価してくれている事が素直に嬉しかった。
ともあれ、そのもう一人というのはどんな人なんだろうか。
「流石に全ての召喚士、召喚獣を見てきたわけじゃないが、少なくとも格上のフィールドボスを召喚獣一体で倒せる召喚士はいないぜ」
「よくご存知ですね」
掲示板を良くチェックしているのかな? と考えていたら、視界の隅で紅葉さんが明後日の方向を見ながら舌を出していた。
――犯人はここにいたか。
「とはいっても、大分昔の話ですし、レベルで見れば俺より強い人は結構いると思いますよ」
「いーや。俺はダイキに決めたんだよ。キングもダイキに懐いてるし」
足元で丸くなっているキングに視線を落とし、その後視線を上げてダリアを見る。
真っ直ぐ前を向き、事の成り行きを俺に委ねているダリアの姿に、迷いなく返事を決めた。
「では、喜んで受けさせていただきます。よろしくお願いします」
「お! そりゃよかった! 紅葉からは“ソロにこだわりがあるんじゃないか”って言われてたから、正直断られるかと思ってたぜ」
「こだわりというか、経験値の配分とかも考えるとパーティに入り辛かったのが大きいかったですね」
ともあれ、団体戦に参加するにあたってパーティを探すつもりでいただけに、今回の話は渡りに舟だ。
それに、他の召喚士の立ち回りを近くで見られるのも、今後の勉強になる。
「じゃあ早速……って言いたい所だけどよ、今日はそろそろ落ちないとだな。明日の夜になるが大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ。よろしくお願いします」
――その後、港さんとフレンド登録を済ませると、彼は忙しくログアウトしていった。
何か用事があったのだろうか?
あれこれ質問していただけに、申し訳ないことをしてしまった。
「まー、バカっぽいけど悪い奴じゃないわよ」
「いい人でしたね」
紅葉さんはニコリと笑いながら、トレード申請を飛ばしてきた。召喚獣が近いうち増えるとなれば、また追加で注文を頼むことになりそうだ。
トレード画面に並ぶアクセサリーを一つ一つ覗いてみる。
【技術のハイメタル・リング】製作者:紅葉
器用な人間が嵌めることのできる、強度の高い指輪。
必要器用:38
耐久+5
器用+17
分類:指装備
【技術のハイメタル・イヤリング】製作者:紅葉
器用な人間が付けることのできる、強度の高い耳飾り。
必要器用:35
耐久+5
器用+15
分類:耳装備
【賢者のルビー・リング】製作者:紅葉
魔力に優れた賢者が嵌めることのできる、宝石付きの指輪。火の力が秘められている。
必要魔力:40
耐久+4
魔力+18
火属性魔法威力アップ
分類:指装備
美しく輝く銀色の指輪と、同色のリング状の耳飾り。そして燃えるような赤色の宝石が添えられた可愛い指輪が並んでいた。
「珍しい素材を持ち込んでくれて助かったわ! 市場に持ち込まれたラビリンス・メタルの総数がなにしろ少なかったもの」
「性能高いですね! ダリア用に宝石使ってもらったみたいで、ありがとうございます」
早速ダリアの右手の人差し指に嵌めてやると、気に入ったのか見せびらかすように右手を突き出している。
「似合ってるよーダリアちゃん!」
そんなダリアを、愛おしそうに紅葉さんが撫でた。
掲示された料金を払った後、俺たちは全てのアクセサリーを装備する。
「ひとまずこれで、一端の攻略プレイヤー風になれましたかね」
「残すはレベル上げとクラスチェンジね。新しい子仲間にしたら見せにきてね!」
勿論です。そう言いながら、お辞儀をして紅葉さんの露店を後にする。
ともあれ、新しい召喚獣か――理想は回復や強化が使える支援型なんだが、果たしてダリアは仲良くしてくれるだろうか……。