Coat of Arms ②
ダリアを肩車しながら競技場の外側を歩いていると、近くのフィールドでちょうど六対六の模擬戦が始まろうとしている場面に遭遇した。
それぞれ“赤色の装備”で揃えたパーティと、“青色の装備”で揃えたパーティで分かれており、客側の俺としても判別しやすい。
生産職も所属しているくらいだし、模擬戦用の色付き装備の貸し出しまでギルド内で賄えているのかもしれないな。
パーティの構成は、“赤組”が盾役一人、前衛職の攻撃役二人、後衛三人だ。この中に、攻撃役の魔法職や支援役の魔法職、要である回復役のいずれかがいると推測できる。
“青組”は盾役一人と前衛の攻撃役四人、そして後衛一人だ。こちらは後衛の一人が回復役だと想像に難くない。
「これより模擬戦を始めます。フィールドは障害物兼防御壁のある『岩場』です。制限時間は15分で、相手を全滅させるか最後に残っていたプレイヤーが多い方の勝ちとします。尚、死んだ場合はポータルに戻らず、この場に留まっておいて下さい。最後に私が蘇生させます」
審判らしき女性プレイヤーが高台のような審判席に座り、笛を鳴らす。
フィールドから大きな岩が出現し、正しく“岩場”が形成されたと同時に、プレイヤー達が動き出した。
“赤組”の盾役は前衛の内の一人に付き、《挑発》による重圧や自身への強化を掛ける。
捕まった前衛はじりじりと下がっていき、技で応戦を始めた。
“青組”の盾役含めた前衛職四人は、“赤組”の回復役らしきプレイヤーに一点突破を仕掛け、“赤組”の前衛二人、後衛二人と混戦を始めた。
「これは、一目瞭然だな」
試験的な模擬戦なのか、それともパーティ戦を初めて行うプレイヤーを集めたのか。優先順位を理解しているパーティとそうでないパーティが、ここから見ていてもはっきりとわかる。
“赤組”の盾役は定期的に挑発や気絶盾を入れることで、“青組”の前衛職一人を完璧に封じ込めている。
この前衛職が高火力の攻撃役ならば、“青組”の殲滅力は下がっていると予想できる。
“青組”の前衛達はあくまで回復役狙いのスタンスであり、盾役が挑発で“赤組“の後衛達にも定期的に重圧を与え、機動力を奪うことで合流を阻害している。
“青組”の三人の攻撃役は素早く三対二にて“赤組”の攻撃役を倒し、そのまま“赤組”の回復役へと向かった。
“赤組”の後衛は攻撃魔法にて“青組”の攻撃役を狙うも、直線上に立つ盾役の盾によって全て攻撃を防がれ攻めあぐねている。
二度ほど使った範囲魔法も、大きなダメージは与えられていないようだった。
「決まったな」
“赤組”の回復役が倒れ、四対二の形でもって後衛の攻撃役も全滅。
“赤組”の盾役が気付いた頃には、フィールドに立つのは自分だけだった。
「そこまで。青組の勝ち!」
青旗を上げながら高台から降り、審判は光の球体となった赤組のプレイヤー達に魔法技を唱える。
「『生命の祈り』」
審判の振る杖に合わせ、小さな光が球体へと吸い込まれる。そして光の羽根のようなエフェクトと共に、赤組のプレイヤーの一人が蘇った。
俺が死んだのはブラック・ドラゴンの時が初めてだったし、ダリアは召喚獣だ。彼等のような“待機状態”が出来なかったのは、条件があったのだろうか。
いずれにせよ、ソロで挑んだ時点でブラック・ドラゴンの部屋で死に戻りの待機をしていても、蘇生されていた可能性は低かったとは思うが――
次々とプレイヤーを蘇生させていく審判。初めて見るが、これが回復役の技の中の蘇生魔法なのだろう。これが有るのと無いのとでは、PvPでの動き方が変わってくるだろう。
「さて、赤組の敗因ですが、どなたか分かる方はいますか?」
全員の蘇生を終わらせた審判は、赤組に対して質問する。当然、勝った青組はその敗因を理解しているだろうが、赤組のパーティは皆首を捻っていた。
PvPが初のプレイヤーだけを集めたなら、少し《職》の知識が無ければ難しいかもしれない。
最初の構成だけで言えば、赤組の方が有利だっただけにだ。
「まず赤組の盾役の方。自由戦とはいえ、なぜ初めに攻撃役である彼を狙ったのですか?」
審判に質問を投げかけられた赤組の盾役は、頭を掻きながらおずおずと答える。
「えっと、あいつは俺のリア友で強いのも分かっていました。なので先に倒すか動きを制限する必要があると感じました。ボス戦でも、取り巻きは他の人、ボスは盾役が請け負いますよね?」
「そうですね。確かにボス戦では盾役がボスの敵視を取っている間に他の攻撃役が取り巻きのモンスターを倒すのが一つの形です。が、今回はPvPです。狙うべくは《火力のある攻撃役》ではなく、《蘇生が使える回復役》です」
審判の言葉に、赤組の盾役は納得したように頷いた。赤組の他のプレイヤー達も同じく理解したようだった。
PvPでの最も重要な攻撃対象は《回復役》だ。
状況は常に変わる為、絶対にとは言い切れないものの、赤組の盾役が言った《火力のある攻撃役》を狙うのは、回復役を倒した後だろう。
以前、迷宮でPvPになった時に、一番初めに俺が回復役を狙ったのもこれに基づいての考えだ。
「回復役を狙う理由は先程言ったように、“蘇生ができる”という点。トーナメントでは恐らく何らかの制限が掛かりますが、蘇生はMPを多く消費するだけで戦闘不能となったプレイヤーを復活させる事ができます。極端な話をしますと、回復役を倒さない限り、敵は何度も蘇ります」
――加えて。と、審判が続ける。
「回復役は名前の通り、減少した味方のLPを回復できるという力があります。赤組の盾役の方。友達が一向に倒せないと思ってませんでしたか?」
「はい。何度攻撃しても全然倒れなくて」
「それは青組の回復役が自由に動けたために、青組に十分な支援ができた結果なんです。現に、青組の前衛の人たちは誰一人戦闘不能になっていませんよね?」
確かにそうだ。と、赤組のパーティは不思議そうな顔をしている。
赤組の連携が未熟だったのもあるが、青組のPvP慣れがあればこその圧勝だろう。
青組の前衛が赤組の回復役に押し寄せたために、赤組の回復役は慌て、赤組の前衛は数の暴力で押さえ込まれ、赤組の後衛は青組の盾役の妨害によりうまく機能できていなかった。
「まず盾役の方は、PvPでの自身の役割をしっかり理解する事。後衛の方達は二人で固まるのではなく、お互いの死角をカバーできる位置取りを」
赤組の盾役と魔法職二人が深く頷く。
「前衛の二人が回復役の援護についたのは高評価ですが、回復役の方が味方盾役への回復を優先したために、非常に脆い壁となっていました。回復役の方も回復すべき味方の優先順位をPvEのやり方から切り替えていかないといけませんね」
的確にアドバイスしていく審判に従い、PvPの難しさを知った赤組のパーティ。
ともあれ、やはりこの知識が有るか無いかは大きな差となるだろう。
例えレベルが低くても、統率のとれたパーティはそれだけで脅威になる。
――再びPvPが開始されたのを横目に、俺たちは召喚獣達が戦うフィールドへと足を進める。
紅葉さんのクロっちや、クリンさんの金太郎丸をはじめ、町ですれ違った召喚獣は何体か見かけてはいるものの、金太郎丸以外の召喚獣が戦っている姿を見ていない。
どんな戦い方なのか、興味あるな。
フィールドに立つのは魔法職装備の男性プレイヤーと、傍で漂う風を纏った男性。
対するは首輪をつけたリザード・ランサーと、鞭を装備した戦士職の女性プレイヤーだ。
あの風を纏った男性の種族は?
そして、リザード・ランサーも召喚獣として出てくるのだろうか?
――それとも、別の理由か。
俺たちがフィールドの近くまでたどり着くと同時に、二対二の戦闘が開始された。
「ジン、そこのトカゲ野郎を狙え! 『岩石弾』」
ジンと呼ばれた風を纏う男性がリザード・ランサーに向かい、自身は地属性魔法であろう岩の塊を放つ。
「『回避優先』」
女性プレイヤーが指示を飛ばすと、リザード・ランサーは素早い動きで岩石弾を避ける。
ジンと呼ばれた召喚獣の風属性魔法も、難なく回避した。
続く風属性魔法の竜巻も軽やかな動きで避け、リザード・ランサーは槍を構えた。
「そんな単調な攻撃じゃ私のキャサリンには当たらないよ! キャサリン! 『召喚獣を狙え。SP消費は際限なく』」
キャサリンと呼ばれたリザード・ランサーは女性プレイヤーの《命令》によって反撃を始める。
ジンと呼ばれた風を纏う男性に、技の乗った連続突きを発動し、ジンの身体を何度か貫いた。
「『岩爆発』」
ジンとキャサリンを離すように、地面の岩が爆発した。
ジンは相手からの攻撃の反動で、反撃へ移れずにいる。
「『捕縛する鞭』」
続く女性プレイヤーの攻撃によりジンの身体を鞭が拘束する。
キャサリンはその隙を突くように、光を放つ強力な突きを放った。
回避できず貫かれたジンはLPを全損し、爆散した。
狼狽える男性プレイヤーだが、ニ対一では勝負は目に見えている。
再召喚の隙を与えないままに、女性プレイヤー達の勝利が決まった。
短い対戦だったものの得た情報はある。
まず戦闘方法だが、男性プレイヤーは俺と同じように召喚獣に委ねた戦闘方法。
女性プレイヤーは召喚獣に明確な指示を飛ばしながらの戦闘方法だった。
恐らくこれが《調教術》を使った戦闘と使わない戦闘の違いなのだろう。
指示に従わせるだけの力が発生する調教術での利点は、プレイヤーの思い描いた通りの動きを召喚獣にさせることができる所だろう。
ともあれ、それには相応の親密度が必要になってくるのだろうが。
現に先程の戦闘で、キャサリンは彼女の指示に従って回避・攻撃を行っていた。攻撃に関しては積極的に技も使用していたため、指示の中にあった“SP消費は際限なく”という細かな内容まで理解していることがわかる。
俺もダリアに対してお願いはする。ダリアもそれに従ってくれているものの、俺の“お願い”には調教術を介した言葉の力は発生しない。
つまりお願いに対しての過程はダリアに一任してあるため、その過程が俺の望むものか否かはダリア次第となる。
勿論、拒否して別の行動を取る可能性もあり得るだろう。
召喚獣をコントロールできる調教術。
召喚士の必須技能として最初にセットされているだけに、連携を高めるためには、かなり使い勝手のいい技能だ。
「――でも俺は、ダリアの判断に任せるよ」
それが吉でも凶でも、召喚獣の意思を尊重する。可能性を信じる。
ダリアを相棒とした時から、気持ちは変わらない。
肩越しにダリアがもぞもぞ動くのを感じながら、競技場の出口へと向かった。