ダリアの服
イベントが終わったことで、冒険の町は、プレイヤーも露店も数を減らしていた。
それでも相当数の人がいるわけで、俺たちは、見知らぬ人に声をかけられ、もみくちゃになりながらも紅葉さんのいる露店へとたどり着いた。
「こんばんは、紅葉さん」
「あら、こんばんはダイキ君。それにダリアちゃん」
紅葉さんは初めて会った日から今日まで、町を変えずに露店を開いている。傍にいるクロっちがバサバサと羽を広げた。
「見たよーランキング! あたしは迷宮に入らなかったから凄さがイマイチわからないけど、二位の人に倍以上の差をつけてってのは内容が気になるなあ」
早速、紅葉さんは悪戯な笑みを浮かべて、旬なネタで弄ってきた。
苦笑いを浮かべつつ、頬を掻く。
「ははは……フィールドボス以来の悪目立ちでしたよ。まあ、顔が知られるのは悪いことじゃないんですが――」
それから紅葉さんとイベントでのあれこれを雑談し、装備のことについての話題に切り替わる。
「うん、あたしもイベントに参加した友達が持って帰ってきた装備を見させてもらって、色々と興味深く感じたよ。特殊技能なんて流通しはじめたら、装備生産職は全滅するわね」
「まあ、イベント装備というのもあって数は非常に少ないと思われます。もしかしたら、生産の技能が上がって特殊技能をつけられるようになるかもしれませんね」
熟練冒険者の靴の他にも、特殊技能が付属された装備は世に出ているらしいな。
ともあれ、生産職に向けた伏線――つまりは、技能を上げていけば特殊技能付属等の技が追加される――という事が考えられる。
「うーん、特殊技能がもし自分の所持する技能の中から一つ――ってことなら、それ用に新しいアカウント作らないとかもねー。あたしの技能群は戦闘に絡めづらいからなあ」
やはり、特殊技能の存在は生産職でもかなり危険視されてるようだ。
これから先、ドロップ品や宝物として多く獲れるようになれば、特殊技能が無いプレイヤーメイド品の価値が下がる。
《クラスチェンジ》によって第二ステージへと進化した生産職が、特殊技能を付属できるようになる……とかあり得るのか?
雑談の流れで紅葉さんには《クラスチェンジ》の存在と、その証明となる報酬アイテムを見せてある。後はクラスチェンジするための条件だが……。
「……そうそう。迷宮で採掘できる場所を見つけて掘ってみたら、こんな物が採れたんですよ」
話を切り替えるように、俺は紅葉さんに採掘で採れたラビリンス・メタルを渡す。
やはり生産職――紅葉さんは忽ち目の色を変え、未知の金属に歓喜の声を上げた。
「ラビリンス・メタル……初めて見る金属だけど」
「実はコレでアクセサリーを作っていただけないかと思いまして」
俺の言葉に、紅葉さんは一瞬驚いた後、ニコリと笑いながら再度ラビリンス・メタルへと目を落とした。
「正直、未知な部分が多いから高い性能は保証しかねるけど、有り難く受けさせていただくわ。ステータスの方は、ダイキ君のが器用重視、ダリアちゃんのは魔力重視で良かったかしら?」
「はい。よろしくお願いします」
ラビリンス・メタルは純粋な金属らしく錬成する必要がなかった。
――それにしても、錬成は勿論、魔石生成をそろそろやっておかないとダリアのお菓子が底を突きそうだ。
以前は40個近くあった魔石も、今は八個とギリギリだ。ダリアの再召喚よりも、おやつ感覚であげていたのが原因だな……。
紅葉さんと別れた俺は、同じ並びに店を構えるオルさんの露店へと向かう。
道中、男性プレイヤーに写真を頼まれたが、何故か俺は撮影役でダリアとのツーショットを撮らされるというハプニングもあったものの、無事オルさんの露店を発見できた。
「こんばんは、オルさん」
「おっ! またやらかしたんだってな!」
さも嬉しそうに笑うオルさん。一つ目鬼の件でのデジャブを感じつつも、雑談を交わす。
曰く、先程まで銀灰さんも来ていたそうだが、イベントの影響でギルド参加希望のプレイヤーが押し寄せたため、急いで本部に戻っていったらしい。
――副マスターも大変そうだな。
「その《クラスチェンジ》なんだがよ、銀灰が攻略していた石の町の更に奥……《王都》って場所にそれっぽい施設があるってのを言ってたぜ」
オルさんは銀灰さんからの有益な情報を、惜しげもなく俺へと語る。
「王都ですか……なんかゲーム世界において重要な場所っぽいのが発見されましたね」
職業案内所とは名前がまたなんとも……。
しかし、そこで職業に関する何かしらを受けられる可能性は高い。
クラスチェンジにおける条件等もわかれば、すぐにでも済ませておきたい所だが。
「なんでも、王都は他の町とは比べ物にならない規模のエリアで、《ダンジョン》ていう小さな迷宮みたいなのが存在してるらしいぞ」
「ダンジョンですか。定番ですね、ボスとかもいるんだろうなあ」
「まあ、詳しいことは銀灰に聞くんだな。あいつもダイキとダリアちゃんに会いたがってたからよ」
ケンヤ達に会った後に、そのギルド本部って場所に行ってみるか。
イベントの話もあるが、その王都についても色々聞きたいし。
「わかりました。銀灰さんの都合を聞いて、俺の方からギルドを訪ねてみます」
「そうだな。場所は東のポータルのすぐそばだ。でかいからすぐ見つかるよ……それはそうと」
途端――オルさんが下衆っぽい顔に変わった。
「あるんだろ? ブツがよ」
「言い方」
まるで俺たちが危ない物でも取り引きしてるみたいじゃないか。
ダリアがつまらなそうに足をぶらつかせている。
俺は迷宮で採れたラビリンス・メタルを初め、敵からの素材をトレード画面に載せる。
下衆っぽい顔だったオルさんは真面目な表情になり、一つ一つを品定めするように眺めていた。
「レベルも相当上がってるし、正直一つ目鬼装備と剣と盾じゃ現状三流装備だな。第一線の奴らはレベル25相当のボスから出た装備や作った装備を使っているし」
「やはりそうですよね。とりあえず、余っていた素材をまとめて買い取っていただきたいのと、俺とダリアの装備を見繕っていただけないかと思っています」
オルさんは少し唸った後、電卓を叩くような仕草と共に、並んだアイテムに値段をつけていく。
「まずカブト素材の余りだが、これも正直価格は落ちてる。ただ、新規プレイヤーが順調に増えているのもあって需要はそこまで落ちてはいない。加えて、迷宮のモンスターはどれも皆未知の素材だ。これは供給量が圧倒的に少ないから需要は高い。が、アイテムのレベルが少し低いな……」
緻密に計算していくオルさん。
確かに、ライトニング・ドッグ以外のモンスターはレベルが総じて低かったし、ブラック・ドラゴンは素材が落ちなかった。
あの恐ろしいドラゴンの素材が一つでも手に入れられていれば、武器にしろ防具にしろ売るにしろ、それだけで流通破壊の代物と言えるが。
「――ともあれ、ラビリンス・メタルは現状で最高の金属だ。第一線のタンクなどがこぞって使うくらいに強度が高い。武器と盾はこの金属をメインに作るとして、残りはライトニング・ドッグの素材と俺が持つ既存の素材を合わせた防具になるが、大丈夫か?」
料金はこれくらいだ。と、手で『2』と『0』を作るオルさん。
結構ギリギリだが、イベント中に手に入れた金もあるため、なんとか払える範囲の額だった。
俺は小さく頷く。
「はい、構いません。ステータスは筋力と耐久と器用、できれば器用に大きく振っていただきたいです。ダリアは魔力重視で……やはり防具は無理ですよね?」
ダリアの防具は召喚した時のまま、ダークレッドのワンピースだ。
ステータス補正が無いことから、防具としての機能は皆無だが、実は彼女が装備できる防具が無いのが原因だった。
「アクセサリー等の装飾品、物にも種族にもよるが武器も装備は可能になっているものの、防具は何故か別の技能が必要みたいで作れないんだよな。ただ、生産職の中にもイロモノは居てな、召喚獣専用の防具を作れる奴が現れた」
「おぉ! 有難い!」
「召喚士の総数がまだ少ないってのと、スキル枠が圧迫されるって理由で手を出しあぐねていたんだが、そいつは利益そっちのけで露店を開いてるぞ。紹介は……いらないと思うが」
「いらない?」
「まあ心配はいらない。悪い奴じゃねえから。とりあえず完成したら連絡する」
露店はまっすぐ行ったフリフリの店だぞ。と、親切に教えながら見送るオルさん。
とりあえず手を振り返しておいたものの――フリフリの店ってなんだろうか。
しばらく歩いていると、他の露店とは違い風呂敷や店の骨組みまで、レースのような何かでデコレーションされ異彩を放つ、まさに“フリフリ”な露店が佇んでいた。
うん――多分ここだろう。
「すみません」
「何も言うなダイキ氏、いやお義父さん! 貴方が来るのを待っていたお……正確には六日と14時間待っていたお」
「……」
絵に描いたようなというか、徹底した人がそこにいた。
でっぷりとした体型の巨漢が、目を輝かせながら正座で俺を見上げていた。
黒縁眼鏡をズバッ! シュバッ! という素早さで上げる。
「……お父さんと呼ばれる筋合いはないんですが」
「『娘はやらんぞ!』頑固オヤジ展開キタコレッ!」
「あの、」
「説明するおっ! 召喚獣専門の防具を取り扱っている『LOVE is JUSTICE』へようこそだお。そして僕は幼女神様……もといダリア様ファン歴27年の『マーシー』だお」
――いや、強烈すぎるんだけど。
「ファン歴27年って……ダリアまだ生まれてないですよ」
まず俺が生まれてないから。
「ダリア様が生まれる前からのファンだお! 父親の※バキューン※の頃からファンだお!」
鼻の下を人差し指で擦りながら、誇らしげに言うマーシーさん。
会話を進めなければ永遠にこの調子が続きそうで怖い。
「……召喚獣専門の防具の店なんですね? 今日はダリアの防具をマーシーさんに作ってもらおうと思い、足を運んだ次第です」
「いつか来てくれると夢見て、幼女神様への供物は既に用意してあるお」
供物って……。
彼からは少し危険な匂いがするものの、オルさんのお墨付きなら信用する他ないな。
ダリアを定位置からゆっくり降ろし、マーシーさんの前に立たせる。
するとマーシーさんは素早く眼鏡をサングラスに取り替え、ずずっと後ろに下がり、まるで眩しい物を見るように手で仰いだ。
「美しすぎて直視できないお!」
「……」
「汚物を見るようなその冷たい目! ありがとうございます!」
マーシーさんは風呂敷の上に三着の服を並べる。
俺はそれを、ダリアの頭越しに覗き込みながら、あまりのクオリティの高さに思わず声が漏れていた事に気付いた。
「おぉ」
「これが僕の用意できる最高の供物達だお。幼女神様の美しいダークレッドに合わせて、洋服もカラーリングしてあるお」
三着の洋服はワンピース、ポンチョ、エプロンで、どれも非常に細かい加工が施されているのが素人目にもわかる。
「綺麗ですね。性能の方はどうなってますか?」
「幼女神様は魔力タイプだと把握してるので皆どれも耐久+10 魔力+23の性能だお!」
非常に性能も高い。
内容も同じとなれば、選ぶのはダリアだな。
「ダリア、どれがいい?」
ダリアは三着の服に一つ一つ目を通した後、ポンチョを指差した。
試しに着させてみると、膝下まで伸びる少し大きめのポンチョはダリアによく似合っている。
「キターー!」
マーシーさんも会心の出来だったのか、何度もガッツポーズを取りながら「Yes! Yes!」を連呼している。
――それにしても、本当に良く似合ってるな。
「お、可愛いぞ、ダリア。マーシーさん、ありがとうございます」
「此方こそだお! あ、2万Gになります」
しっかりしてるな。
いや、当たり前だよな。
当然金を支払い、またお世話になると見越してフレンド登録を交わす。
見栄えもそうだが、ダリアの火力がまた一つ上がったな。