巨大迷宮 インフィニティ・ラビリンス ⑥
盾役の身体が砕け散る様を見送り、俺は堪らずその場に座り込む。
――初の対人戦だった。
六対二で勝てたことの喜びよりも、自分の運の良さに喜んだ。あれが対人経験の多い高レベルパーティならやられていた。
そう確信した結果が、この冷や汗の正体だろうか。
奇襲としての隼斬り。そして気絶殴打から撃破までの流れ。
回復役が呆気にとられている間に倒せたのは、覚悟の差と戦力差による余裕によるもの。
玉砕覚悟とまではいかないまでも、反撃の一つや二つ、最悪ここでやられる覚悟での先制攻撃。続く連続攻撃が、無傷で済んだのがでかい。
相手も冷静さを欠かなければ、対応も難しくなかったろうに。
それ以降の相手の乱れっぷりは目も当てられないが、事前に“盾役が死んだ場合”と“回復役が死んだ場合”、最低でもこの二つの対応策は練っておくべきだろう。そしてこれは後々自分に言い聞かせるための教訓ともなる。
パーティを倒した結果、得られたのは獲得ポイント207。これが全部だったのか半分なのかはわからないものの、六対二のハンディキャップマッチの報酬としては安い。
――なにがラットよりプレイヤーを狩ったほうがいいだ。
なんにせよ、無事に切り抜けられたのは大きいな。戻ってルートを正すとしよう。
しばらく進んでいると、視界に小さな光が映った。が、レーダーやマップには反応がない。
「うん? っていうか、これは……」
マップで辺りに点が無いのを確認し、装備を見習いピッケルに持ち替える。
すると、小さかった光が大きくなり、その周りにも無数の光が現れた。
まさかの採掘ポイント。
ともあれ、確かに戦闘戦闘だとイベントに参加した非戦闘職のプレイヤーへの旨味が少ない。これは採掘技能持ちのプレイヤーへのご褒美だろう。
見かけていないが採取部屋もどこかに存在するのかもしれないな。
なんにしても、これはラッキーだ。
気付いてよかった。
ピッケルを振り上げると、技術者の心得により光の拡大縮小が始まる。
こちらも弾きと同じように、採掘の難しい場所だと光の速さが変わるようだが……うん、なんとか掘れそうだな。
イベント用の採掘ポイントなのか、なかなか掘り辛いものの、戦闘とは違ってミスしてもデメリットは発生しない。
「つまんないのは我慢してくれよ。ダリアのオヤツはこうやって生み出されるんだぞ?」
足をぶらぶらして退屈であることをアピールしてくるダリアだったが、イベントフィールドでの採掘は是非やっておきたい。魔石でも食べさせて我慢してもらおう。
マップの確認も忘れずにしばらく掘り続ける。久方ぶりに採掘術のレベルがぐんぐん上がるのを感じつつ、出てくる石たちに目を通した。
【ラビリンス・メタル】
巨大迷宮インフィニティ・ラビリンスの内部でのみ採掘可能な金属。融点が高く、加工には高い技術を要求されるものの、鉄よりも硬度が高い。
採掘できたのは不思議な石と、このラビリンス・メタルのみ。説明を見る限り、このラビリンス・メタルというのは鉄を超える金属なのだろう。
オルさんや紅葉さんが喜びそうなアイテムだな。
――そして、ここでも不思議な石か。
採掘術のレベルが上がるのと、アイテムがどんどん採れるのとでテンションが上がっていた俺は、15分間ピッケルを振り続けた。
ぷちぷちを潰すような、クセになるような感覚にやられてしまったようだ。
痺れを切らしたダリアが暴れ出したため、なくなく採掘を断念する。
ともあれ、ダリアが止めなければ延々とやり続けられたな……。
ラビリンス・メタルは合計34個。不思議な石は前のと合わせてこれで合計27個だ。
メタルは十個でインゴット化できるし、インゴットが三つもあれば武器とアクセサリーを作ってもらえると思う。
思わぬ収穫にホクホクな俺はピッケルを仕舞い、アイテムボックスで存在感を放つ不思議な石を一つ具現化させた。
ゴルフボール程度の青い石。店売りの魔石にも似ているものの、こちらは軽石のような軽さだ。
「これが27個も……何に使うのやら」
全部具現化すればダリアと石遊びができそうだ。
――石遊びってなんだ。
レーダーに反応があった。
目標の部屋へは着実に近付いてきているものの、当然ながら迷路となれば、なかなかたどり着けない。
黄色い光を放つレーダーに従い、赤点と青点に注意しながら足を進めて小部屋に着く。
中には宝箱がぽつんと置いてあるだけで、モンスターの姿も、モンスターを表す赤点も無いようだった。
罠も……ないのか。レーダーの光の色と関係があるのか?
方や強いモンスターに守られ、方や部屋にそのまま放置だし。
今の所、レアっぽいアイテムが入っていたのは青色の光の時。緑色と黄色の宝箱には大したものが入っていなかった。
となると、今回もそんなに期待できるアイテムは入ってないかもしれない。
――宝箱に近付く。
「ん? やけにデカイ箱だな……」
まあいいや。と、更に近付こうと足を進めた瞬間。
――突然、宝箱が炎の柱に包まれた。
「ダリア?」
突き出した杖が視界に映る。
誰がどう見てもダリアが宝箱に攻撃した様に思えるが……。
変化はすぐに起こった。
宝箱からは真っ黒い悪魔のような手が生え、ギザギザな牙が生え並ぶ。ガチャガチャとけたたましい音を立てながら宝箱だった物が襲いかかってきた。
人食い宝箱!? 定番ちゃ定番だが……。
人食い宝箱は間髪を入れずに放ったダリアの黒の破壊核に撃ち抜かれ、粉々となった。
ヤツが消えた場所に、普通のサイズの宝箱が転がる。
……危ない所だった。ダリアが攻撃していなければ普通に近付いてたな。レーダーにも赤点は現れなかったし。
『しっかりしろ』と、言わんばかりに頭を叩くダリアに「ぐうの音もでません」とヘコヘコしつつ、宝箱を恐る恐る開ける。
【看破光弾】#人食い箱
使うと部屋にある仕掛けを曝け出す聖なる光を生み出す。
分類:消費アイテム
ふむ。要するに、人食い宝箱とか罠の類を見破る事ができるわけか。これは使えそうだな。
ともあれ、宝箱に擬態するモンスターまで用意されてるとはな……。
右、右、真っ直ぐ、左……。ついつい早足になるのを抑えつつ、辺りを注意しながら進んでいく俺のマップは、最後の右折によって遂に繋がった。
ここまで来るのに要した時間は約三時間。比較的近い場所に転移したはずだったのに、これほどの時間彷徨うことになるとは思っていなかったな。
「ここは……メタル・スパイダーがいた場所か」
同じような道ではあるが、ミニマップを見ればなんとなくわかる。
数時間前、パーティに追われ、蜘蛛をやり過ごした長い直線に、やっとの思いでたどり着いた。
そして、しばらくミニマップに従い歩いて行くと、レーダーが白く光り始める。忘れもしない、あの場所を示している。
「……リベンジマッチだ」
その部屋は、やはり今まで回ってきたどの部屋よりも広かった。
改めて見ても違和感は大きい。
ダリアは既に俺の傍で部屋の中央を見据えている。
時刻は午後6時40分。ペナルティと移動時間を考えても、三度目の挑戦は厳しい。
回復薬は潤沢だ。勿論、戦いになればだが。
「ダリア。普通に戦っても勝てない相手だという事は百も承知だ。……けど、泣き寝入りなんて嫌だぞ俺は。必ず一矢報いてやろう」
――たとえ勝てなくとも。
――最後の一言は、口に出さずに飲み込んだ。
もし勝てなければ、誰かに倒してもらうだけだ。潔く、知るだけの情報と座標を託そう。
そのためにも、ここで全てを出し切るぞ俺は。
部屋に向かい、看破光弾を使う。ブラック・ドラゴンを撃退するための罠があれば、これに反応する筈だ。
――しかし結果は、部屋の周囲に採掘ポイントのような小さな光が灯るだけ。
一撃死を誘発するような、落とし穴や釣り天井の類は無いようだった。
採掘ポイントも仕掛けと言われれば微妙なラインだが……。そしてあの場所は確か、松明のある位置だよな。
なんにせよ、残りの手札は不思議な石のみである。俺は最後の希望を胸に、小さな光へと走った。
松明に紫炎が灯ると、その小さな光が全て消える。つまりは、看破光弾は松明に反応しただけという結果になる。
不思議な石をどう使う? 投げるか? それともバリアのような効果を発揮してくれるのか?
中央に紫炎が集まると、徐々に竜の姿へと形作られていく。
「何か……ん?」
紫炎の灯る松明の後ろから、小さな光が漏れている。目を凝らすと、松明の裏には小さな丸い窪みが存在していた。
ブラック・ドラゴンは完全に姿を具現化させ、獲物である俺とダリアに顔を向けた。
口の中に紫炎が渦巻き、巨大な火の玉を形成していく。
――当たれば即死。終わるのは一瞬。
「もうこれしか考えられないっての!」
俺はヤケクソ気味になりながら、不思議な石を窪みに嵌め込んだ。
ブラック・ドラゴンの口が開かれる。
ブラック・ドラゴンの苦しむような鳴き声につられ、顔を上げた俺たちの目の前には異様な光景が広がっていた。
松明の後ろから伸びるように、青白い鎖がブラック・ドラゴンに巻き付き締め上げる。
ブラック・ドラゴンは口から首までを鎖に縛られもがいていた。
「これが仕掛け……誰が気付くって言うんだよ」
運営に悪態を吐きつつも、俺の口元は緩んでいる――勝利の活路が開けたのだ。
俺は鼓舞術の《疾風の布陣》を発動し敏捷を上げつつ、次の松明まで駆けた。
広い部屋をぐるっと囲むように存在する松明から察するに、全ての窪みに不思議な石を嵌め込む必要があると考える。
二つ目、三つ目の鎖が飛び出しブラック・ドラゴンの左前脚、後脚に巻き付いた。
七本あるLPも目に見えて減っているのがわかる。
――いける! 勝てるぞ!
続く四つ目の鎖へと移動する俺たちに、暴れるブラック・ドラゴンの尻尾が迫る。俺たちへの攻撃という明確な意思はないものの、当たれば即死級のダメージは想像に難くない。
「っく!」
ダリアを抱くようにして地面に伏せると、遅れて巨大な尻尾が頭上を通過する。そのまま壁を叩いた尻尾が三本目の鎖を断ち切り、身体への負荷が軽くなったブラック・ドラゴンが更に暴れ出す。
――と、具現化して握っていた不思議な石をダリアがひったくるように奪い、逆走するように三本目の鎖の仕掛けまで駆け出した。
「外れた鎖を再度付けるつもりか……?」
自ら進んで危険地帯へと走る小さな後ろ姿を、思わず追いかけようとして踏みとどまった。
――ダリアは死ぬ覚悟ができているように見えた。
第二波の尻尾が振るわれる。
俺は四つ目の鎖を解放した後、地面に伏せる。
ダリアの名を呼ぶも、壁を叩く尻尾の音で掻き消された。
三本目の鎖の仕掛けがある壁は無残にも破壊され、松明の炎が弾け飛ぶ。四本目の鎖は左後脚を拘束するも、尻尾を封じなければまた破壊されてしまう。
五本目の鎖へと向かう俺を、叩き潰すかのように尻尾が振り下ろされ、
再生した三本目の鎖がブラック・ドラゴンの尻尾を縛った。