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巨大迷宮 インフィニティ・ラビリンス ③


 無事に宝物を入手した俺たちは最初の通路から見て直進。つまり、左の道へと進んでいく。


 メタル・スパイダーを使って挟み撃ちを仕掛けてきたパーティも、ミニマップには映っていない。まとめてメタル・スパイダーにやられたか、諦めて引き返したか……。ともあれ、彼らの目的の真意はなんだったのだろうか。

 確かにプレイヤーが減れば宝物の競争率が減るのはわかる。が、それだけでしかない。なんらかの手段で待ち伏せしていたとしても、限られた時間を費やしてまでする行動かといえば、微妙な所だろう。


 ――考えても無駄か。


 なんにせよ、ランダムに出てくるモンスターは序盤も終盤も関係ない。この先スライムのような弱いモンスターとしか出くわさない可能性もあれば、メタル・スパイダーのような格上と出会う可能性もある。

 戦うにしろ逃げるにしろ、万全の状態で臨むのが適切だろう。


 先の逃走で消耗したダリアにMP回復薬を渡し、レーダーの反応を頼りに進む。


 ――と、再びレーダーに反応があった。


「ん? ……こっちのほうだな」


 先の二つとは違った色――白色の反応を示すレーダーに従い、未だ全貌を見せない迷路を彷徨う。

 これだけの広さだ、冒険の町が溢れるほどのプレイヤーとの遭遇率が低いのも頷ける。



「お、ここだここ……だ?」



 俺たちの進む方向に伴い、ミニマップが開拓されていくのはわかる。現に、元来た道なら全て表示されている。が、


「ここ、やけに広くないか?」


 先に開けた空間があるのはミニマップからみて明らかだが、今までは部屋に入る前には既に部屋の全貌は見えていた。

 しかし部屋の入り口付近に来ても、ミニマップは部屋の全貌を映しきれていない。当然、目視でも部屋の内部は確認できるものの、薄暗くて奥まで見ることができない。


 けれども、白色の光を放つお宝レーダーは激しい反応を見せ、この部屋にある宝物の存在を肯定している。


 ――この広い空間から宝物を探す。ってだけじゃないんだろうなあ。


 ミニマップにはモンスターを表す赤点も、プレイヤーを表す青点も表示されていない。


 とはいえ、尻込みしていても仕方がない、か。


 罠を十分に警戒しつつ、部屋に入った……いや、入ってしまった(・・・・・・・)



「!?」



 ――明らかな異変に、思わず身構える。


 部屋を囲うように(とも)される、不気味な紫色の松明(たいまつ)

 そして地鳴りと共に聞こえてくるのは、威嚇するような獣の唸り声。

 中央に灯るは、松明と同色の巨大な炎――そして、炎がゆっくりと形を変える。


 強靭な四肢としなやかな尻尾、蝙蝠(コウモリ)のような羽を広げ、開かれた口に並ぶ刃物のような鋭い牙。

 炎から出る光を反射するように光沢を放つ黒い鱗に、俺たち(挑戦者)を値踏みするように向けられた黄色の(まなこ)


 そして強者だけが持つ――存在感(プレッシャー)


 ファンタジー世界におけるモンスターの代表格にして頂点。




【ブラック・ドラゴン Lv.50】#BOSS




 呼吸の度に吐き出される紫色の炎も(あい)まって、思わず俺は一歩後ずさりしている事に気が付いた。

 一瞬でも目を離せばたちまち消されてしまうような、言いようのない恐怖とともに駆け巡るのは、確立された“絶望の色”



 ――勝てない。



 レベル差は勿論、メタル・スパイダーの時以上の戦慄を覚えた。

 それは巨大な体躯然り、全身が凶器のような構造然り、威圧感然り。


 たった一度、目があっただけで悟ってしまう数字以上の実力差。しかし、


「何もせずに……ってのは勿体無いよな」


 逃げ腰ながらも、俺が戦う意思を見せると、ダリアも続いて足元に降り立つ。



 ――その差は歴然、しかしやる気は十分。



 ――魂が震える程の大咆哮と共に、ブラック・ドラゴンが動き出す。



 かくして、格上の咆哮によって戦いの幕は切って落とされる。

 四肢から発生した紫色の炎が体を伝って口元に集まり、隕石のごとき威力を孕んだ紫炎(しえん)が放たれた。


「回避一択かよ!」


 挨拶程度の攻撃も、俺たちからしたら災害そのもの。盾弾き(シールドパリィ)なんて付け焼き刃ではどうしようもない程の“暴力”を前に、俺は全ての力を回避に回した。

 ダリアを抱きかかえ、足元を抜けるようにしてブラック・ドラゴンの後ろ足に隼斬りを発動――紫炎をやり過ごすと同時に先制攻撃を与える。


「おいおい……」


 冗談のような光景に、俺は二度目の絶望を覚えた。



 一撃が入ると敵のLPが表示される。



 ――その数、計七本。



 そして隼斬りによって与えられたダメージ量は、一本目の三%程度に満たない。


 ――物理防御が高い。そんな次元じゃない。


 気持ちを切り替え、鼓舞術による四つの強化(バフ)を発動し、野生解放を使う。

 ダリアはブラック・ドラゴンの足元に火炎の海(フレイムフィールド)を使用し、黒の破壊核(ブラックコア)を放った。


 避ける素振りも見せぬブラック・ドラゴン、そして被弾。


 ――減ったLPは、一本目の八%程。


 唯一の救いは攻撃がある程度通るという一点か……それでも討伐に至るには途方もない時間を要すると想像できる。


 ブラック・ドラゴンが身体に紫炎を纏う。俺たちは後ろ足から大きく距離を取るが、相手の攻撃は尚も続く。


「ダリア! 防御魔法! 『鋼の闘志』」


 ダリアを後ろに背負う形で盾を構える。しかし、Criticalクリティカルを受ける確率を減らす鋼の闘志は、純粋な防御技じゃない。

 ダリアの火壁(ファイアウォール)闇膜(ダークバリア)が張られ、俺たちの持てる最大防御が完成した。が、


 身に纏った紫炎がブラック・ドラゴンの胴部で円を描き、拡散――衝撃波に乗った紫炎の波が押し寄せる。


 火壁(ファイアウォール)闇膜(ダークバリア)は衝撃波を受けただけで消滅し、俺の身体は紫炎に包まれた。


 カブト・シールドも、火属性には弱い。



「――ごめん」



 瞬く間に俺のLPが消滅、続くダリアのLPも一瞬にして消滅した。











 気がつくと、俺は冒険の町のポータルに立っていた。

 既に多くのプレイヤーが死に戻りをしたらしく、露店は復活ペナルティを受けたプレイヤーと、不参加組のプレイヤー達で賑わっている。


 ――傍にダリアはいない。


 自身の死も初めて経験したはずだが、ダリアが死んだ事実の方がやはり心にくる。

 初めて死なせてしまった時ほど気持ちにモヤモヤはないものの、やはり“死なせてしまう”罪悪感と、申し訳なさで気が落ちそうになった。

 ともあれ、うだうだ言ってても仕方がないか。早い所ダリアを召喚して、一時間後に備えよう。




 再度召喚を済ませたダリアを定位置に装備した俺は、露店を見て回っていた。


 ――ダリア再召喚に伴い、ダリアを全力で抱きしめてる間に向けられた、他プレイヤーからの視線は忘れよう……。


 なんにしても、俺たちは負けたのだ。


 ともあれ、俺もダリアもブラック・ドラゴン相手に怖気ず動けたのは及第点だろう。


 潜っていた時間は二時間程度。

 早々に退場した運の悪いプレイヤーたちが再び迷宮に潜りだす頃だろうか?

 まあ、二時間程度で追い出された俺たちもそこそこに運が悪いと言えよう。


「お、なんだダイキ。早くもリタイアか?」


「いやー、ボコボコでしたよ」


 悪戯(いたずら)な笑みを浮かべたオルさんが、装備の調整を進めながら話しかけてくる。


「儲かってますか?」


「当たり前だろう。ここら一帯の露店全部がイベント価格だよ」


 価格の釣り上げを客である俺に言うのはどうかと思うが、オルさんたち生産職の目論見(もくろみ)通り、イベントによってかなり繁盛しているようだ。


 その後、迷宮内での出来事を話すと、オルさんはメタル・スパイダーとブラック・ドラゴンに興味津々だった。


「スライムの素材も初めて見たが、そんな高レベルモンスターなんぞ、最前線のフィールドボス以上じゃねえか」


「ちなみに、いくつくらいなんですか?」


銀灰(ぎんかい)の奴が言うには、今攻略しているフィールドのボスで25だそうだ」


 一つ目鬼(サイクロプス)剣闘士の石像(ストーンゴーレム)のレベルは15なので、最前線組が攻略しているボスも相当強いと予想がつく。

 しかしブラック・ドラゴンはそれをはるかに上回る50である。


「勝てないわけですね」


「いやいや、ダイキよ。俺はこれはチャンスだと思うぜ?」


「チャンス?」


 半ば諦めたように肩を落としつつ言う俺に対し、オルさんは意外にも同情ではなく、まるで鼓舞するような口ぶりで語り出す。


「ああ。考えてもみろよ。運営が初のイベントとしてこしらえたモンスターだ。お披露目ってノリで凶悪モンスターを出したのなら枕を濡らすしかないが……俺は倒せるもんだと思うぜ」


 持論を展開するオルさんは至って真剣な表情で続ける。


「普通に考えてレベル50のモンスターを正面から倒せるプレイヤーなんていない、少なくとも現状のJAPANサーバーにはな」


 そこまで聞いて、俺は仮説を交えながら、呟くように聞いてみた。


「宝物の中に、それらを倒すための武器がある……と?」


「武器というかなんというか。期間限定アイテムとかよ、入ってるかもしれないだろ? 現に、イベント専用の獲得ポイントなんて宝物に入ってるくらいだしよ」


 俺の言葉にオルさんは満足気に答えながら、俺が持ち帰ってきた情報や、独自で集めた情報を交えつつ、俺の仮説を肯定した。


 ――確かにな、一理ある。


 レベル50のモンスターをやり過ごして宝物を集めるイベントなら、倒せないように設定してあるのも頷ける。

 しかし、レーダーの反応はブラック・ドラゴンに向いていた。現に、オークを倒した時も、宝物を守るオークを倒したから宝物が出現したのだ。


 ――つまり、倒さなければ宝物は手に入らない。しかし、サービス開始一週間で倒せるレベルのモンスターではない。


「そうですね……俺が参加できるのは精々今日の夜までですし。迷路をぐるぐるしてるより目的を絞ったほうが楽しめそうです」


「そうこなきゃな。まあ、宝物を探しまくってアタリが出るに越したことはないんだろうが」


「ともあれ、問題はどうやってブラック・ドラゴンのいる部屋に戻るか。そして、倒す鍵となるアイテムを見つけるか……ですね」


 イベント中の目標は決まった。

 後はそれをどうやって遂行するかだ。


 正直なところ、前者はブラック・ドラゴンまでの道筋をミニマップが映してくれていれば可能性はある。が、後者は雲を掴むような話だ。手がかりすらない。


「ランダムでスタートってなるようだし、ブラック・ドラゴンの部屋よりかなり遠くに飛ばされたら厳しいな。本当に、今日一日を費やす気持ちで臨むしかないが」


 顎髭をしゃりしゃりと(もてあそ)びながら唸るオルさん。


「俺としてはリベンジできるなら、一日を費やしても構わないです。……とりあえずアイテムについては、駄目元ですが友人に聞いてみようと思います」


「おう。俺のほうでも客なり銀灰なりにそれとなく聞いてみるよ。まあなんだ、健闘を祈る」




 ケンヤ宛にメールを送り、レストランへ入る。

 俺もダリアも料理による強化が切れていたし、昼飯を食べに一度ログアウトする前にこちらで食事するのも変な話だが、ペナルティ解除にはまだ時間がかかる。


 ダリアは負けたストレスを食事で晴らしているのか、リベンジに燃えているのか、量・スピード共にいつも以上だった。


 食事の後、一度ログアウトしてリアルの食事を済ませる。

 そして再度ログインすると、雨天さんからメールが返ってきていた――ケンヤに代筆を頼まれたらしい。


「へえ、獲得ポイント184! なかなか飛ばしてるな」


 雨天さんからのメール内容には俺への返信と共に、近況報告が添えられていた。

 イベントフィールドでのログアウトはアバターが残るので、交代でログアウトして昼を済ませている。

 現在は雨天さんとクリンさんが留守番している。などなど、


「……稀に、用途不明の石のような物をモンスターが落とすようです……これか?」


 用途不明のアイテム。イベント終了時に何かと交換できるとか……いや、それだと獲得ポイントと重複するような。


 なんにしても、何らかの意味を持つアイテムであるとは予想できる。しかし……運営ももう少し詳しく詳細を教えてくれてもいいのに……とは思うが。




 再び迷宮へと潜った俺たちは、まず初めにマップを開いて迷宮の全体像を開く。

 前回開拓した部分だけ小さく道が表示されているものの、現在地とは少し離れている。


 行けない距離ではない――無論、今日一日を費やす覚悟であれば。


「とりあえず、ブラック・ドラゴンがいる方角に向かってみるか」


 マップをミニマップに切り替え、前回開拓した道、ブラック・ドラゴンがいる部屋に歩き出した。


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