それ行け空中散歩!
いつもと変わらない朝の町。
いつもと変わらない道を歩く俺は、いつもと変わらない駅を目指す――いつもと違う眼鏡を着けて。
『これがダイキの町……』
この景色を、ダリア達も観ている。
俺の足元をついて回りながら。
部屋と仮想世界をリンクさせる機械なら他にもあるし、安いものは一万円も出せば買えるのに、大金を叩いてまで最新機種のV.Room 1800を買ったのには理由がある。
俺の鞄にはV.Room 1800本体のうちの一つが入っているが、これは半径数十メートルまでの景色を、ダリア達の世界に反映させる機能が備わっている。
部屋で使った機能では、現実にダリア達を具現化させることができるが、こちらは専用のメガネ型デバイスを通さないとダリア達が見えない。つまり、他の人にダリア達の姿や声は聞こえないという訳だ。
部屋の四隅に置く機能と上手く棲み分けされている。
『あれはなに?』
「あれは車だよ。機械で動く馬みたいなもの」
『なんか変な声が聞こえるよー』
「これ町内放送ね。声でお知らせを届けるんだ」
ダリアと部長はそれぞれ納得したように唸った。
何気ない町並みも子供達には未知の空間だ。
俺のメガネ越しには、花屋やカフェを覗くアルデや、老人に声をかける青吉の姿が映っている。
画期的すぎるぞV.Room 1800!
高かっただけのことはある……。
しかしこの機械には唯一欠点が存在する。
これ、外で使うのは結構恥ずかしい。
側から見れば一人で喋っている成人男性なわけで、ワイヤレスイヤホンで電話しているにしては〝目の前にいる誰か〟と話しているみたいで、少し不気味である。
そうこうしているうちに駅へと到着。
子供達はその雑多な様子や人の多さに驚いているようだ。
『同じ服の人がたくさんいる』
『うう、人酔いしちゃうよー』
『ほら見て青吉! 変な扉があるぞ!』
『お金を入れたら開くみたいだね』
『皆さん急いでどこに行くんでしょうか』
時間的にまだ通勤通学の人がいるようだ。
当然子供達はメガネの中だけで見えてるので、人々に踏み潰される心配はない。
「これからダリアの要望を叶えに電車に乗るよ」
『デンシャ?』
「乗ったらきっと驚くぞ」
キョトンとするダリアを手招きしながら混み合うホームで待っていると、ガタンゴトンと電車がやって来た。そのまま乗り込む俺は、人の波に飲まれ案の定もみくちゃにされていく。
『皆狭い所が好きなの?』
「……(そんな訳ない)」
ダリアの疑問に答える余裕はない。
因みに部長が乗り遅れたが、範囲内の空間は全て地続きになっているらしく、流れる景色のその奥で寝転ぶ部長が並行して移動している。
『両手を挙げてる人がいるのはなぜ?』
『それはねあっくん。女性の体に触れないようにしてるんだと思うよ』
『るーかしこい』
仲間になった時期と召喚時期の関係で双子という扱いの青吉とベリルが、荷物置きに腰掛けながら満員電車の様子を冷静に分析している。
お互い自分が年上だと思っているから微笑ましい。
『ポータル使えばいいのに』
「……(現実にあったら最高だよ)」
そんなこんなで鮨詰め状態のまま電車に揺られること1時間――目的の橋のある駅へと到着したのであった。
◇◆◇
鳳スカイウォーク。
山と山の間を横断するように伸びるその橋は、全長約500メートル、地上80メートルとスリル満点の吊り橋である。
「たっか……」
眼下に広がる山、滝、川。
落ちたらひとたまりもない。
「普通に歩くだけじゃん!」
「無理、無理いいいい!!」
向こうで絶叫している人の気持ちも分かる。
飛行機よりもピンとくる高さというのがまた怖い。
『空中散歩だ』
ダリアはというと、ご機嫌にスタスタと先を歩いている。しかも手すりのところに登って。現実にやってたら卒倒しかねない光景である。
『ダイキ殿大丈夫か?』
「う、うん。頑張るよ……」
俺が進まなければ、ダリアも先に進むことはできない。はるばるここに来て、なにより楽しんでる彼女をガッカリさせるわけにはいかない。
「男 相良大樹……腹を括れ……」
気合を入れて俺は一歩を踏み出した。
結局渡り切るまでに1時間近くかかった。
正直、もう二度とここへは来ないと思う。