ストーリークエスト:封印の代償④
それは、写真に写る男性その人だった。
管から流れ出る紫色の液体が、アリルの浄化に押し退けられる。つまりこの男性は、その体に毒沼を流し込まれていたということになる。
誰が? 何のために?
《緊急コードZ! 緊急コードZ! 実験施設を爆破します。緊急コードZ! 緊急……》
けたたましいサイレンの音が響く。
部屋の照明が赤く明点を始めている。
「逃げるぞ!」
男性を背負いながら俺は叫んだ。
既にカプセルから小規模な爆発が始まっていた。
元来た道を駆け抜ける。
後方で起こる爆発音を聞きながら、最初の部屋であるドーム状の施設へとたどり着いた。
焦ったようにアリルが叫ぶ。
「昇るにはどうすれば!?」
「そうか……浄化は毒沼を押し退けるから……」
降りまだ良かったのだ。
問題は昇りだ。
毒沼は何らかの力によって下から上へ、まるでエレベーターのように地上へと昇っている。俺達が逆走する形で地下へと降りられたということは、毒沼を押し退けるアリルの力がそれほど強力ということ。
つまり、同じ方法で昇ることはできないのだ。
『泳ぐ?』
『毒でやられちゃうよー』
『困りましたね……』
青吉の発言に冷静に答える部長。
ベリルにも妙案は無さそうだ。
爆発はすぐ後方まで来ている。
飛来した瓦礫が毒沼に落下し、ボシャボシャと音を立てている。
『あれに乗ろう』
ダリアが指差す先には、
実験室に並んでいたカプセルがあった。
爆発の衝撃でここまで飛んできたのか?
大きなモンスターを入れていただけはあり、俺達全員が入れる程度の広さはあるようだった。
爆発によるものか蓋は壊れているが、幸い、中には何も入っていないようだ。
『任せて!』
そう言うとアルデがそのカプセルを走らせるようにして運んできた。船のように毒沼を進むカプセルへと飛び乗ると、カプセルはそのまま、上昇する毒沼の中へと進んでいった。
アリルの浄化の力が俺達の体〝だけ〟を包み込む。
カプセルを覆ってはいないため、底の部分を毒沼が押し上げ、船が徐々に昇ってゆく。
しかし、カプセル内では別の問題が発生していた――。
「くッ……!」
上流から下流へ。
地上部に溜まった毒沼が自然の摂理のまま落ちてくる。
更にカプセルを押し上げる力も働くため、
アリルは双方からの圧力を必死に耐えていた。
『こわいままの力をあげる』
青吉がアリルの手を取った。
アリルの光が更に力強くなってゆく。
元、海竜神様の巫女としての力か、
海竜神様の息子である青吉と共鳴しているようだ。
「これならッ!」
浄化の水が毒沼を押し上げ、陽の光が差し込んだ。上からの圧力が無くなったことで、俺達は一気に地上へと飛び出した。
『うわぁ……!』
地平線の彼方が見える。
突入時からまた時間が進み、今は朝のようだ。
キラキラ輝く太陽にアルデが感動の声を漏らした。
俺は全員を抱き抱えて沼地へと着地する。
猛毒に侵されるも、アリルの浄化ですぐに元通りだ。
湧き出す毒沼の勢いが衰えてゆく。
やがて、そこには巨大な穴だけが残された。
穴を覗くと、地下への道は、爆発の衝撃により土砂と岩によって押しつぶされ完全に塞がっているのが見えた。脱出は本当にギリギリだったらしい。
地下の施設を破壊し、穴も塞がった――ということは。
「本当に終わり、ですか?」
と、アリルが力無くその場にへたり込んだ。
*****
草の町へと戻った俺達。
男性を壁際に座らせ、俺は辺りを見渡す。
昨晩の襲撃の爪痕は色濃く残っていた。
いくつかの建物は燃えて朽ちており、
外には怪我をした人達が寝かせられている。
「私……私は……」
この状況を作り出した原因が自分にあると思っているのか――顔を真っ青にしたアリルが口を震わせている。
『掃除手伝ってくる』
『わたしは治療ー』
『拙者も手伝う!』
と、ダリア、部長、アルデが駆けていく。
ベリルはアリルを心配そうな顔で見つめた後、3人を追うようにして飛んでいった。
「私が余計なことをしたばかりに……こんな酷い状態になるのなら、沼なんて放っておけば良かったんだ」
それは違うぞ――
そう言おうとした時だった。
「戻られましたか」
俺達の元へ3人の男がやって来た。
声をかけてきたのは初老の白髪男性。
後の2人は俺たちもよく知る人物だった。
「アリルくん! 異人さんも無事だったか!」
頭に包帯を巻いたマッカスさんが声を上げると、腕を吊っているサンダーさんが嬉しそうに笑みを浮かべた。
「よくぞ、よくぞ無事で!」
「……おふたりも、ご無事で、なによりです」
サンダーさんの言葉に力無く答えるアリル。
白髪男性が前に歩み出た。
「私は草の町ギルドマスターのエバートンです。アリル様、異人様方、この町を〝救って〟くださり、本当にありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げるギルドマスター。
アリルはぶんぶんと首を振った。
「救っただなんてそんな。私がよく考えずに行動したがために、この町をめちゃくちゃにしてしまいました」
責任感の強さからくるものなのか、アリルの塞ぎ込み方は凄まじかった。まるで自分がこの町を破壊したかのような言い方だが、沼の問題は彼女なくして解決などできなかったのも事実だ。
とはいえ、それを伝えるのは俺の役目じゃないな。
「なにを仰いますか。町に被害こそ出ましたが、死者は1人もいません。それにこの町は元々虫からの襲撃によって何度も壊滅と復興を繰り返してきました。簡単に壊れますが、簡単に直すことができるのです」
そう言ってギルドマスターは杖を振るう。
近くで半壊していた民家に木々が絡みついたかと思えば、そこには補強された家が再建されていた。
木属性魔法使い――。
こんな一瞬で家が建つのか。
「なにより、町の長年の脅威だった沼の問題を解決してくれた。我々にとって貴女様は英雄です」
「えい、ゆう……」
そう呟くアリル。
今度はサンダーさんが口を開く。
「俺達にとったら命の恩人だ。町の皆も、全員がそう言ってるぞ。〝エリローゼ様と同じ力を持つ女の子に助けられた〟って」
アリルは黙って俯いたまま、
唇を強く噛み締めていた。
アリルの前にしゃがむようにして、
青吉は彼女の顔を覗き込んだ。
そして――
『頑張った 頑張った』
言葉の代わりに、優しく頭を撫でる青吉。
青吉がニイッと笑うと、アリルは涙を拭きながら釣られるように微笑んだのだった。