ストーリークエスト:封印の代償③
マップを見ると、先ほどの空間こそ広かったが、施設自体はそこまで広くない事がわかった。
いくつかの分岐した道と部屋がある。
そのどれかに正解があるはずだ。
「達成目標は巨人じゃないのか」
クエスト説明の所にある???[0/1]に変化がないため、この施設のどこかで、巨人以外の何かを退治・あるいは入手する必要があるようだ。
「そういえば……」
妙に既視感のあるこの光景。
そうだ、思い出した。
トラップタワーに構造が酷似しているんだ。
あの時もプレイヤーの選択一つで状況は一変している。
解決ムードだった草の町が一夜にして火の海になったのは、俺がその選択を間違えたのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、ドーム状の部屋から一番近い部屋へとたどり着いた俺達。そこは同じように金属製の扉で閉められていたが、どうやら厚みが全然違うようだ。
空室の扉:耐久値 5/5
「よろしく頼む」
『お任せあれ!』
と、嬉しそうに拳を振るうアルデ。
先ほどとは打って変わって、一撃で露骨にひしゃげた扉。同時に警告音が鳴り響くと、どこからともなく巨人がこちらへと迫ってきた。
扉を破壊しようとすると巨人が現れる仕掛けらしい。
狭い通路の直線上に何体かの巨人が蠢いていた。
狭い直線なら望む所だな。
ダリアと青吉とベリルの遠距離攻撃がよく通る。
ほどなくして全て消え去る巨人達。
『おまたせ!』
「おつかれさま」
一丁上がりと胸を張るアルデ。
こじ開けられた扉の向こうには部屋が続いていた。
「ここは何の部屋でしょうか?」
部屋の奥へと進み、アリルがつぶやいた。
内部には激しく争ったような傷の跡がいくつもあり、部屋の隅には汚れた衣服らしき物が落ちていた。
入手:研究者の服、家族の写真
なんだろうこれは。
一応クエストアイテム扱いのようだ。
研究者の服はボロボロの白衣で、家族の写真には仲睦まじい親子3人が映っていた。
クエストで使うアイテムか――恐らく、この場所で手に入れたことに意味があるはずだ。
その後、隅々まで捜索してみたが、他にこれといったアイテムや痕跡はなく、俺達は他の部屋へと向かったのだった。
「あの部屋……明らかに造りが他と異なります」
いくつかの部屋を見て回った後だった。
十字路の中央に差し掛かった際、
アリルが右手の道の先を指差した。
薄い金属の扉一枚で隔てられていた他の部屋とは違い、ここはドーム状の部屋と同じく、重厚そうな扉に閉ざされていた。
確かに他の部屋とは違うな。
マップで見る限り、ここもかなり広そうだ。
実験室の扉:耐久値 25/25
「アルデ、頼んだ」
『おっけー!』
ゴインゴインと凄まじい打撃音が連続するのを聞きながら、俺は扉の説明文に違和感を覚えていた。
実験室の扉?
こんな沼の奥底で何の実験を行うんだ?
あの巨人も、そもそもが人工物っぽくなかったか? 無理矢理に何かを掛け合わせたかのような悍ましいフォルムが、誰かの手によるものだったら?
『皆、戦闘準備だ』
警戒するに越したことはない。
俺の言葉に全員が頷いた。
アルデの回し蹴りによって金属の扉は吹き飛ばされ、部屋の奥へと滑ってゆく。動くものにセンサーが反応したのか、真っ暗だった部屋に明かりが灯り、内部を見渡すことができた。
「実験……ね」
奥行きのある長正方形の部屋内には、壁の両側にくっつける形で酸素カプセルのような設備がズラリと備わっていた。酸素カプセルには太い管が連結されており、紫色の液体が汲み取られているのが見える。
酸素カプセルの下部には他に金属製の管が付いており、それらは天井にある大きな機械に連結されていた。
「ここは一体……!」
驚愕の表情を浮かべるアリル。
異質な光景に俺達もただ固まるのみだった。
警戒するように戦闘態勢に入るダリア。
視線は中央にいる肉塊に向けられていた。
両手両足を何かに固定された怪物。
全身がぶよぶよとした肉に覆われ、不自然に肥大している。体中に太い管が刺してあり、その中で流動する紫色の液体が見えた。
【嘆きのキメラ Lv.45】#BOSS
来たかボス戦。
レベル差もあるし余裕を持って臨めそうだ。
嘆きのキメラは俺達を認識しているのか否か、全くわからない。肩を上下させ生きていることは分かるのだが、それ以上のアクションを起こさないのがまた不気味だ。
「こいつが根源なら、倒してしまえば……!」
そう言ってアリルは杖を構える。
選択肢:ボスに挑みます
1.先制攻撃を試みる
2.相手の様子を伺う
3.アリルを説得する
4.部屋を後にする
ここで選択肢かよ。
それも不自然な項目が多い。
戦闘を優位に進めるための先制攻撃と、相手の出方を観察するのはまだ分かるが、アリルを説得するというのはどういうことだ? それに、この状況で部屋を出て何か解決するのか?
戦闘前に一度冷静になれと言わんばかりのタイミング。
今の俺にアリルを説得する理由はない。
ないからこそ、何かを見落としている。
そうとしか考えられない。
「待ってくれ。部屋を確認してからでもいいんじゃないか? それに、相手には攻撃の意思が感じられない」
何を悠長な――と、声を荒げるアリルだったが、声のトーンを落として続けた。
「攻撃の意思が感じられないってどういうことです?」
「だって考えてもみろ。さっきアルデが全力で扉を壊したんだぞ? 気付かない方がおかしくないか?」
現に、アルデが蹴り飛ばした扉はボスの足にぶつかった形で止まっている。それに照明が点いて俺達が入ってきても無反応ときた。
少なくとも視覚・聴覚・痛覚・嗅覚(は際どい所だが)が極端に低い敵だと分かる。或いは、もう一つの可能性すら考えられる。
選んだのは選択肢の2番だが、
結果として俺はアリルを説得していた。
『寝てるんじゃないのー?』
『確かに生命体にしては鈍すぎるような』
部長とベリルがそう呟いた。
アリルが難しそうに唸る。
「……ではこちらのカプセルの方を見ていきましょうか。これらが町を襲った巨人ならば、確実に破壊して周りたいですし」
と言いながら、アリルは一番近くにあったカプセルを覗き込んだ。
「ひっ……!」
短い悲鳴と共に尻餅をつくアリル。
駆け寄る俺達に、アリルは震える手でカプセルの方を指差した。
「モンスターが……」
カプセル内にいたのはモンスターだった。
シルエットしか確認できないが、寝かせられた状態で全く動かない。
モンスターから何かを吸い上げる装置?
一体何のために?
眼前に並ぶこれら全てのカプセルにモンスターが入っているのだとすれば、相当大規模な生物実験の施設ということになる。
カプセル内のモンスターは種類がバラバラで、見ただけでは、これが何を目的とするかも分からない。そうして一つ一つ確認している間に、俺達は中央に佇む怪物の近くまでやってきていた。
怪物までの距離は10メートルもない。
だがやはり、俺達を襲う様子はなかった。
『泣いてる』
「泣いてる?」
ポツリとダリアが呟いた。
俺はそう聞き返しながら怪物を見上げる。
選択肢:ボスは動きません
1.先制攻撃をする
2.管を切る
3.アリルの浄化を試す
4.写真を見せてみる
ここにきて再びの選択肢。
この時点で俺の予想は確信へと変わった。
俺は無言で写真を取り出し、それを見せた。
そして初めて怪物に動きが見られた。
声にならない呻き声。
顔らしき部分からは何かが流れている。
「まさか……そんな」
アリルも察したようで絶句している。
子供達も複雑そうな表情を浮かべていた。
「戻す手立て、あるのかな」
俺の呟きに、怪物はゆっくりと首を振った。
自分の拳に力がこもるのを感じる。
「お願い」
アリルの体が金色の光に包まれた。
そして優しく怪物の腕をそっと撫でる。
〝私の《浄化》は回復に役立ちますが、こういった穢れを祓うという意味でも使えますから〟
怪物の体が煙のように消えてゆく。
巨人の時と同じく、浄化が作用したんだ。
刺さった管が抜け落ちてゆき、
怪物は前のめりに倒れ込んだ。
その造形はみるみるうちに人の形へと萎んでゆき、最後には男性の姿へと変わった。