ストーリークエスト:病の沼地③
アリルの強行突破宣言により、
俺達はそのまま沼地へと足を踏み入れた。
歩くたびにグチャグチャと泥が纏わる音が響き、エリア内には懐かしい蛙の声がこだましていた。
ダリアが嬉しそうにソワソワしている。
「あんまりいい思い出がないなぁ」
眼前に広がる沼地を見てひとりごちる。
泥に塗れて強制帰還し、宿屋に駆け込んで体を洗った思い出が蘇る。
「おーい、君達もここの水を汲んでおくといい」
そう言って手招きするサンダーさん。
そこには不思議と綺麗な水が存在する湖があった。
以前俺が気付かなかった場所だ。
毒を洗うのに携帯するのはいい考えだな。
マッカスさんと俺が適当な容器にそれを汲んでいると、退屈そうな様子のアリルが口を開いた。
「その水なら別に間に合ってますから、先に進みませんか」
彼女を見るも、別に湖の水を大量に汲んだ形跡はない。
彼女の言葉の意味を理解するよりも先、俺達の元へ敵が迫ってきていた。
「おいでなすったぞ!」
吠えるようにサンダーさんが斧を構えた。
見れば毒々しい色の蛙が7匹向かって来る。
【ポイズン・トード Lv.27】
マッカスさんとアリルも杖を構えた。
『皆、この戦闘だけはサポートに徹してほしい』
そう指示を飛ばすと、皆は不思議そうにそれを了承した。序盤のこの開けた場所で三人の役割を把握しておきたかったからだ。
「どおおりやぁ!!」
サンダーさんは盾役兼攻撃役。
どちらかといえば攻撃に寄っている。
毒沼もろとも蛙達を吹き飛ばしてゆく。
「[剛力の唄]」
橙色の光を放ったのはマッカスさん。
その光がサンダーさんの体に吸い込まれ、凄まじい膂力を発揮している――ということは彼は強化役のようだ。
「……」
そしてアリルは――仁王立ちだ。
二人の戦いっぷりを眺めているばかり。
怯えているというわけでもなさそうだ。
単純に、出る幕がないという様子。
『よし。青吉、全部倒してくれ』
『わかった』
青吉の剣は水を纏い、それらがカッターのように蛙達に飛来する。切り刻まれた蛙達はその体を霧散させ、しばらくの静寂に包まれた。
「頼もしい限りだな!」
「本当に、心強いよ」
と、青吉を称賛するサンダーさんとマッカスさん。青吉も誇らしげに胸を張っている。
とりあえずこのレベル帯なら盾役は俺に任せてもらって、殲滅力優先で、サンダーさんと青吉は盾役ではなく攻撃に回ってもらった方がいいな。マッカスさんの強化魔法もあるし。
「油断せず行こう」
と、気合を入れるサンダーさん。
レベル30前後のプレイヤーを想定したこの場所に俺達の敵はおらず、何度かの戦闘も無傷で先へと進めている。だからか、部長も安心して安眠できている。
そうか。ならアリルも……。
「回復役なのか」
「そうですよ。でも、不要みたいですね」
俺の言葉にアリルはつまらなそうに頷く。
「そんなことないさ。(回復役は)いてくれるだけでいいんだから」
「き、急になんですか」
「事実じゃないか」
黙って俯くアリル。
事実、このレベル帯じゃ回復役の出番はごく限られてきそうだが、万が一があるといけない。回復役がいてくれるだけでも安心感は違う。
「猛毒を浴びながらも色々な場所を見て歩いたが、ほとんど収穫はなかったからなぁ――」
と、サンダーさんが愚痴るように呟く。
「毒沼が湧水のように噴き出しているならそれを塞げば解決なんだけどね。穴を探そうにもこう広いと時間もかかるからね」
と、マッカスさんがため息を吐いた。
それに対しアリルが真顔で尋ねる。
「原因の穴が見つかればいいんですか?」
「下から湧いているならの話だけどね」
「なら探してみれば分かりますね」
そう言ったアリルの体が金色に包まれた。
冒険者二人が驚愕の表情でそれを見る。
俺は別の意味でその光景に驚いていた。
間違いない――ナルハ達と同じ光だ。
アリルの体は金色の水の膜に包まれていた。そして彼女が杖を振るうと、水の膜はゆっくりと毒沼を進んでゆく。
「驚いた。あの湖のものと同じ水か?!」
マッカスさんが言う湖とは、
沼地の入り口にある湖を指している。
「はい。私の《浄化》は回復に役立ちますが、こういった穢れを祓うという意味でも使えますから」
アリルが作った水が進むと、沼の泥はまるでそれを避けるように消えてゆく。彼女が杖を振るい水の範囲を広げてゆくと、そこに紫色に染まった地面が現れた。
沼がなくなっている――。
いや、正確には押し出されている、のか?
「このくらいの範囲が限界ですね……これ以上は維持するのにかなりの集中力を要します」
両手で杖を横に構えるような形で、少し苦しそうにそう語るアリル。
『青吉の水で手伝えないかな?』
『やったけどダメだった』
と、青吉も同じように水の膜を作って見せるも、沼の泥が弾かれるようなことはなかった――つまり彼女固有の力ということか。
「湧いている場所が特定できれば……!」
興奮した様子で意気込むマッカスさん。
俺達はアリルを囲むようにして先へ進む。
そして――ついに見つけた。
「……アリルくん、一時的でいい、もう少し範囲を広げることはできるかい?」
マッカスさんの言葉にアリルは苦しそうにしながらも同意し、2倍ほどの範囲まで、水の膜を広げてゆく。当然泥沼は同じように押しのけられてゆき、その穴の巨大さをはっきり確認できるようになったのだった。
それは半径数mはあろうかという大穴だった。
範囲を広げても底は見えず、ひたすら紫色の泥が続いていた。
バチン!! という音と共に水の膜が破裂し、グッタリとした様子でアリルがよろめいた。体を抱き止めたのは近くにいた青吉だ。
「ごめん、なさい。これ以上は、無理でした」
そう謝るアリルに青吉は首を振った。
『とても頑張ってたよ』
届いていないはずのその声が彼女に通じたのか、はたまた別の何かが原因か、青吉の顔をじいっと見ていたアリルが突然顔を真っ赤にして両手で隠すように覆った。
『なんでしょう。なんだかモヤりました』
その光景を恨めしげに眺めていたベリルは、近くのポイズン・トードを光線によって蹴散らしたのだった。