ストーリークエスト:病の沼地②
草の町――ポータル前。
転移した俺達を待っていたのか、上機嫌な様子でアリルが出迎える。
「遅いですよっ? さて、元気に沼地調査に参りましょう!」
そう言いながら鼻歌混じりに草の町のギルドへと向かうアリル。ダリアとベリルが顔を見合わせ、互いに肩をすくめていた。
「機嫌が直ってなによりじゃないか」
『こうなると巫女にされるまでの経緯も気になりますね』
他意はないがピュアな彼女を言い包めるのは簡単そうなので、任命した大人サイドが黒く見えてしまうが――海竜神様が期待するアリルの力に由来すると考えておこう。
遅れて草の町ギルドへと入る俺達。
もそもそと部長が起き出した。
『いい匂いがするー』
野菜大好きな部長に好評の匂いは、ギルド内にあるレストランから流れていた。
木造の建物内に、香辛料とも薬とも言えない香りが漂っている。
その匂いの発生源が肉料理と付け合わせの野菜からだと知るや否や、歩み出すダリアに部長が飛び乗る。そして二人はレストランの中へと消えていった。
「参ったな……クエスト中なのに」
見ればアリルの傍には二人の冒険者が立っており、俺達を手招きしているのが見えた。
「やあ、君達が助っ人さんかな?」
「よろしく! 僕はマッカス、こっちがサンダーだ」
そう言って手を差し出して来るマッカスさん。
見た目は20代くらいのひ弱そうな男性。
体格で判断するに毒の調査を担う人員かもしれないが、武器が杖なので恐らく魔法使い。
サンダーさんは、40代後半くらいの髭面の戦士だ。こちらは大きな斧を背負っており、バリバリの武闘派って感じだった。
ちなみにアリルの装備はゆったりとしたローブで、こちらも武器は宝石付きの長杖だ。マッカスさんと同様に魔法使いのようだ。
本来はこの三人で調査する予定だったのか。
かなりの少数精鋭だな。
「こんにちは、途中参加で申し訳ないです。俺はダイキといいます。こっちは召喚獣のアルデ、青吉、ベリルと――」
この場にいる三人を紹介した後、俺はレストランの方を見ながら頭を掻いた。
「本当に申し訳ないんですが、うちの子が二人レストランに吸い込まれまして……先に腹ごしらえしてから調査とかダメ、ですかね?」
二人の男性は声を上げて笑う。
アリルも余裕そうな表情でクスリと笑った。
「なんだそんなことか! 情報の共有もあるからな、ついでに腹ごしらえは大賛成よ」
豪快に笑うサンダーさんにマッカスさんも同意する。先ほどまでのアリルだったらきっと怒っていただろうが、不気味なほど静かだ。
お言葉に甘えて、俺達はレストランに進む。
ダリアと部長は厨房が見えるガラス窓の前でじいっと待機しており、熱い吐息でガラスが曇っていた。
そして10分後――。
テーブルに山のように並ぶ料理の数々。
ダリアと部長は勿論だが、サンダーさんの食べっぷりも半端じゃなかった。もしやこの人も腹ペコだったのかな?
「草の町の植物には特別な旨味があってね、薬にすれば妙薬に、料理にすれば逸品になる。香水にも人気だし温泉に付ければ高い効能も得られるんだ。宿屋で試してみるといいよ」
マッカスさんはお喋りキャラなようだ。
ステーキ片手に色々解説してくれる。
宿屋の温泉については、泥まみれになった時お世話になったからよく分かる。
「植物の香りに誘われて虫が群がるから、ここに来ている冒険者の9割は虫退治を依頼されてるはずだよ」
そう言って視線を移すマッカスさん。
別のテーブルには冒険者らしき団体がいた。
「それで、沼地について分かっていることは?」
ムグムグと頬を動かしながら尋ねるアリル。
「先駆けて調査に入った、王都の研究者がまとめた資料ってのがあるらしく、王都ギルドには〝鍵を渡すから沼地調査の前にぜひ取りに行って参考にしてくれ〟って言われたよ。とはいえその研究者は依頼中に失踪……色んな意味で曰く付きの案件だよ」
つらつらと語るマッカスさん。
ステーキを頬張り、続ける。
「分かっているのは沼の泥には猛毒の成分の他に、ある種族の血液がなぜか混ざっているらしい。まぁそのくらいかな」
「ある種族とは?」
アリルの問いに、マッカスさんは声を顰めて答えた。
「屍人族さ」
「屍人族? でもあの場所には……」
「そう。あの場所にはポイズン・トードしか住んでいない」
だから謎なんだとマッカスさんが締めくくる。アリルも難しそうな顔で唸っていた。
選択肢:沼地についての話を聞きました
1.このまま調査に向かう
2.王都の研究室に向かう
また選択肢か。
なんにせよ調査しなければ現状何も分かってないようなので、俺が受注済みのもう一つのストーリーについても言及しているし、このタイミングで王都に行くのはアリかもしれないな。
これは、俺が二つのクエストを持っているからこそ出てきた選択肢のように思える。推奨レベル的に王都→沼地という流れが正解かな?
俺が選択肢を決めようとしたその時――
「面倒臭いです。さっさと調査行きましょう」
と、アリルが席を立った。
たちまち選択肢が消えてゆく。
「しかし王都に行けばより正確な……」
「海竜神様が〝私なら解決できる〟と仰ったんです。ならば寄り道せずとも問題はないはず」
不安げなマッカスさんに対し、
自信たっぷりな様子で答えるアリル。
なるほど〝巫女をクビになったアリル〟の世界線だと、こういう流れになるのか。
もし仮に海竜神様に会わなければ、彼女は巫女のまま調査に乗り出していたのだろうか? それともクエスト自体が発生しないとか?
なんにせよ、そのまま沼地に直行になりそうだな。
満足そうに腹をさすっているダリア、部長、サンダーさんを連れ、俺達は沼地の調査へと向かってゆく。
さて、この選択は吉と出るか凶と出るか……