表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
291/304

大掃除とそれから


 イベントから数日が経ち、ようやく色々が落ち着いてきた頃、俺は四季の楽園に建ててもらった城もとい拠点の掃除を行っていた。


 プレイヤー産の建造物は、汚れたり劣化する心配がなく掃除の必要はない。ただ、イベント明けから大量のお客さんが入れ替わり立ち替わり訪ねてきたので、気持ち的に掃除したくなった。


「この後下に行くから片付けといてよー」


 俺の言葉が城内にこだまし、すぐに方々から間延びした返事が返ってきた。


「しかし広いよな……」


 汗を拭いながら(かいてるわけではないが)改めて城を見渡す。


 アリスさん主導の元、生産系プレイヤー達によって瞬く間に建造されたこのお城。


 地上5階建、部屋数30、大食堂付き。

 ひとつの家族が住むレベルではない。


 周囲は子供達の遊び場(店舗)で、各々の趣味が全開の空間となっている。といっても、店っぽいことをしているのはダリア(肉屋)とアルデ(武器屋)とベリルで、残りの2名は完全に持て余している。


 30ある部屋も各々が気に入った場所を自室に使っており、もっとも特徴的なのが部長の部屋だ。


 部長部屋は最上階――こぢんまりとした5畳ほどの空間に、大きなベットとぬいぐるみの山が置かれている。


 ただ睡眠を取るためだけの部屋である。


 ガラス張りで優雅な景色を堪能できる特等席。

 夏は暑く、冬は寒そう。

 そのうえ寝るには眩しすぎる場所なのに、一向に構わんといった様子で、今日も今日とてお昼寝中である。


 彼女だけが唯一、掃除に不参加だ。

 なぜなら彼女の部屋は人の往来がないから。


「部長の部屋はまぁ何もないからな……」


 部長の店舗は中央にりんごの木が生えた芝生の茂る空間で、扉の横に小さなカウンターがあるのみだ。

 表向きは「パン屋」だが、パンを焼く設備は存在しない。カウンターも部長が寝そべる広さしかない。

 何を隠そう、ここは来訪者と共に寝るためだけに存在している――が、そもそも最近の部長はほとんど最上階にいるので、来訪者達が会えるタイミングはほぼ無いという。


 マイさんや椿もよく枕を持って遊びに来るが、彼女達が部長と昼寝できる日は来るのだろうか。


「さてさて、そろそろ店舗に行きますかね」


 城内の掃除が終わったので、いよいよ全員の店舗の掃除である。掃除といっても掃たり拭いたりはせず、散乱した物を元に戻すだけ。


 階段を降りると円状のエントランスに出る。

 このエントランスをぐるりと囲む店舗のそれぞれが、子供達の遊び場兼店舗という構造だ。


 さて、どこから行くか。

 散らかってそうなのはダリアとアルデか。


 ベリルの店には物がほぼ無かったし、青吉は部長と同様に自分の店舗にあまり関心がないようなイメージだ。


 俺は最初に青吉の店舗の扉をノックした。


 青吉のお店は巨大な水槽に大量の魚が泳ぐ魚屋さん。といっても、それら全てが青吉のおやつで、来訪者に売っているところを見たことはない。


「いないのか?」


 しばらく経っても返答がない。


 扉を開けて中に入ると、目の前にある巨大な水槽の中に、鎧騎士の格好をしたちびっ子が寝そべっていた。


「おーい、掃除は終わったの?」


 コンコンと水槽を叩いてそう尋ねると、青吉は片目だけをパチリと開けて口を開いた。


『うん。この通り』


 青吉のいる水槽内には、掃除前にいたはずの大量の魚達の姿はなかった。


「あんなにいたのに全部食べたの?」

『うん。大変だった』

「店中のおもちゃを片付けて欲しいんだよ」

『!』


 ハッとした表情で水槽から這い出した青吉は、店内に転がっているアイテム群をかき集めて、いそいそと水槽の中に放り込んでゆく。


『これはフミの。これはYuraの。これは茶猫ranの……』


 宝石だったり装備だったりをぽいぽいと投げ入れてゆき、全てが水槽の底に沈んでゆく。


『これでよし』

「いいのか? これ貰い物だろ?」


 そのアイテム群は主に来訪者達からのプレゼントである。ぞんざいに扱いすぎでは? と、咎めるような口調で尋ねると、青吉はニッと微笑んだ。


『これ宝物入れだから』


 と、水槽を手でポンポンと叩く。


『みんなから貰ったもの、全部俺の宝物だよ』

「かっこいいこと言うなぁ……」


 青吉の店に女性プレイヤーが多く訪れているのは言うまでもなく、青吉が何かするたびに、城内に黄色い声が飛び交う。要するにこれら全てが貢ぎ物っぽいのだが、本人はちゃんと大事にしているようだ。


 そんなこんなで部屋も綺麗になった。


「なら次はベリルの店かな」


 理由は、残る三人の中で一番手がかからなそうだから。


『ベリルの所はまだ誰か来てるみたいだよ』

「そうなのか? ならアルデの所に行こうかな」

『じゃあ俺泳いできてもいい?』


 うーん、1人で行かせたくないな。


「アルデの店が終わったら二人で遊んできていいよ」

『うん!』


 よし、交渉成立。じゃあちゃっちゃとアルデの店も終わらせようか。

 

 青吉と手を繋ぎながらアルデの店に入る。


 アルデの店は剣道場のような内装と落ち着いた色味が特徴的で、防具を着込んだ複数のマネキンと、ショーケースには多くの武器が並んでいる。


「おーい、掃除終わったか?」


 店内は綺麗に片付けられているように見える。

 しかし肝心のアルデの姿が見当たらない。


 よく店内を見渡すと、マネキンの一角で、いかつい武士の鎧に身を包んだアルデが、目を光らせてこちらを見つめていることに気付いた。


『どう?』


 ドヤ顔でそう聞いてくるアルデ。

 ファッションについて評価が欲しいらしい。


 俺が「似合ってるじゃん」と答えると、アルデは得意げな顔で『でしょ!』と言い、隣のマネキンから装備を剥がす――そして着る。


『これは?』


 今度は西洋の甲冑だ。

 ランスを持ってご満悦な様子。

 

『かわいい』

『よね! これは?』

『すごい』

『でしょー? これは?』

『すき』

『すきだよねー!』


 青吉は育ての親であるアルデに対して全肯定だから、いつもこんな感じの会話になる。アルデはそれを嬉しく思い、アルデが喜ぶと青吉も嬉しそうだ。


 なんと微笑ましい光景だろうか。

 二人のやりとりは延々と見てられるな。


「お店の片付けできて偉いぞ。でもなんか、商品増えてない?」

『これ全部貰ったやつー!』


 そう言って両手を広げ、

 店内をぐるぐる回るアルデ。


 装備販売店なのに増えるとはこれいかに。

 見るからに高そうな物もチラホラ……。


「ありがとうできた?」

『うん!』

「ならよし!」


 断っても紋章の宝物庫に物が貯まるなら同じことなので、有り難く受け取っておこう。ただ貰い物が多すぎて色々と麻痺するので、戦闘には持ち出さずに飾るだけに留めとこう……。


「アルデ。掃除はもう十分だね、ありがとう。青吉が遊びに行きたいみたいだから、一緒に遊んできてくれる?」

『よろこんで!』

『やった』

 

 そんなやり取りの後、二人は仲良く湖の方へとかけて行った。二人の背中を見送りながら、続いて俺はダリアの店へと向かった。


 ダリアの店はお肉屋さんだ。


 町のパン屋さんのようなレイアウトの店内には大小様々な肉が並び、それらがガラスケースに入れられている。ガラスケース横には「ダリアの肉」という札と、法外な値段が並んでいる。


 売るつもりがないという確固たる意志を感じる値段――のはずだったが……。


 中央で腕を組み、不機嫌そうに佇むダリア。

 周りの肉――があったはずのガラスケースには、ひとつも肉が残っていない。


 青吉みたく食べたのか? とも思ったが、彼女の雰囲気からしてどうやら違うようだ。


 全部買った人がいる……?


「その、売れたのか?」


 そう声をかけると、ダリアはムスッとした顔でこくりと頷いた。どこの世界に店の商品が売れてこんな顔をする店主がいるだろうか。


『ダリアの肉とった』


 許せない。と、怒るダリア。

 ちょっとだけ気の毒ではある。


「皆の掃除が終わったら補充しに行こうな。青吉の魚も釣らなきゃいけないし」


 一応、肉も魚も四季の楽園産である。

 材料費はタダみたいなものだ。


『今度は1兆万円にするから』

「設定できるといいな……」


 もはや売らない方がいいのでは?


 いや、肉達をガラスケースに入れて〝販売している〟というシチュエーションを楽しみたい彼女的に、売れない金額で販売するのは譲れないのかもしれない。


「ある意味綺麗に掃除されてるな」

『掃除なんてしたくなかったのに』

「そ、そうだな」


 怒りに燃えるダリアの店からそっと退出した俺は、最後の店へと向かった。


 白一色のその店内には、来客用の椅子がひとつと、対面する形でシンプルなデスク・椅子が置かれている。


 デスクの椅子に座るベリルの前には合計8つのウィンドウが開いており、デイトレーダーさながらといった光景だ。対面して座るプレイヤーは緊張した面持ちで何かを相談している。


「こんな僕にゲーム内彼女はできるんでしょうか!」


 思ったよりすごい内容だった。

 うちの子に何を相談してるんだこの人は。

 これ続けさせていいのか?


 ベリルの店は〝相談所〟である。

 相談内容は何でもOKで、ベリルの独断と偏見でその内容に答えるというものだ。


 ベリルは人差し指2本でキーボードをタイピングし、何やら難しそうな顔で画面を見つめていた――そこに映るのは掲示板だった。



207.名無しプレイヤー

しょーもない相談で草


208.名無しプレイヤー

バカみたいなスキル構成定期

クソみたいな武器定期

アホみたいな防具定期

ゴミみたいなステータス定期


209.名無しプレイヤー

金ない、嫉妬深い、風呂は月に一回か

ツーアウトってとこやな


210.名無しプレイヤー

いうほどツーアウトか?


211.名無しプレイヤー

平均的冒険者って感じかな

むしろライバルいないし良物件



 まさか掲示板を参考に相談を受けていたとは……しかも教育に良くなさそうな部類のスレッドを利用している。その上、書き込まれた回答もすっごい適当だ。


『結論が出ました』


 相談者の前に文字が並ぶ。


『これからも頑張ってください』


 いいのかその回答。

 全然解決してないと思うんだが。


「ありがとうございます!!」


 俺の心配とは裏腹に、相談者は嬉しそうに立ち上がると深々と頭を下げて退出して行った。



226.名無しプレイヤー

またひとり救ってしまった


227.名無しプレイヤー

無能コンサル草


228.名無しプレイヤー

悪化させていくスタイル



 ひと息ついたベリルに声をかける。


「忙しそうだな」


 咄嗟に全ての画面を消すベリル。

 動揺のせいか椅子を一回転させ、俺の方へと向き直った。


『いつからそこに?!』

「さっき来たばかりだよ」


 それを聞いて安心した様子のベリル。

 掲示板の内容についてはちょっと言っておかないとだよな……。


「その、なんだ、掲示板利用が絶対ダメってわけじゃないけど、節度を守ってね。利用者全員が聖人ってわけじゃないから」


『ごめんなさい……』 


「俺の方こそ、声もかけずにごめんね」


『マスターは何ひとつ悪くありません』


 まぁベリルが文字を打てたり色々なことを知っているのは掲示板のお陰と考えると、イベントの活躍を見るに、全てを悪だと断言することはできないよなぁ。


 利用を許可したのは俺自身だから仕方ないので、結論として、ベリルには物事を取捨選択してもらいつつ、他の子供達に悪影響が及ぶのであれば禁止するという方針になった。


「ベリルのお店も綺麗に使ってるし、掃除はこんなもんでいいか。それじゃ一回みんなに集合してもらおうかな」


 ひと通りの掃除は完了ということで、俺は全員を集めた。そして今後の方針を決めていく。


 子供達の真名解放を目指す。

 そのために固有武器を探す。

 エキシビジョンに向けての準備。


 大まかなやるべきことはこの3つ。


 上の2つは長期的な目標で、

 エキシビジョンは短期的な目標だ。


 アルデの強化を見る限り、エキシビジョンに向けて皆の真名を解放できれば万全といえるが、どちらかといえば強化はオマケで、試合のために真名解放を急ぐのはちょっと違う。


 子供達の真名解放は丁寧に進めたい。

 これは譲れない。

 

 とはいえ、少しでもいい試合ができるようにレベル上げくらいはやっておきたい所だが――となると、新しいエリアに向かうか、クエストかの二択になるな。


 クエストならば、経験値効率がいいストーリークエストを追うのが一番だ。


 先日のイベントに関してもそうだが、そもそも王都と帝国が戦争するまでに至った理由が理解できていない。これも恐らくストーリークエストを追っていけば分かるんだと思う。


 ナルハ達の成長も見ていきたいしな。


 数日バタバタしたが、これでようやく冒険に出られる。当面は受注済みのストーリーを追うことに専念しよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ベリルの相談所は、親密度に悩む召喚士が召喚獣との通訳や筆談を教えて貰うのに使えば神店舗と化すから、相談する人が相談相手間違えてるだけなんだよなぁ…
[良い点] ダリアちゃんさま一兆万円が子どもっぽくて可愛い
[良い点] きれいに整理された書籍版との関係が気になっていましたが、こちらはこちらで枝葉が茂ってゆくようでまずは安心。どっちもそれぞれ期待しております。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ