大戦争イベント最終日③
side――帝国軍
最終日の進捗66%(2時間)が終わった段階で、王国軍とのポイントの差は100万を切る勢いにまで迫っていた。
王国軍の追い上げが著しい。
しかしこれが終われば勝ちも同然だ。
「最終日なのに地味だよなぁ」
レオの狩人ギルドに所属し、なし崩し的に帝国軍プレイヤーとして参加したところまではいいが、特に爽快感のある戦闘もできぬまま最終日の最終局面を迎えている。
それにしても王国軍がしぶとい。
特に女神像周辺の紋章どもが鬱陶しい。
「エミリさーん、レオから中央に増援要請来てっけど?」
「面倒臭いなぁ、ほっといてもそろそろ女神像墜ちるんでしょ? 今更あそこまで行く意味ある?」
乗り気じゃない俺の態度を見て、そのプレイヤーは無言で中央へと走っていった。転移を使えば近くまで行けようものだが、アホには分からんらしい。
俺がネカマだと知る人は多いようで少ない。
最初こそ見た目が美少女になれるからと気合入れて作ったはいいが、男から媚びた感じで話しかけられるのは気分の良いものではない。
それに、過去にお義父さん達と行ったトラップタワーでの悪行がバレてただでさえ肩身が狭い。キャラの作り直しと名前の変更も視野に入れて細々と遊ぶしかない。
「エミリてゃ? サボると痛い痛いだよ?」
「あああ行きます! 行きます!」
聞くだけで背筋がゾクゾクと震える甘ったるいこの声は、俺が唯一恐れる〝最恐〟プレイヤーのxロリスxだ。
人を殺せそうなボリュームの縦ロールの髪と、恐ろしく整った顔。しかしその中身はかつての姫の王よりもタチの悪い、まさに盗賊の姫といったところか。
このイベントでも、他のプレイヤーが弱らせたプレイヤーを横取りしまくって掲示板が荒れてたな――相手が引退するまで粘着する執念深さも恐い。
「王国軍はもう風前の灯だな」
転移で中央付近に降り立つと、女神の像を死守する王国軍と、ほぼ全員でそれを取り囲む帝国軍の姿があった。
恐らく、あと一時間も女神像を守れない。
俺たちが占領すれば勝ちが確定するだろう。
「この筋肉に届くものかぁ!!」
「ワシの拳は金をも砕くぅ!!」
横を凄まじい勢いで駆け抜けていったのはハロー金肉とKing.Fか……? 脳筋同士波長が合うのかもしれないが、やけに有名人と会うな。
「決まるな」
「うえっ?!」
俺の横には軍馬に乗った大男がいた。
帝国軍の軍師にして三大戦力の一人。
俺のギルドのマスターであるレオだ。
レオは女神像の膝下で暴れ回る二人のプレイヤーを指差し、何故か俺に語りかける。
「竜の戦士と戦争屋。あの二人をこっちに呼び込んだのはやはり正解だったな。女神像占拠の決定打となってくれた」
「あ、はぁ……」
なんか俺、レオの腹心みたいな立ち位置にいるけど大丈夫か? なんでこの人俺に語りかけてるの?
「報告! 女神像周辺王国プレイヤーはほとんど三乙して転がっています! 銀騎士と鉄壁がまだ突破できませんが、竜の戦士と戦争屋が二本槍をはじめとする攻撃役を討ち取ったと報告が来てます!」
「報告! 点差150万まで引き離しに成功! 女神像周辺王国ヒーラー部隊の姫の王を撃破し現在取り囲んで死亡確定待ちです!」
レオの周りになにやら数名の忍者(マジの側近かもしれない)が現れて次々に報告してくる。聞く限りだと、うちらが優勢のようだ。
「お前は、なんの報告だ?」
腕組みして聞いていたレオは、一人だけ報告しない忍者を見下ろした。
「あ、はい。なんか一番外周にあるノクス像一箇所が王国に獲られたらしいんですが、報告するまでもないかなと」
それを聞いたレオは目を細め遠くを見つめるも、踵を返して矛を掲げた。
「最後の一押しに行くぞ!! 女神像さえ獲れれば残るはボーナスタイムだ!」
うおおおおお!! と、何処からともなく沸いた雄叫びと共に、先頭を行くレオに続く形でプレイヤー達が押し寄せてくる。俺はその波に飲まれる形で、戦争の最前線――女神像前まで向かったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
レオの嗅覚はやはりずば抜けている。
人の嫌がる場所に陣取るような〝いやらしさ〟は勿論、その戦況を一撃でひっくり返す〝強さ〟も脅威だ。味方で良かったと思える存在でもある。
「ぐっ……いやらしい所にいるわね」
苦悶の表情を浮かべ倒れ伏す紋章マスター。彼女の上にまたがるようにして軍馬が立ち、その上でレオが矛を掲げた。
「敵将討ち取ったり!!」
勝ったわけではない。
勝ったわけではないが、アリスを討ち取ったという事実は帝国プレイヤーの士気を上げるのに十分な効果をもたらした。
「勝てる! 勝てるぞこれ!!」
「流石レオだよ、しっかり仕事するじゃん」
「あっちで金色も倒したらしいぞ!」
「勝ちの報告が止まらないな」
レオの嗅覚は凄まじい。
軍馬という機動力に圧倒的なアドバンテージがある状態を活かし、戦場の適材適所に必ず現れる。そして確実に敵を討ち、これを伝え――必然的に士気が上がる。
最低限の動きで、最大限の功績を挙げる。
レオに対する俺の見解がこんな所だ。
「残すところ銀騎士と鉄壁のみ!」
矛を扇風機のように回して突撃してゆくレオと、雄叫びを上げそれに続く俺達。視線の先には既に竜の戦士に詰め寄られボロボロの銀騎士と、戦争屋と対峙する鉄壁の姿があった。
「おいなんだ、今日はやる気なしか?」
「心外だなぁ。これでも全力なのに」
「のらりくらりと、何を待ってんだ?」
「別に? 僕は自分の仕事をしてるだけ」
竜の戦士と銀騎士による凄まじい攻防に魅入るプレイヤーも多かったが、レオは再び目を細め、矛先をピタリと銀騎士に合わせて構えた。
「『紅の一閃』」
ゴゥ!! という凄まじい音と共に投げられた矛は、ちょうど後ろを向けた銀騎士の背中に吸い込まれ――る直前、
ギンッ!!
鋭い眼光と共にそれに気付いた銀騎士は、超反応的に盾を動かし矛を弾く。
しかし、対峙するのは国内最強の呼び声が高い竜の戦士。当然その隙を突かないはずもなく、銀騎士は肩から胸までを切り裂かれ、大きくHPを減らして仰け反った。
竜の戦士が睨みを利かせる。
「邪魔するなら殺すぞ?」
「騎士道など不要。女神像の占拠が最優先だろう」
地面に突き刺さった矛を抜き、銀騎士に向き直るレオ。
銀騎士は微かに笑みを浮かべた。
「何を笑っている」
「さあて、なんでだろうね」
レオは矛を振り下ろし、銀騎士は蘇生権を使ったのか溶けるようにして消えた。銀騎士を討ち取った事で更に士気は上がっているが、レオの表情は険しく曇っている。
チカチカッ。
「ん?」
勝利の報告と女神像占拠目前だったため、俺は久しく見てなかった全体チャットに目を落とす――と、そこには複数のプレイヤーから異常が報告されていた。
帝国:座標***のノクス像占拠されました!
帝国:座標***のウェアレス像も二箇所、どうなってんの?
帝国:リスポーン地点に王国兵わらわらで草
帝国:報告してんのにお前ら女神像に躍起になりすぎやろ
帝国:三点占拠でタンクとヒーラーバフ発動してるやん
帝国:お前ら中央に固まりすぎや!!
「……まさか、?」
全体チャットをしばらく眺めていたレオは、俺含む周囲のメンバーと共に転移する。
しかし、転移先に着くや否や、燃え盛る青色の炎に焼かれ多くのメンバーが一瞬にして消し炭となった。
運良く直撃を免れた俺は体が動かない事に気づいた。
「やっぱりここに来たか」
聞き慣れた声に目だけを動かすと、そこには先程倒されたはずの銀騎士がいた。いや、銀騎士だけじゃない、紋章ギルドの有名所が勢揃いしている。
「……」
「俺完全なとばっちりじゃねえか」
だんまりを決め込むレオ。
俺の口からは愚痴しか出ない。
銀竜の姿から人へと戻ったアリス。
青の炎は竜化の攻撃だったのか。
ニコッと笑うと、流れるような連続攻撃でレオの体は光と共に爆散した。
「敵将討ち取ったり!!」
得意げな笑みを浮かべたアリスは、最後の標的である俺に的を絞った。俺はなんとか生きながらえようとして、言葉を並べる。
「なにが、なにが起こってるんだよ……」
「まぁマップを見てもらえば分かるわよ」
視界の端にあるマップを見た直後、俺たちが置かれた状況が一瞬にして理解できた。
〝外周から内側に向かって、拠点が占拠されてる〟
帝国軍は中央にまだかなりの拠点を残しているが、外周にあるかなりの数の英雄像が王国側の拠点に変えられている――ここまで気付けなかったのは、盲目的に女神像占領に躍起になってたからか?
リスポーンしても中央にいれば、最終的に外周から詰めてきた王国軍に押し潰される。
理解できたかしら? と、小首を傾げながらアリスは剣を振るい、俺の視界は暗転した。