大戦争イベント最終日①
大戦争イベント最終日――
待機場で開幕を待つ王国軍プレイヤーの多くが、いわゆる〝負けムード〟というやつに包まれ、初日の活気と比べるとまるでお通夜のように静かであった。
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帝国とのポイントの差である。
ポテンシャルと勢いで勝てた初日とは違い、統率力や作戦の差が出て大敗を期した2日目。
その結果、大きく突き放されたポイントは、皆の士気を下げるのには十分だったようだ――そして最終日も2日間と同じように、ただ突撃するだけの作戦が待っている。
「降参とかでいいんじゃねえ?」
「下手に前線に出て三乙するなら開始地点放置でもいいよな」
「わいは戦ってる花蓮たんが見られれば」
「蘇生ポイント欲しいけど固まってないとヒーラーすぐ溶けるし……」
方々からの声も保守的かつ諦めたような内容ばかり――そんなムードを一蹴するかのような、鋭くよく通る声が王国軍を一喝した。
「Coat of Armsギルドマスターのアリスです」
顔の半分を鎧で隠し、靡く金色の髪から覗く竜の角。煌めく銀色の鎧に身を包んだ彼女――アリスさんは、いつの間にか作られた壇上に立ち、大衆を見渡した。
プレイヤー達の大半が湧き上つ。
〝日本最大ギルドのマスターが動く〟
その事実が、諦めかけていた皆の闘志に火を付ける。しかしながら今日は最終日。彼女を前にしてもなお、暗い表情のプレイヤーも多い。
「私は今回、帝国を完膚なきまでに負かせるつもりでいます。やられっぱなしは性に合いません、そのためには皆さんの協力が必要です」
彼女の言葉に、たまらず誰かが抗議の声を上げる。
「なんだよ! 初日は拒否して2日目は欠席したくせに、最終日だけ頑張ろうっておかしいだろ!!」
そこに少なくない同調の声がこだまする。
まさに雰囲気は最悪だった。
それほどまでに、王国軍は負けていたから。
アリスさんは顔色ひとつ変えず答える。
「別に私は王国の代表でもなければ、貴方達の意志を全て尊重できるような聖人でもない。初日はただただ楽しみたくて、2日目はリアル事情があった。最終日はまだ勝ち筋があるから〝提案〟しているだけです。参加の可否は全部聞いた後に判断してください。時間がないので進めます!」
敵を作りそうな物言いに怒るプレイヤーも多い。しかし彼女のカリスマ性故か、はたまた切に勝ちたいからか、彼女の次の言葉を期待して待つプレイヤーがほとんどだった。
不満はあるが反論はしない。
怒るプレイヤー達の対応に、アリスさんは感謝するように一礼してみせると、声高らかに続けた。
「我々は初日、個々の力で勝ちました。しかし2日目、隊の力で負けました。ならば最終日、我々は個々ではなく隊となることがまず重要だと思います。そのために必要なのが〝明確な作戦〟と――〝軍師〟」
指を二本立てるアリスさん。
視線は俺たちの方を向いていた。
「不安か?」
俺は震えるベリルの手を握る。
ベリルは黙って頷いた。
「大丈夫。ベリルちゃんの作戦は私達が絶対に成功させてみせます、から」
そう言って、花蓮さんはベリルの頭に手を置いた。ベリルの震えが徐々に収まってゆくのを感じる。
「無い胸を張れって!」
ヘルヴォルに潰される風神を尻目に、今度は子供達が俺とベリルの手の上に手を合わせて励ましの言葉を伝えてゆく。
『ゆるーくいこうよ』
『拙者はベリルの指示に従うぞ!』
『大丈夫、俺がついてる』
最後にダリアが手を重ね、微笑む。
『一緒だよ』
ベリルの震えが収まった。
それを悟ったアリスさんも微笑んだ。
「今回、私はある人達に軍師を頼みました。紋章ギルドは全面的にバックアップに徹します――我々の完全勝利を実現するために」
「おいアリスさんがあそこまで言うって相当じゃねえか?」
「誰も信用しない感じの人やしな」
「信仰するものはあるらしいけど……」
「じゃあ銀灰さんとかではないの?」
「おい誰だ?」
待機場のボルテージが上がってゆくのを感じつつ、俺たちは壇上に登った。
◇ ◇ ◇ ◇
壇上からだとよく見える。
いかに大勢のプレイヤーがこの場にいるのか。
「初めましての方が殆どだと思いますが、召喚士のダイキと申します。実力も知名度もアリスさんに比べたら全くですが、精一杯やらせていただきます」
まずは挨拶。
ふと、視界に驚嘆するケンヤ達の姿が映り、俺もちょっと気恥ずかしい気持ちになりつつ、頭を下げる。
「いや知りすぎてるくらいだし……」
「長女ちゃんかわいい」
「次女ちゃんの写真フォルダ千枚超えてるけど?」
「お義父さんってそんな頭脳派なん?」
「でも過去にイベント一位取ってるしな」
ざわめき声を聞きながら、ベリルに視線を向ける。ベリルはすでに落ち着いた様子で群衆の先――女神像、そして帝国を見据えていた。
そうか。
彼女はもう、成っているんだ。
俺は安心して、言葉を続けた。
「混乱するかもしれませんが、今回軍師を担うことになったのは私ではなく、私の召喚獣――このベリルが担います。まずは全体チャットを見てください」
ベリルを見た面々の驚きの声がしばらく続いた後、その場にいる殆どのプレイヤーが視線をチャットに落とした。
軍師ベリル:よろしくお願いします
ベリル……自分で肩書き付けたのか。