警告の使者
「おい皆、そろそろ満足した、よな?」
店を後にし、じゃんけんで勝った手を嬉しそうに突き上げるアルデ。『パーだと思ったのに』『またアルデお姉様の勝ちですか』『次こそ勝つぞ』などと悔しがりながら七軒目へと向かう子供達を見ながら、俺はそんな言葉を零す。
レストランをハシゴする事になると誰が想像できただろう――。
確かに最近、落ち着いてご飯を食べさせる機会は少なかったけど……特にアルデの食欲が異様に爆発しているのは〝真名解放〟と〝魔王術〟と何か関係しているのだろうか?
〝魔王術発動中はその欲求に常に突き動かされる。だから、普段からその欲求に慣れていかなければ、突然強い欲求に駆られるから危険ってことだよー〟
以前、部長が言っていた言葉を参考にするなら、普段から押さえ込んでいた〝欲〟を解放した今のアルデこそ本来の姿なのかもしれない(昔からスイーツは際限なく食べてたと思ってたけど)。
『あの店からスペシャルケーキバイキングの匂いがするぞ!』
『具体的すぎます……』
『まますごい!』
先行するアルデについて行くベリルと青吉。風船のように膨らんだ体で寝言を呟く部長を抱え、その後に続いた。
『お財布へいき?』
「そんな心配しなくていいよ」
首を傾けながらそう尋ねるダリア。
俺はその頭を優しく撫でる。
「お?」
「あ」
バッタリ――まさにそんな感じ。
茶を基調とした装備に身を包み、腰に刀を携えた今イベントの台風の目――ナハトさんが、齧られたスイカを片手に立ち止まる。
「あれ……ナハトさんって、普通に町に入れるんですね」
「おいおい、帝国軍にいるからってNPC好感度が低いってわけじゃないぞ。レオとかは別だけどな」
そう言いながら、皮ごとスイカに噛り付くナハトさん。アルデ達はかなり引いてる様子で、特に青吉の目を覆ったベリルの『見たらダメです』という発言が面白かった。
「ちなみにスイカって果物じゃなく野菜なの知ってた?」
「知ってますよ」
わりと有名な豆知識を語るナハトさん。
戦場にいなければ単なる農作物大好きお兄さんといった印象だが、ここで会ったのも何かの縁だ、次の一軒に誘ってみようか(ちょうど果物もたくさんあるお店っぽいし)。
* * * *
スペシャルケーキバイキングは、まさに読んで字の如く〝スペシャルなケーキをバイキング〟できるお店だった。
具体的に言えば、ケーキの大きさが全部ホールケーキ並みにある。広大な店内に、まるで焼きたてパンの如く山積みにされたホールケーキ群は圧巻の一言に尽きる。
「え、なになに」
「かわいいー! どこの子かな」
「この子達知ってる! 結構有名だよ」
「テーブル届くかな?」
ケーキを取るためずらりと並ぶ女性プレイヤー達が見下ろす先には、アルデを先頭にきちんと列に並んだ子供達がいる。
『お肉味はある?』
『野菜味はー?』
『両方ある!!』
『いや、両方あるんですね……』
『まま、お魚味は? ままお魚味』
ダリアとアルデは両肩に乗せるように巨大なケーキを持っており、ベリルと青吉は言われるがままその上にケーキを積んでいる。
そんな姿を、俺とナハトさんは少し離れたテーブル席で眺めていた。
ナハトさんが真顔で俺に向き直る。
「え、ごめん支払い別でいい?」
「あ、それは勿論」
そんなやり取りをしながら、子供達が来るまで互いに紅茶を啜りながら会話を続ける。
「イベントの個人ランキング見ましたよ。1日目2日目とすごい数値でしたね」
「まあ正直、俺としては2日目は試合には勝ったけど勝負に負けたような印象だよ。紋章のマスターもサブマスも不在だったし――君達も、居なかったわけだし」
そう言いながら鋭い視線を向けてくるナハトさん。俺は苦笑いをしつつ頬をかく。
「残業が片付かなくて間に合いませんでした」
「そうだよなぁ、イベントはこれがあるからな。まぁリアル事情は仕方ない」
「最終日は必ず最初から最後まで参加できるように調整しますので、もし遭遇したらお手柔らかに……」
やんわりと「見逃してくれたら嬉しい」旨を伝えると、ナハトさんは不敵な笑みを浮かべ、幸せそうに笑うアルデを見た。
「正直1日目と2日目、俺が勝てなかったのはあの子と戦乙女のパーティくらいだ」
花蓮さん達とも戦ったのか――。
まぁ敵同士だからそういうこともあるか。
ナハトさんは続ける。
「あのまま戦ったらあの子には勝てたと思ってる。まぁ他になにか隠し事が無いとも限らないけど」
「あはは……」
温存してるのがバレてるらしい。
とはいえこちらにも作戦がある。
俺の笑みを肯定と捉えたのか、ナハトさんも楽しそうに笑みを浮かべた。
「戦乙女の力は――ハッキリ言って想像を超えてたよ。ありゃあ個人やパーティでどうにかできるって代物じゃねーな。勿論負けた」
初の死亡食らったよと、悔しそうな声色とは裏腹に、満足そうなナハトさん。
「同じ召喚士のダイキ達も本気出せばあの位強いのかなーと思ったら、最終日がマジで楽しみだよ」
「や、花蓮さんはちょっと特別ですからね」
謙遜でもなんでもなく、花蓮さんは常にトッププレイヤーとして最先端を走り続ける人物だ。いくらアルデがまだ全力を出してないとはいえ、同列には語れない。
頬杖をつきながら、ナハトさんは楽しそうに「まあそういう事にしておく」などと笑っており、全然伝わってないことが分かる。
「俺が討たれたのを重く受け止めたのか知らんが、レオのやつが面白くねえ作戦を最終日でやるっぽくてよ、一応忠告っていうか……真剣勝負したよしみだしな」
そう言いながら、席を立つナハトさん。
その表情は戦場で見せたような空気のピリつくそれで、背筋に冷たいものが走る感覚を覚える。
「最終日は〝個〟で動くと食い尽くされるぞ。特に主力連中は用心するこったな」
言いながら、ナハトさんは子供達と入れ違う形で店を後にした。
戻ってきた子供達がテーブルにどさどさとホールケーキを置いていくのを眺めながら、俺は彼の忠告を頭の中で復唱する。
〝最終日は個で動くと食い尽くされるぞ。特に主力連中は用心するこったな〟
この〝個〟っていうのは、子供達含めた俺じゃなく俺達を指してるって解釈でいいんだよな――となると初日のような、遊撃隊的に動くのは危険、か。
最終日、ポイントでも負けている王国軍が勝つには、やはり戦場を統括指揮する〝軍師〟が必要かもしれない。