大戦争イベント⑧
範囲に入ったものを問答無用で斬るスキルだろうか……しかし、驚くべきはその刀の速度だ。
全く目で追えない。
人間の速度じゃない。
『完全蜃気楼解除まで残り12秒』
俺の言葉にアルデは無言で頷いた。
オーラに向かって歩き出すアルデ。
『アルデの意思に任せるよ。無理に戦わずに退いてもいいし、今の内に格上と戦う経験を積むのもいいと思う』
折角のPvPイベントだ。
勝っても負けても勉強にはなる。
『自分の立ち位置を測りに行く!』
ダンッ!!!
アルデは凄まじい速度でナハトさんの懐に飛び込んだ。ナハトさんのカウンター攻撃を避けたのか、アルデのLPは減っていない。
ここから見えるのは、
至る所で弾ける火花と刀の煌きだけ。
『押されてる、のか?』
アルデのLPは一気に減ることは無かったが、それでもじりじりと4割程削れている。
ここで魔王術を解禁すべきか?
恐らくナハトさんはかなりのポイントを保持しているだろうし、今がここぞって時ではないだろうか?
しかし、二人の打ち合いは唐突に終わりを迎える――完全蜃気楼の時間切れが来たのだ。
『うげっ』
『ぷはー』
『なんのこれしきって、あれ!?』
『頑張れアルデお姉様って、あれ?』
『ママを傷付けたら潰す。あれ』
ごろごろっと、まるで袋の底が破けたように子供達が地面に投げ出されると、ナハトさんは驚いた様に動きを止め、距離を取った。
「ははぁ、そのめちゃ強いモードにも制限時間があるのか」
楽しそうに分析するナハトさん。
アルデが受けたダメージは子供達に均等に分配されているようで、部長はすぐさま回復にとりかかった。
チンッと、刀を収める甲高い音。
ナハトさんは腕を組んでじっと待っている。
「別に慈悲はいりませんよ?」
「まあそう言うなって。久々の強敵が――」
ナハトさんがそこまで言った時だった。
『!』
誰よりも早く何かを察し、ベリルを庇う形で手を広げるダリア――その体を、銀色の刃が貫いた。
「だ、」
ダリア!
そう叫ぶ暇もなく、ダリアはLPを全損させ溶けるように消え去る。
男性の野太い声が響く。
「情報では白いのが全体の指示と聞いていたが、まさか庇われてしまうとは。熱い家族愛だな」
ゴウッと、凄まじい風切り音と共に部長目掛けて振り下ろされたその刃を、俺は防御技である《大地の壁》を用いて受ける態勢を取る――!
地に足がついている限り、俺の盾の防御性能が30%上昇する技。しかしその壁は砕けるような音と共に脆くも崩れ去り、俺は盾もろとも部長ごと斬り伏せられた。
『ぐ、皆……!』
自分のLPが一瞬の内に0となり、俺を見つめるアルデ、ベリル、青吉の姿も溶けるように消えてゆく――。
『あなたは、プレイヤー《レオ》によって倒されました。蘇生権利が 2 回残っています。使用しない場合、60秒経過の後、蘇生指定地点へ転移します』
蘇生権利を使いますか?
YES NO
俺の体は鉛のように重くなり、視線以外の全てが動かせない状態となっている。恐らくこれが〝戦闘不能状態〟なのだろう。
俺を倒した大男の声が響く。
二人の表情を見ることはできない。
「らしくないな〝戦争屋〟。なにを悠長に待つ必要がある? 獲れるときに獲るのは基本だろう」
「……」
「そう睨むな。この召喚士が終盤かなりのポイントを稼いでたのは知っていたろう」
声が段々遠くになってくる。
脈動するように残りの時間が減っていく。
あまりにも呆気ない死――。
いや、電撃を受けた時もギリギリだったし、相手がレベル100だと仮定したら良くやった方かもしれない。
ただ初日は無傷で生き残りたかったな。
わがままを言うなら、それくらいだ。
蘇生権利の剥奪まで残り10秒と出た。
意識一つで動かせるカーソルで〝YES〟を選ぼうとしたその瞬間――。
ギィイイイン!!
視界の端で大男が弾き飛ばされ、直後、俺の視界は明瞭となり、体を動かすことができるようになった。
「あれ……?」
蘇生権利は使ってない。
蘇生してもらった? 誰に?
「ギリギリセーフかナ?」
後ろを振り向かずに佇む天使族のプレイヤー。
可愛いフリル付きの防具にそぐわない、無骨で巨大なメイスが地面をドンと叩いた。
「助かりました、マイヤさん」
まさしくそれは、トッププレイヤーに名を連ねる天才回復役のマイヤさんだった。マイヤさんはチラリと後ろを振り返り、真剣な表情で口を開く。
「早く立て直した方がいいヨ。召喚中の詠唱時間が一番危険だかラ」
戦場に馬の嘶きが轟いた。
大地を踏み締める蹄の音。
黒い馬に跨って現れたのは、
俺が戦闘不能状態の時に見た大男だった。
顔を兜で隠しているその男は柄の長い矛のような武器を持っていた。そして矛の先端に緑色の電撃が走ると同時に、凄まじい速度でマイヤさんの頭上に振り下ろされる!
「《雷撃・一刀両断》」
「《破壊の大熊座》」
ガギン!! と、鈍い金属音が響く。
俺は部長、ベリル、ダリア、アルデ、青吉の順番で召喚してゆくが、召喚詠唱には少なくない時間が掛かる――それを知ってか、大男の猛攻が激しさを増す。
「させないヨ」
その全てを叩き払うマイヤさん。
大男が苛ついた様子で口を開く。
「おい姫の王よ、回復役ステータス構成のお前が何故そんな強い」
巨大な馬に跨る大男と小柄な天使が対等に渡り合う姿は圧巻の一言に尽きる。
マイヤさんのLPは、減少こそしているがそれよりも早く回復しているのがわかる。
大男が忌々しそうに声を上げた。
「おい戦争屋! お前も加勢して一気に潰すぞ! これではお前を雇った意味が無いではないか!!」
「お前が横取りした喧嘩ならお前一人でどうにかしろ」
ナハトさんは冷めた表情でそう答え、手を振りながら踵を返す。
「戦争屋なんて大層な肩書持ってるから期待していたが、あれではただの気分屋ではないか」
呆れたように矛を振るい、去っていくナハトさんを見つめていた大男は、チラリと俺の方へと視線を向けた。
こっちはちょうど青吉までの召喚と部長による回復、そして今まさにダリアへの強化が終わった所だった。
ダリアの周囲に炎が湧き上がる。
逆巻く髪は怒りを表しているのか、
大男を親の仇を見るように睨んでいる。
実際、親の仇ではあるが――。
それを見た大男は馬を動かし、距離を取る。
「召喚士+万能回復役じゃ分が悪いな」
そう言いながら、大男の体は幻のように消えてゆき、一筋の光が帝国の拠点方向へと飛んでいった――周囲を警戒する俺に、マイヤさんがホッと息を吐く。
「転移を使ったみたいだネ。ひとまず難は逃れたかナ?」
マイヤさんがそう言うや否や、嬉しそうにアルデが抱きついた。マイヤさんは驚いたように「わわッ!」と叫びながら一緒に地面に倒れ伏した。
削除
『ありがとう!!!』
感謝の気持ちを爆発させるアルデ。
マイヤさんはヨシヨシと背中を撫でていた。
「本当に、助かりました。アルデも皆もお礼言ってます」
「そかそカ。まあたまたマ、誰かやられてるのが見えて来てみただけだったんだけどネ」
まさかダイキ達だとハ――そう言いながらマイヤさんは笑みを浮かべた。
『大戦争イベント1日目が終了となります。ポイント集計のため発表は明日の正午12時とさせていただきます。5秒後に通常ワールドに転送されます。尚、転送場所は〝王都〟か〝帝国〟になりますので、ご了承ください――』
システムアナウンスが、
イベント初日の終了を告げた。
俺達はマイヤさんに救われながら、
個人ポイント約18,000で終了となった。