大戦争イベント⑦
ウェアレス像が青に染まった瞬間――
俺達の体も青の光に包まれた。
システムメッセージが脳内に流れる。
『風の町の英雄ウェアレスの加護が発動しました。〝テイマー系・サモナー系・シャーマン系〟職業のプレイヤーのステータス20%上昇。プレイヤーに属するモンスターも同様にステータス20%上昇し、以降取得ポイントが1.5倍されます。尚、これらは4つのウェアレス像が拠点維持されている限り続きます』
ステータスを確認してみると、本当に全員のステータスが20%も上昇しているのが分かる。
『やっぱりあったんだ、ボーナス!』
俺の言葉にベリルが嬉しそうに頷く。
四拠点占拠のボーナスについてのチャットが凄まじい速度で流れてゆく。俺達以外の王国プレイヤーにも、この情報は共有されただろう。
『問題は相手国に同じようなメッセージが行くかどうかだけど――』
『今のところは問題なさそうですね』
遠くで俺達をチラリと見つけながらスルーしていく帝国プレイヤーを見て、ベリルはそう推測する。
このボーナスの情報が相手にも共有されれば、少なくとも四拠点の何処かを邪魔してきそうなものだ。しかし、俺達の軍に〝拠点を死守せよ〟といった旨の明確な作戦が無い限り、邪魔されるのも時間の問題――ここをいつまでも守っても不毛だと考えられる。
俺は中央の女神像に目をやる。
残り時間は1時間と15分程度――。
召喚士ボーナスが付いてる状態なら、女神像周辺にいる大勢の敵を倒せるからかなりのポイントが稼げそう。
『女神像に行くか、周辺の拠点を拡大するか……多数決を取ろう』
女神像に挙手したのはダリアとアルデ。
拠点拡大に挙手したのはベリルと青吉。
全ての命運は部長に託された。
『んー?』
起こされて少し不機嫌そうな声を出す部長にその旨を伝えると、少しも悩まずに『拡大』と答えた。
『ちなみになんで拡大にしたの?』
『激戦区は回復忙しくなりそうだもん』
なんとも部長らしい理由だった。
よし。当初の予定通り、今日は拠点拡大を目標として近くの帝国プレイヤーを倒していくことにしよう――目立つのを回避するという意味でも、これで良かったのかもしれない。
* * * *
残り時間が20分を切っても、ウェアレス像の効果が切れる事はなかった。つまり王国軍プレイヤーの誰かが四点を死守してくれているのだと分かる。
その人達のためにも全体ポイントを稼がなきゃな――。
火力の上がった俺達は、特にヒヤヒヤする場面もなく次々とプレイヤー+兵士を屠ってゆく。
どうやら蘇生権利の2回を既に消費しているプレイヤーが多くなってきたからか、貰えるポイントが目に見えて増えている。
『蘇生権利というのは、日毎にリセットされるんでしょうか?』
『さあ、どうかな。まあでもリセットされると考えた方がいいかもね』
1日目に2回使ってしまった人は、ポイント減少を恐れて2日目と3日目に最悪参加しなくなるかもしれない――それは運営にとっても寂しいだろうから、俺はリセット説だと睨んでいる。
そんなこんなで話す余裕のあった俺達だったが、ここに来て遂に知り合いと遭遇することになる――。
「どーも」
全身ブラウンの統一色で、帽子を目深く被った人物。大きめのマウンテンパーカーを身に纏い、腰に刀を帯刀している。
線の細い体と長いもみあげが特徴的なその人物は――四季の楽園のぶどう園で一緒になったナハトさんだった。
帽子のツバを人差し指で押し上げて、ニッと白い歯を覗かせた。
「ナハトさん、ご無沙汰してます!」
『あの節はどうも』
「元気そうで何よりだな」
俺とベリルが頭を下げると、ナハトさんは満足そうに笑みを浮かべた。そして俺たちの姿を見るなり「あー、まあそうよな」と頭を掻く。
俺も遅れて気付く――ナハトさんの色が、帝国軍を意味する黄色だということに。
『皆、戦闘態勢』
素早く指示を飛ばすも、全員が既に戦闘態勢を取っていた。ナハトさんは嬉しそうに刀の柄を撫でる。
「な。次のイベントで必ず会えるって言ったろ?」
そう言って抜刀するナハトさん。
リイィンと鈴の音のように刀の音が響く。
目を引くのは炎の様な刃文の刀身。
なぜだろう――。
武器を抜く一連の動作を見ただけで、この人が途方もなく〝強い〟事が伝わってくるのは。
『アルデの完全蜃気楼で迎え討つ』
子供達が宝石に変わり、
アルデの姿が変わる。
アルデも同じ様にして刀を抜くと、
ナハトさんは驚いた様に目を見開いた。
「なかなかやるね、お嬢さん」
『そっちもね』
強者同士、通じ合うものがあるのか。
俺も盾と剣を構えて戦闘に備えた。
〝あー今は辞めておこう。次のイベントで必ずまた会えるから。その後なら喜んで〟
彼がフレンド交換を拒否したのは、このイベントで敵同士になるのを見越していたから。
イベント後なら交換すると言ったのは――つまり〝イベント経てそれでも俺とフレンドになりたいなら〟という意味だったんだろう。
戦闘したプレイヤー達が、彼を恐れ離れて行った過去でもあったのだろうか。
『魔王術と固有技はまだ温存だぞ』
『うん。わかってる』
アルデが抜刀の構えでピタリと止まる。
びりびりと空気が震えるような感覚。
ダンッ!!
飛び出すアルデが攻撃技《抜刀術・黒閃》を繰り出すと、それを見切ったように紙一重で避けるナハトさん――お返しにと繰り出されたのは凄まじい速度の乱れづき! しかしそれをアルデは全て避け切った。
再び距離を取る二人――。
俺の付け入る隙が全くない。
「驚いた。俺から先手を取るだけじゃなく、《五月雨》を全回避するなんて」
楽しそうに笑みを浮かべるナハトさん。
対するアルデは、驚くほど消耗していた。
『たぶん、一撃もらったら、死ぬ……!』
肩で息をするアルデ。
ナハトさんの体から黒色のオーラが迸る。
「《侍の極意 戌》」
大地が揺れ、彼の周囲の小石が浮く。
黒色のオーラがズズズと範囲を拡大してゆき、それは禍々しい形の円を形成する。
近くにいた王国兵NPCが条件反射的に襲い掛かるも、ナハトさんは全く視線を向ける事なく一刀のもと斬り伏せた。王国兵は光と共に消えていった。