草の町と報酬
草の町は乾燥させた藁のような植物を用いた建物と、濃い茶色の木でできた建物が建ち並ぶ、町というよりも村や集落のような外観だった。
規模はそこそこあるようで、周囲500mを映すマップでも収まりきらない程の広さがあり、やはりこちらもプレイヤーで溢れている。
草の町に着くなり、ダリアの腹が可愛く鳴った。冷やかそうと思ったら、頭を叩かれた。
ともあれ、彼女は非常によく動いてくれているし野生解放後には著しく体力を消耗している。
――お礼も兼ねて食事にしようか。
時刻は午後8時36分。
明日は休みでありイベントがあるため、徹夜とまではいかないものの夜中までレベル上げをしていきたいと考えている。まだまだ夜は長い。
「お、なんか野菜料理の専門店があるぞ」
色とりどりの野菜料理がフォトショのようにして電子パネルに次々と流れているのが見えた。看板には『野菜料理』と、そのまんまの意味の英語が書かれている。
――ダリアの反応が気になるが……ピクリとも動かないぞ。腹は鳴ってるのに。
ここ草の町は風の町以上に農業が盛んに見えるし、ゲーム内の道の野菜も興味がある。やはり別の世界であり、住む生物も違うからには見た事もない野菜もあるに違いない。
構わん! 行くぞ!
一歩、また一歩と野菜料理屋に近付くにつれ、ダリアが暴れ始める――好き嫌いもここまでくると将来が心配である。
「ダリア。野菜も食べないと綺麗になれないぞ」
少し、女心にジャブを繰り出すが効果なし。嫌なものは嫌らしい。
ともあれ、我が子のように思うダリアが餓死するような事態は避けたい。
「……よし。今回は仕方ない。今度はちゃんと野菜も食べなさい」
俺の言葉に『わかったわかった』と答えるかのように頭を二回叩くダリア。甘々ね。と、どこかで紅葉さんが呟いたような気がしたが、気のせいだろう。
色々見て回ったが肉料理っぽい店が無いようだったので、ポータルから冒険の町まで転移し、肉料理屋へ向かった。
「お、ダイキじゃねえか」
転移した先で会ったのは髭面アバターのオルさん。ここ最近、ずっと風の町に居たと思ってたが……。
「こんばんはオルさん。どうしたんですか ? 冒険の町に居るの珍しいですね」
「当たり前だろ。明日からのイベントに備えて武器や防具の新調からメンテナンスをするプレイヤーが多い。新規プレイヤーも続々とログインしてるし、イベント会場になる冒険の町に今日から張り込んで露店を開く生産職は少なくない」
「なるほど」
確かに、明日からのイベントは冒険の町の時計台前だ。参加するプレイヤーは勿論、死に戻りしたり、一時的に戻ってきたプレイヤーが冒険の町の露店に行く可能性は高い。
となればその後のトーナメントで、オルさん達生産者が石の町に陣取るのも想像に難しくない。
「それはそうと、お前の盾、結構ボロボロじゃねえか」
「みたいですね。ちょっと乱暴に使いすぎたかもしれません」
俺のバックラーはカブトムシとの戦いで所々がひしゃげてしまっていた。勿論、剣闘士の石像だったりリザード達との戦闘での蓄積ダメージであるとも思うが。
「あ、そういえばさっきフィールドボスを倒してきたので、その素材で補強していただくことは可能ですか?」
「フィールドボスってお前……一人で?」
呆れたように言うオルさんに、自分とダリアを交互に指差し答える。
「まあイベントに向けて追い込みをかけるプレイヤーは多いが……ダリアちゃんが居るとはいえ、フィールドボスを六人以下で討伐できるプレイヤーはそう多くないぞ」
まあ今回はダリアの魔法と相性が良かったのもあるし、攻略手順も詳しく載っていたからな。野生解放での強化も大きいだろう。
「無理せずやってますよ。ところでオルさん、さっきの話、食事でもしながらどうですか?」
「おう。別にいいぞ」
お預けを食らっていたダリアがソワソワしていたので、俺たちは近くの肉料理屋に入った。
ステータスアップの恩恵もあるため、忙しく食事を済ませたプレイヤー達がバタバタと店に出たり入ったりしているのが見える。
俺たちは通された席で適当に料理を注文し、その風景を見ながら雑談を始める。
「忙しないですね。いくらNPCが営む店だとはいえ、もっと落ち着いて食事ができないものですかね」
「まあ、少なくとも今日含めた三日間は飲食店がドタバタするだろうな。と、露店もそうだったが」
「オルさんは迷宮の方には入らないんですか?」
「興味はあるが、戦闘の技能を取ってないからなあ、使えても片手槌技能くらいだろ。だったらイベント素材を持ち寄ってくれるプレイヤーを待つ方がいい」
「俺もイベントアイテムを色々ゲットできたら、オルさんに装備を頼みに来ると思います」
「くく、よろしく頼むよ」
その後、運ばれてきた料理にがっつくダリアの口を拭きながら、俺はカブトムシのドロップアイテムに目を通す。
殻やら脚やら、ボスの素材の中にあった《撃破報酬》と《MVP報酬》。今回は初個体ではないため、この二つが報酬となっていた。
【カブト・シールド】#撃破報酬
黒塗りのカブトムシが小さくデフォルメされたデザインの盾。高い耐久値を持つが、火属性耐性が下がる。
耐久+28
火属性-5
セットボーナス
[カブトシリーズ四つ以上で耐久+5]
分類:片手盾
【カブト・ナイフ】#MVP報酬
黒塗りのカブトムシの殻でできたナイフ。筋力・耐久が上がるが、火属性耐性が下がる。
筋力+15
耐久+6
火属性-7
セットボーナス
[カブトシリーズ四つ以上で耐久+5]
分類:短剣
とりあえずオルさんに確認してもらうと、なんとも言えない表情のまま首をひねった。
「うーん。……盾はともかくナイフはハズレだな」
オルさんの評価は低いようだ。
「単独で撃破したみたいだし、素材とそのシールドを少し渡してくれればすぐにでも強化できるぞ」
「おお! 是非お願いします!」
「じゃあ食事が終わったら店に付いてきてくれ。ついでに、他の装備のメンテもやってやるよ」
ありがたい。迷宮に入る前にでもメンテナンスを頼もうと思っていた所だった。
既に何件か依頼が来ているみたいだし、当日だと忙しかったかもしれない。
食事を済ませた俺たちは、オルさんの露店へと向かう。食べて重くなったダリアには手を繋いでもらっている。
「じゃあ他の依頼が終わり次第になるが、強化とメンテナンスが終わったら連絡する」
「はい。ありがとうございます」
素材と新しい盾、既存の剣とサイクロプス装備一式を渡し露店を後にした。
紅葉さんの露店に近付くと、丁度クロっちが飛び立っていく所が見えた。
笑顔で手を振る紅葉さんに、声をかける。
「こんばんは、紅葉さん」
「ダイキ君こんばんは! あら、ダリアちゃん、ちょっと背伸びた?」
食べ過ぎで重くなったダリアを、肩車ではなく手を繋いでいた結果、俺との身長差から気が付いたらしい。
紅葉さんの言葉に気を良くしたのか、ダリアは得意げな表情で腕を組んだ。
この些細な変化、わかる人にはわかるんだな。
その後、紅葉さんと雑談しているとオルさんから完成の連絡が入った。
俺たちは紅葉さんと別れ、オルさんの露店に向かう。
「おう。できたぞ」
「ありがとうございます」
一つ頭を下げ、俺はオルさんから余りの素材と装備を受け取った。
【カブト・シールド+3】
黒塗りのカブトムシが小さくデフォルメされたデザインの盾。高い耐久値を持つが、火属性耐性が下がる。
耐久+36
火属性-5
セットボーナス
[カブトシリーズ四つ以上で耐久+5]
分類:片手盾
大幅に強化されたカブト・シールドを始め、剣やサイクロプス装備一式も新品同様になっている。
「一応試してはみたがフィールドボスの素材を使った装備を別のフィールドボスの素材で強くする事は出来なかった。これでまた新しいのを作れば別だが……」
「いえ、この素材だと鎧っぽくなって動きが制限されそうなので、今のままで行こうと思います」
そうか。と頷くオルさん。手作りのカブトシリーズはセットボーナスが発生しないという事も教えてくれた。
一つ目鬼の超棍棒にセットボーナスが無いのを見るに、ドロップ品だとしても必ずしもセットボーナスが付いてるとは限らないのかもしれない。
ともあれ、メンテナンスも済み新しい装備も手に入った。素材を売れば金も増えるだろうし、消費アイテムも買う事ができる。
――準備は万全だ。