本当の親と、育ての親
住人から歓声が上がる。
デモンさんは骨の被り物を投げ捨て、アルデを抱きしめた。
「よくぞ……よくぞッ!」
巨人族の抱擁でもビクともしないアルデは、嬉しそうに微笑んだ後、俺達の方を向いた。
『黒い拙者にね、皆と離れたくないってお願いしたんだ。最初は聞いてくれなかったけど――ダイキ殿の声を聞いて、より強くそう思えたんだ!』
そう言いながら、無邪気な笑みを向けるアルデ。俺は「何もしてないぞ」と答えようとして、急に来た安心感で涙が溢れた。
魔王術を制御した喜びよりも、俺達と離れたくないと強く願ったことで克服したことを聞き、色んな感情が弾けてしまった。
『だ、ダイキ殿?! どこか痛いの?』
気付けば俺の横にアルデが来ていた。
妻を魔王術で亡くし、愛する娘を死なさないために手放し、その娘が戻ってきて、目の前で魔王術を克服した。積もり積もった感情は俺よりあったはずなのに、もっと抱きしめたかっただろうに……。
それでも娘を降ろし、俺の方へと向かわせたデモンさんを見て、さらに涙が溢れた。
気丈に振る舞うべき時に、笑顔で褒めてやらなきゃいけない時に、本当の親との時間を邪魔してしまった――何をしてるんだ俺は。
遠くで二人の会話が聞こえてくる。
「これからお前の真名を告げる。告げるが、俺はここに残るか、ダイキ君と行くかをあえて尋ねたりはしない。答えはもう出ているだろうからな」
『……ごめん』
「何を謝ることがあるんだ。こんな良い召喚士さんに呼んでもらって、大事にしてもらって、それが見られただけでも俺は満足だよ」
アルデの額に人差し指を当てるデモンさん。
アルデの体が淡く光を放つ。
「汝〝セナ・マルグ〟は全ての記憶と力を解放してもなお、召喚士ダイキと共に歩むのを望むか?」
アルデの頬を涙が伝う。
『望みます』
その返答と同時にアルデの姿が変化してゆく――小人族特有の小さな身長からダリアと同程度まで伸び、髪に艶が現れた。中性的だった顔付きはどこか女の子らしく変化し、そして胸まで大きくなっていた。
種族名が小人族から強欲の魔族へ変わる。
まだまだ子供な見た目だが、幼児から少女へと成長したような変化が起こった。きっとそれは、子を守るためにかけた母親のおまじないが解け、本来の姿――本来そうなるべきだった姿に、成ったんだろうと思う。
彼女の特徴でもあるショートヘアと緑の瞳、そして牛のツノが無ければ、すぐにアルデだと気付くことは難しいだろう。愛くるしい犬歯を覗かせている。
名前 アルデ
Lv 65
種族 強欲の魔族
筋力__532(1400)【1982】
耐久__170(625)【795】
敏捷__180
器用__177
魔力__170 (150) 【320】
召喚者 ダイキ
親密度 300/300
※【 】内が総合計値
※( )内が装備の強化値
※小数点第一位を切り上げ
技能
【武器術Ⅶ Lv.48】【筋力強化Ⅶ Lv.32】【反応速度強化Ⅴ Lv.22】【魔法武器付属Ⅴ Lv.28】【急所見切りの心得Ⅴ Lv.3】【重撃Ⅴ Lv.31】【殺意Ⅴ Lv.16】【闘気Ⅳ Lv.44】【魔装Ⅴ Lv.19】【魔王術〈強欲〉 Lv.-】
控え【強靭Ⅲ Lv.17】
「これで、お前は完全に召喚士ダイキの召喚獣アルデだ」
そう言って、立ち上がるデモンさん。
アルデは激変した自分の姿に驚いている。
俺は絞り出すように尋ねる。
「本当に、いいんでしょうか」
デモンさんは頭を掻きながらジロリと俺を睨んだ。
「本当の両親だからとか、そうじゃないからとか、深く考えすぎだよあんたは。俺はこの子を手放した時点で〝親〟じゃなくなっているし、その後この子をここまで立派に育ててくれたダイキ君は間違いなくこの子の〝親〟だ。胸を張っていい」
そう言いながら、俺の背中を優しく叩くデモンさん。
俺は今度こそ涙を堪えたが、それ以上の反論も肯定もできる余裕はなかった。
《おめでとうございます。真名解放クエストがクリアされました! 個体名 アルデ の最終進化先を解放しました。真の力が解放されたことにより、ステータスが大幅に上昇します。固有武器に特殊固有技が追加されました。》
システムアナウンスを聞きながら、俺は家へと戻っていくデモンさんに告げる。
「たとえ離れていても、アルデは貴方の娘で、ここはアルデの生まれ故郷です! また皆でここに来ます!」
アルデも俺に続くように声を上げる。
『父上、ありがとう』
デモンさんは振り返らないまま右手を挙げ、そのまま家へと戻っていった。
真名解放や魔王術よりも、もっとかけがえのない物を貰った俺は、その扉が閉まった後も深々と頭を下げて見送った。
* * * *
丘の上にある小さな雪の塊。
アルデがそれをそっと撫でる――と、
雪が消え、そこに小さなお墓が現れた。
アルデは膝をつき、拝む。
『ただいま、母上』
優しく、呟く。
そこにはアルデの母の名前が刻まれていた。
『拙者、父上のお陰で魔王術を制御できたよ。それとね、大好きな人達に囲まれて今とっても幸せだよ。それとね、あとね……母上と父上のこと、もう忘れないから』
そう言って、立ち上がるアルデ。
うっすらと涙を浮かべ、手を振る。
『じゃあ、いってくるね――大好きだったよ』
俺は雪の降る空を見上げた。
お別れの言葉は届いただろうか。
もう一つの家族の姿を見てくれただろうか。
たくさんの物をもらった俺達は、雪の町を抜け、下山したのだった。
真名解放 アルデ編 完結です