刀と決意
禁忌の町へと戻ってきた俺達は、骨の被り物をした住人達から「よくぞあの山から!」「英雄様しか攻略できなかった場所なのに!」などといった歓声を受けながら、アルデの実家――デモンさんの待つ家へと向かう。
『ただいまー!』
元気よく扉を開けたアルデ。
両手を祈るような形にして机に沈み込んでいたデモンさんは、勢いよく体を起こし、アルデを抱き上げた。
「よくぞ、よくぞ無事に帰ってきた……!」
涙を浮かべながら微笑むデモンさん。
俺の胸はまた、ズキリと痛んでいた。
* * * *
工房に金槌の音が響き渡る。
水の真核の力によってアルデの刀が更に鍛えられてゆき、出来上がる頃には、青色の波紋を持った美しい刀が鍛え上げられていた。
【解放刀 黒波】
真の力を解放できるようになった刀。この刀が持ち主の実力を認めた時、武器と所有者の心は一つとなり、真の力が呼び起こされるだろう。
必要筋力:200
筋力値+1000
魔力値+150
特殊固有技:未解放
分類:両手刀
この時点でも破格の性能を誇る。
しかし説明文を読む限り、この刀は更に先の解放が可能であることが分かる。
「デモンさん、これって――」
俺がそれを尋ねようとすると、刀を持ったアルデに目線を合わせるように体を屈ませ、デモンさんは真剣な表情で口を開く。
「ここまでは単なる〝下準備〟に過ぎない。刀を作ったのも、刀を鍛えたのも、解放状態まで研いだのも、この子の〝魔王術の完全制御〟によって、全てが実を結ぶんだ」
「完全制御って……この武器が完成したら、アルデの魔王術が制御できるものだと思っていました」
結局アルデが自力で魔王術に耐え切れるかどうかで決まるのであれば、刀によってその先の力がいくら増幅しようが、制御できないことには意味がない――そして俺は、アルデが制御できるかどうかを試すような真似もしたくはない。
俺の心配を察してか、デモンさんは諭すように付け加える。
「この刀のおかげで、これ以上なく制御できるようになっているはずだ。危険も限りなく少ない。勿論、死ぬようなことはないと言い切れる」
何故そんなことが言い切れるのか、試したことがあるのか――と、食ってかかりそうになる気持ちをグッと堪える。
これはいわばイベントNPCからのお墨付きであり、魔王術の暴走によって妻を亡くしているデモンさんが〝死ぬことはない〟と言い切った時点で、これ以上疑うべきではないのだろう。
命が掛かっているのに〝かも〟や〝思う〟で試そうとなんてしないだろう――それが実の父親なら、尚更だ。
「いいか、これから俺と戦ってもらう」
『戦う……父上と? いやだよ……』
「刀の仕上げと魔王術の制御のためなんだ。なあに、お父さんは強いから怪我したりもしないさ」
デモンさんが無意識に傷だらけの腕を隠す所を、俺は見てしまった。
そう言いながら立ち上がるデモンさん。
工房から無造作に武器を引っ張り出し、ずるずると引きずるようにして扉に手を掛ける。
「準備ができたら外に来るんだ。その刀はそのままでも魔王術の制御の補助をしてくれるし、切れ味も相当なものだ。ここでやめてもこの経験は無駄にはならないだろう」
そう言い残し、外へと向かうデモンさん。
魔王術の暴走で妻を亡くしているのに、娘が制御できないまま途中でやめるのを勧めるのは矛盾しているように思えるが、今回はシステムの関与が働いたような気がした。
強化された固有武器を持って帰る道か、最後まで挑戦する道――その二つを選ぶ機会が設けられたのだろう。
「アルデはどうしたい?」
これは俺達の問題でもあり、アルデの問題でもある。暴走によって被害を受けるのは俺達だが、その後傷付くのは間違いなく彼女だろう。
しかし、優しいアルデに実の父との戦闘ができるようにも思えない――だから選んでもらう。
少し黙ったのち顔を上げるアルデ。
その瞳に、もう迷いの色は見えなかった。
『……皆に迷惑掛けたくないから、拙者やるよ!』
元気な返答とは裏腹に、
微かに震える彼女の体。
俺は彼女を抱きしめていた。
アルデの口から『あっ』と言葉が漏れる。
デモンさんとアルデの姿を見ていたからだろうか――自分のためである以上に、俺達のためだからと決意した優しいアルデを、俺は抱きしめずにはいられなかった。
俺だけではない。
アルデを幾重にも包み込む手。
「俺達は家族だ。皆で一つだ」
楽しいも悲しいも全部一緒だ。
一緒なら乗り越えられる。
アルデの体の震えは、
いつの間にか止まっていた。