頂から見える景色
どれくらい登っただろうか。
解凍銃のお陰で道中のボスも難なく倒せている俺たちは、体感的に半分ほどの距離は来たかなというところに来ていた。
「あれも道中に散々倒したハルタナ族だよね? なんか武器持ってなかったように見えたけど」
はるか前方に、猿のような見た目をしたモンスターが俺達を見つけ何かを喚いている。俺達は特に気にせず先へと進む。
『武器を忘れてしまったのでしょうか?』
そんなやり取りをしながら、モンスター達が待機する踊り場へと進んでゆく俺達。
ハルタナ族は白い長い体毛を持つ猿のようなモンスターで、個体によってまばらだが平均してレベル55程度の強さだ。しかし猿型というのもあり、彼等は器用に手を使い武器で攻撃してくるのも特徴の一つ。
そんなハルタナ族が無手、か。
何か嫌な予感がする――。
「皆一旦……」
そう言って振り返った時だった。
猛烈な突風に体が浮く感覚。
山の表面に巨大な穴が現れたのだ。
罠だ。
その突風で奈落の底に落とす罠。
「あいつか!」
前方には嬉しそうに手を叩くハルタナ族の姿があり、無手の奴が罠の操作役であることを、俺はその時初めて悟ったのだった。
「つ、か、ま、えたぁ!!!」
投げ出されそうになる子供達を必死に捕まえ一安心した俺は、やけに頭の上が軽いことに気付く――視線を後ろに向けると、眠りながら自由落下する部長の姿があった。
「部長おお!!!!!」
子供達を降ろした俺は部長目掛けて落下する。大の字になって眠りこける部長の体がかなりの空気抵抗を生んだのか、ほどなくして追い付いた俺は部長を抱きしめる。
覗き込む子供達の顔がみるみる小さくなってゆくのを見ながら、背中から落ちてゆく俺と部長。
「これじゃ結局道連れだな」
俺が死ねば上の皆も死んでしまう。
今回は、部長を再召喚するのが正解だったのかもしれない――いや……でも部長が落ちていくのを黙って見てるなんて、俺にはやっぱり無理なんだろうな。
はるか上空で何かが光った。
その光は加速度的に俺達へと近付いてくる。
『私に完全蜃気楼を』
その声に導かれるように、俺はベリルを対象に完全蜃気楼を発動する――その直後、目の前で光が弾け、機械の翼を羽ばたかせながら、ベリルが俺を抱き留めた。
光に包まれ滞空するその姿はまるで大天使のようで、ベリルは例に漏れず大人の姿となり、彫りの深い美人となっていた。
『もう、命知らずな主様ですね』
そう言いながら、微笑むベリル。
姿や話し方も相まって年上の女性かと錯覚してしまうが、れっきとした0歳児だ。
「すまん……つい」
『そもそも、これを使えばお姉様も無傷で救うことができました。主様は愛情深いと言えば聞こえはいいですが、怖いもの知らずというか無鉄砲というか……!』
頬を膨らまし、ぷりぷりと不満を漏らすベリル。
説教をもらいながら落下地点まで登ってゆく俺達。その中で俺はとても重要なミスに気付く。
「最初からベリルに乗って頂上付近まで行ってもらえばよかったんだよ」
装備によって短時間の飛行能力を得ている自分自身もそれに気付いていなかったためか、それを聞いた彼女はキョトンとした後、真顔に戻り『盲点でした』と答えた。
【なりきり機械仕掛けの翼(機人族専用装備)】#オーパーツ
精密な機械で構成された展開可能な翼
。膨大な魔力を消費することにより、短時間の飛行が可能となる。内蔵技は必要チャージレベルⅦ《バルバロイ・メガ》。
ランク:B
敏捷値+10
魔力値+20
光耐性アップ(中)
分類:背中装備
ベリルは『しっかり掴まっていて下さい』と言い、速度を上げて一気に飛び上がる――それは正に〝光速〟。この速度なら完全蜃気楼解除までに頂上到達は全然あり得るぞ。
ほどなくして視界が急に曇るのを感じた。
いや、視界が曇ったわけじゃないな。
空を飛んでクリアさせないために、分厚い氷がプレイヤー達を阻んでるんだ。
「ベリル、氷の障壁が上に!」
『銃を使って援護を頼みます!』
「その手があったか! 了解!」
俺は解凍銃を射出した。
ベリルの目論見通り、それはポッカリと大きな穴を開け、その穴を高速でベリルは通過する。
「ベリルの飛行可能時間はどのくらいだ!」
『私のは完全蜃気楼の恩恵もあって後12秒は飛べます!』
「完全蜃気楼は残り20秒はいける! よし、このまま12秒以内に頂上まで駆け抜けるぞ!」
『はいっ!』
頂上へ簡単に行かせてはくれない。
踊り場にいるハルタナ族が次々に槍や斧や矢を飛ばして攻撃してくる――格下の攻撃とはいえ、被弾すれば最悪墜落もあり得る。
「ベリル、この土壇場でモノにしてくれ!」
俺はそのまま《シンクロ》と《空間認識の目》を発動させた。
全てを俯瞰で見る俺のスキルを共有させた事で、全方位からの攻撃も漏れずに把握することができる――その上、ベリルの持つ《思考加速の心得》により、その膨大な情報量ですら彼女は処理することができる。
しかし、試すのはこれが初めてだ。
大量の武器を前にして、ベリルは笑った。
『そんな攻撃、当たると思いますか?』
小刻みに方向転換しながら最小限の動きで頂上を目指すベリル――それは、まるで台風の中、降りしきるすべての雨粒を避けるような神業だった。
常識を逸脱した演算能力を持たない俺ができることは、頻繁に進路変更をするジェット機に乗せられながら正気を保ち続ける事と、氷の障壁を取り除いてやるくらいだ。
残り時間6、5、4、3――
その瞬間、ブワッと視界が晴れた。
眼下に広がる雪の世界と、はるか遠くに見えるのはFrontier Worldの世界。
生きていてよかった――。
そんな大袈裟な感動すら覚えてしまうほど、頂からの景色は美しかった。ベリルも同じように感動したのか、涙を浮かべ夕焼けに染まるFrontier Worldを眺めていた。
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