氷の道
ダンジョンに入って真っ先に目に飛び込んできたのは――地下深く、まるで底が見えないほど暗い暗い穴だった。
ダンジョンの道は人が二人も横に並べばギリギリな幅の氷でできており、それが螺旋状に上へ上へと伸びている。
下から見上げる限りでも、多くのモンスターが踊り場に待機しているのが分かる。花蓮さん曰く、罠も存在しているようだし、移動に気をつけて進む必要がありそうだ。
「そんな事もあろうかと、皆にはアイゼン付きの靴も装備してもらってるから! 抱っこはナシ!」
俺の一言に、部長以外がズルズルと降りてゆく。
なりきり北極探検セットに付属された靴にはそういう機能も含まれているため、抱っこして連れてっては今回通用しない。
『雪合戦する?』
『え! する!!!』
「しません! いや、休憩中ならいいよ!」
雪玉を持ってソワソワするダリアと、鼻息を荒くしてそれに応えるアルデ。高難易度ダンジョン挑戦中なのに全く緊張感がない。
『システム起動。オハヨウゴザイマス』
『はいおはよう。周りの警戒よろしくね』
『ココハ、トテモ、サムイデスネ』
『うんそうだね。周りの警戒よろしくね』
追撃システムを起動したベリルも仲良く歩いているようで、俺もダリアとアルデを引き摺るようにそれに続く。
「しっかし、先は長そうだなぁ……」
目が霞むほど続く道。
子供達が歩くのを放棄するのも頷ける。
B.Bさんのトランポリントラップがここにあれば頂上までひとっ飛びなのかな――などと考えながら、俺たちは最初の戦闘場所に着いた。
氷塊としか形容できそうにない、ブロックのようなそのモンスター達。鍵穴を立体的にして、中心に青色のコアを付けたらそんな形になるかもしれない。
《ハルタナ・アマルガ Lv.70》
〝その銃は連続四発しか撃てないが、体温で弾が充填される。上手く使ってくれ〟
出発前のデモンさんの言葉を振り返りつつ、俺は〝解凍銃〟をモンスターの群れに向けて射出した。
ジュウウウウウウ!!!
モンスター達の上に現れた小さな太陽のようなその弾は、凄まじい熱量でモンスター達を溶かしてゆく――氷の体が溶けたモンスターは小さなオタマジャクシに変わった。
驚くべきは、姿形の変化だけでは無い。
《アマルガ Lv.40》
敵が見るからに弱くなっていたのだ。
やはりこの銃はダンジョン攻略の鍵だった。
『攻撃、シマス』
ボボボボボン!!!
追撃システムがアマルガの群れに突っ込んだかと思えば、20以上もあるレベルの差によってアマルガ達は潰れるように倒れた。
戦利品とお金が手に入る。
『ドウデス、ワタシノ――』
『これならあんまり時間をかけずに進めそうですね。アルデお姉様のお父様のお陰です』
黒い煙を帯びて戻ってきた追撃システムの言葉を遮る形でベリルが言う。時に可哀想なほど冷たいベリルに代わり「ありがとね」と労いの言葉を掛けておく。
とはいえ、ベリルの言う通り、この銃のお陰で道中の戦闘での苦労はかなり軽減されたと考えていいだろう――残る問題はその距離と、罠、か。
『追撃システムさん、乗っけてってくれませんか!』
『ムリ、デス』
純粋な瞳で厳しい注文をするアルデを尻目に、俺達はその氷の道を、まるで遠足に来たかのように会話しながら進んでいくのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
しばらく進んだ所で、どうやら柱の外側に一度出なければならない場所に辿り着いた。
空いた穴からは外の猛吹雪が見えており、寒さこそ感じないが出るのが憚られる。
「皆、一回外に出るみたいだから……」
そこまで言って、俺は全員を抱き抱えた。
標高が高い場所で猛吹雪の中、細い道を進むのはかなり不安が残ると思ったからだ。
『気が変わったの?』
「今回だけね。部長を誰か抱いといて!」
『よしきた!』
『もう頂上ー?』
『あっくん寒くない?平気?』
『うん、平気』
などとワイワイやりながら進む俺達。
外の道は氷柱の表面にこびり付いた雪が固まったような粗末な物で、こちらは人一人が通れてやっとの場所だった。
そして開けた場所までたどり着く。
そこには何か木の枝を集めたような塊が置いてあり、俺は反射的に上を見た。
「皆、鳥型モンスターだ! 空警戒!」
叫ぶと同時に、解凍銃を射出。
氷の鎧を溶かしながら巨大な鳥が降りてくる。
《デンバラー Lv.55》#BOSS
子供達は自発的に俺から離れ、戦闘態勢をとる。そして司令塔であるベリルから指示が飛んできた。
『エリア特徴的に氷属性と予想し、ダリアお姉様を軸に展開! 相性と地形を考慮してアルデお姉様は待機で、あっくんは水属性攻撃が機能するか確かめて!』
指示と同時にデンバラーに乱れ飛ぶ弱体化の嵐と、味方に飛ぶ強化――起きた部長とベリルによる戦闘準備が一瞬にして完了したと同時に、指示をもらった全員が動き出した。
『あ、駄目かも』
青吉の水属性魔法にとっての天敵は雷属性だが、最も厄介な相性は氷属性である。なぜなら攻撃自体を凍らせ無効化する可能性があるからだ。
デンバラーの奇怪な鳴き声によって青吉の水属性魔法はみるみるうちに凍らされてゆき、近距離戦闘しかできない俺とアルデは、転落の可能性を考慮し戦闘に参加できない。
有効打が期待できるのはダリアの炎。
そしてベリルの砲撃であるが――
『煉獄の炎帝』
黒炎を轟かせ爆ぜる炎。
デンバラーのHPが一気に11%減った。
ベリルはそれを見て作戦を決める――。
『お姉様の火力でこれだけ削れるとなれば、三人戦闘に参加できないのを考慮し、ここは総力戦よりも短期決戦型の一極集中が良いかと考えます。パターンDにしましょう!』
「了解! ダリア、頼むぞ!」
俺はベリルの指示に従い、パターンD――つまりダリアの完全蜃気楼を発動させた。
皆の姿が石へと代わり、それはダリアの胸に吸い込まれてゆく。ダリアの体が燃え盛ったその直後、そこに美しい炎の女神が降臨した。
ダリアが手で銃の形を作る。
そしてデンバラーにそれを向けた。
『炎神の矢』
放たれたのは緋色の光線。
ジュという焼ける音と共にそれはデンバラーの体を貫くと、吹雪が吹き荒れる空の彼方へ伸びて消える。
『炎神ノ玉』
ダリアの背中に無数の玉が現れ、それらは回転しながらマシンガンの如き動きでデンバラーに撃ち込まれてゆく――ボスとはいえどレベル差も相まって、デンバラーは反撃する事すら許されぬまま叫び声と共に落ちていった。
『残りはどのくらい?』
切れ長の目で俺を見るダリア。
その人間離れした美貌にドキリとしつつ、B.Bさんから貰った盾により上がったMPを確認する。
「残り52秒――って事は、顕現時間が倍近くにまで伸びてる」
それを聞いて満足そうに頷くダリア。
顕現時間がたったの30秒だった完全蜃気楼が1分近くにまで伸びた……つまり今、無双状態のダリアを戦場に1分近く置いておけるということになる。
九曜さんを結構楽しませられるかもしれない――そう思いながら、俺はダリアの完全蜃気楼を解いたのだった。