霊峰ノクトールへ!
工房に激しい金属音と火花が飛ぶ。
デモンさんはその巨体を存分に使って、アルデの小さな刀を力強く鍛え上げる。
「鍛え直すって、元々これを作ったのはデモンさんってことですか?」
「おう。魔王術を制御するのに必要だからな。この子を送るときに、一緒にしておいたんだ」
こんな中でもハッキリ会話ができるのはゲーム的な力を感じるが、アルデが召喚の際に刀を持っていた理由がここでやっと判明したことになる。
アルデの刀は不完全だった。
部長の固有武器はまだ見つかっていない。
部長が〝魔王術を使うのはまだ早い〟と語っていた理由は、この固有武器が不完全な状態・または所持していないからということだろうか?
未だに謎の残る魔王術。
しかしこれで、一つ理解を深められるかもしれない。
「できたぞ」
そう言って、鍛え直された刀を渡すデモンさん。受け取ったアルデはその刃の美しさに見惚れるようにして、刀を構えた。
【封印刀 黒波】
刀として使えるようになったが、真の力は未だ解放されていない。謎の金属で造られている。
必要筋力:10
筋力+100
性能は元々のに比べると10倍近く上がっているが、名前と説明文を読む限り、どうやらまだこれは完成品ではないらしい。
それを察してか、デモンさんは難しい表情で窓から見える霊峰ノクトールを指差した。
「この刀には特殊な金属が使われていてな、その金属の真の力を引き出すには、霊峰ノクトールの最深部にいる〝氷の巨人〟の真核が必要となる――と言われている」
「言われて、いる?」
「おう。かつての英雄オーガンが鍛えたとされる武器の中に、真核とこの金属を合わせて作られた物があると聞く」
俺はかつて、トルダと共にナルハのストーリークエストを進めた際、英雄神殿で彼が語った内容を思い出す。
〝鍛治王オーガン様。火の町では今でも鍛治技術が受け継がれているほどに、職人としての腕は他のドワーフ族と一線を画しており、他の英雄達を陰で支え続けた功労者ともいわれてます〟
ドワーフ族の天才鍛治士。
彼が鍛えた武器とデモンさんが作ろうとしている武器の材料が同じとなると、アルデの武器の完成品が固有武器であるならば、オーガンの武器の完成品もそうだったのかもしれない。
英雄達それぞれに合わせた固有武器。
固有武器とは召喚獣特有の物ではないのかもしれない。
とはいえ、霊峰ノクトールについて以前花蓮さんが言っていたのは――
〝霊峰ノクトールは攻略レベル75で未だ踏破されていない大型ダンジョン、です。私も以前挑みましたが二階層で罠に掛かって転落死、でした〟
攻略推奨レベル75で、未踏破。
今は分からないが、当時は難関だったという事を言っていた。
俺達のレベルは平均すると65がいい所。
花蓮さん達でも踏破できなかったダンジョンを俺達だけで攻略できるのか?
押し黙る俺に、デモンさんが何かを取り出し渡してくる。
「まあ無茶なことは分かってる。だからいつかこの子を連れた誰かが、ノクトール攻略に行くのを見越してコレを作っておいた」
見ればそれは小さいながら銃口がラッパのように広く、妙な形をした銃だった。持ち手の部分には赤い四つのメーターらしき物が光っており、それを指差しながらデモンさんが語り出す。
「こいつは〝解氷銃〟。ノクトールのモンスターは長い年月を掛けて分厚く蓄積形成された氷の体を持っているが、これを宙に撃てばその天然の鎧はたちどころに剥がれる」
いわゆる、霊峰ノクトールダンジョン専用の特効アイテムというやつだ。
まさかアルデの真名解放クエストを解放したプレイヤーのみに与えられる物ではないだろうが、これが何らかの難易度緩和に一役買ってくれるのだろう。
「ありがとうございます!」
「でもな、いいか? 霊峰ノクトールは半端な実力じゃとても生きて帰れない魔境だ。その銃があっても、敵の強さは並みじゃない」
《真名解放クエスト二段階目:霊峰ノクトールを踏破せよ! が、開始されました》
システムメッセージを確認しつつ、俺は窓から見えるその高い高い山を見上げた。
雲を突き破って伸びるその頂上で、アルデの刀を強化する物が手に入る――そうすればアルデが魔王術の暴走で傷付くことは無くなるかもしれない。
俺に行かない理由は無かった。
皆も同じように、力強く頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇
道中とは比べ物にならない猛吹雪の中、そのダンジョンに繋がる巨大な穴がそこにあった。
その山はまるで天まで伸びる巨大な氷柱。
その麓に穿たれた穴は、挑戦者を誘うかの如く暗く静かに佇んでいた。
「皆、ガム噛んだよな?」
最終確認をする俺に、全員が手を挙げる。
一応全員分の『なりきり北極探検』セットを購入し(部長用に買ったのを忘れてゴーグルがダブったが)着せてあるし、寒さ耐性がつく『アツアツガム』を食べさせている。
準備は万端だ。
いざ、霊峰ノクトールへ――