禁忌の町の過去
しばらくした後、アルデの父親は片膝にアルデを乗せながら、俺たちに声をかけてくる。
「悪かったな、娘をこんな所にまで連れてきてくれて」
「いえ、再会できてなによりです」
俺は笑みを浮かべながらそう答えた。
痛む胸を押さえながら。
「まずは自己紹介だな。俺は巨人族のデモン・マルグ。この禁忌の町で武器商人――といっても、ほとんどの仕事は木を斬る斧を作るだけの斧屋の店主だ」
そう言って、初めて笑みを浮かべたデモンさん。小人族であるアルデと似通った部分はほとんど無かったため、きっと母親の方に似たのだろうと想いを馳せる。
とはいえ、二人の目の色は同じだった。
目は父親譲りかも知れない。
「俺は召喚士のダイキです。こっちは上から部長、左にいってダリア、ベリル、青吉です」
紹介する中で、物悲しげにする青吉に気が付いた。青吉にとってのアルデは母親同然であるから、もしかしたら俺と似たような痛みを覚えているかもしれない。
俺は青吉を引き寄せた。
青吉も黙ってそれを受け入れる。
積もる話を色々聞きたい所だったが、俺自身にそんな余裕がなかったからか、口から出たのはクエストに関係しそうな事だった。
「あの、禁忌の町ってなんなんです?」
雪の町の住人はアルデをやたら毛嫌いする様子を見せていたし、こちらの町の住人は不気味な骨を被って生活している。二つの町には何か決定的な隔たりがあるのかもしれない。
それにデモンさんは答えてくれた。
しかしその回答は、俺が無意識に回避した内容に触れるものだった。
「それを説明するには、俺と、この子と、そしてこの子の母親について語らなきゃだな」
その言葉に、アルデは強く反応するどころか、その顔に暗い影を落としていた。
母親に会いたい――。
アルデはそう言っていたのに、そういえばこの家に来て、父親に会えたのにその言葉を一度も口にしていない。
嫌な予感がした。
「母親、もしかしてアルデの母親は――」
「ああ。この子を旅立たせる前に、死んだよ」
やはり、か。
アルデは俯いてはいるが、それを聞いて絶望したような様子は見られない。つまり彼女は、ハッキリとなのか薄らとなのかは分からないが、母親がもうこの世にいないと分かっていたのだろう。
その上で、会いたいと言っていたのだ。
会えないのを分かった上で。
黙り込む俺達に、デモンさんは語り出す。
「この子の母親は魔族だった。母親はこの子にそっくりだったよ。自分とこの子にまじないを掛けて、魔族であることを隠して大事に育てていた。魔族は元来、忌み嫌われる存在というべきか、恐れの対象であるからな」
今度はダリアと部長が気になったが、部長は相変わらず寝息を立てているし、ダリアに変わった様子はない――この年で〝自分はそういう種族である〟と理解しているのかもしれない。
俺はダリアも抱き寄せた。
不公平なのでベリルも抱き寄せた。
皆で固まるように話を聞いた。
「巨人族である俺と、種族を偽り小人族として生きていた母親とで、この町に移り住んだんだ。ここは最初、異種族同士で結ばれた者達の場所だったからな――でもそれも長くは続かなかった」
デモンはアルデの頭を撫でる。
アルデの頭には、牛に似た角がある。
「母親の〝魔王術〟が暴走したんだ」
「!」
魔王術――。
アルデの母親も魔王術を持っていたのか。
アルデの魔王術は親から引き継がれたもの……ということはつまり、部長の親も魔王術を持っている。デモンさんや部長の親から魔王術の事についても聞ける可能性が出てきた。
「もしかして、亡くなった原因は……」
「要するにそういう事だ。直接的には違うが、この子の母親は魔王術を制御しきれなかった。そして魔王術の余波で大勢が死に、魔族であることも暴かれてしまい――この町は魔族と結ばれた者達が最後に辿り着く場所となった」
直接的には違う。
その物言いと、デモンさんの腕にある深い傷跡で、俺は色々と察してしまった。そしてそれを尋ねる気にはならなかった。
「俺は、残ったこの子もいつか母親のような最期を迎えるんじゃないかと思ってな。余波によって親しい者を亡くした奴等に攻撃されるのも見てられなかったからな、この子を手放す事を決めたわけだ」
アルデの頭を撫でながら、そう語るデモンさん。俺はその理由を聞いて、父親の覚悟や深い愛情を感じ取っていた。
手放したくて、手放したわけじゃない。
その事実が、また俺の胸を締め付ける。
「だが、今更この子を返してくれだなんて言ったりはしねえ。まだこの町には、古い傷跡が残ったままだからな――俺ができるのは、この子が持ってる固有武器を鍛え直すことだ」
そう言って、アルデを優しく床に置いたデモンさんは工房の方へと歩いてゆく。そして工房の椅子に腰掛けたと同時に、俺の目の前にメッセージが現れた。
《アルデ の固有武器【尊き刀・黒波】を鍛えますか?》