イベントに向けて
仕事から帰った俺は、残像が残る程の速さ(のつもり)で家事を済ませFrontier Worldへとログインする。
明日はイベント一日目。つまり今日のレベル上げ次第で明日、そしてトーナメントにも大きな影響が出るのは容易に想像できる。
迷宮内部は俺が現在狩り場とする温風の抜け道のリザード達を遥かに凌ぐ強さのモンスターが跋扈している。
迷宮の後に控えるのはトーナメント。つまりはPvPであり、迷宮ではそれの練習を兼ねていると予想がつく。
俺がレベル14でダリアは10。第一線とはいかないケンヤ達でも平均16程度のレベルである。
掲示板によると最前線は25程度あるという。となれば、俺もそこを目指してレベルを上げていくしかない。
「ダリア。今日は忙しくなるぞ」
冒険の町にログインした俺は不思議そうに首を傾げるダリアを連れ、まず料理屋に駆け込んだ。
肉料理をせがむダリアには肉料理と一緒にデザート類も食べてもらい、魔力の底上げを図る。
そして俺も、筋力・耐久・器用を重点的に上げていく。
俺たちが強くなるための近道。それは『ボス討伐』。
フィールドボスは前提として1PT/6Pを想定とし、人数によって強さを変える。
少数で挑めば貰える経験値は相応の量となるが、修正も入った事により、以前の一つ目鬼戦以上の苦戦が予想される。
ただ、報酬も独占できるのは非常に魅力的だ。
経験値を上げる策もあるし、進化によってダリアのステータスは底上げされている。これによりリザード達との戦いも楽になっている筈だ。
まずは温風の抜け道でレベルが上がり辛くなるまで戦闘と技能調整だな。
――食事を終えた俺たちが風の町に着くと、既に普段より目に見えて多くのプレイヤーがログインしていた。皆が皆、装備のチェックと戦闘の流れをパーティで行っている。
俺と同じようにこれからフィールドでレベル上げに向かうのだろう。
俺たちの作戦はシンプル且つ合理的。俺が弾き、火力のあるダリアが追撃する。
若しくはダリアが遊撃手になり、俺がそれに合わせて動く。
――これだけだ。
フィールドに出ると多くのパーティが所々で戦闘を繰り広げているのが見える。
俺とダリアも例に漏れず、近くで湧いたリザード・アーチャーに狙いを定め、戦闘を始めた。
まずはスキル取得券で取ってあった技能『野生解放』をリザード・アーチャーに発動し、変化を見る。
野生解放はモンスターを強化してしまうが、その分経験値が上昇するという癖のある技能。
強化という曖昧な表現もそうだが、比率も何もわからない。
例えばステータスがAll 30で、経験値が150のモンスターがいたとしよう。そいつに俺が野生解放を使った場合、経験値は150から160になっただけなのに、ステータスが倍の60になったり、100まで上がってしまったりすれば、これはまごう事なきゴミ技能となる。
――何事もバランスが大事だ。ともあれ、強化にも色々あるしステータスだけとは限らない。
動きそのものにキレが増すのか、攻撃パターンが変化するのか、骨格が変わるなんて可能性も0じゃないが……。
リザード・アーチャーは赤い煙のようなものに包まれながら――しかし自我はあるようで、何事も無かったかのように矢を放った。
速度も攻撃パターンにも変化なし。とするとステータス自体の強化となるが……。
矢を番える隙を狙い、距離を詰めて盾突進を発動する。
リザード・アーチャーは遠距離攻撃型。一気に近付けば戦闘はこちらの有利に進ませられる。
リザード・アーチャーはカチカチと牙を鳴らしながら、右足で俺のバックラーを押さえつけるように踏みつけた。
――が、器用値に多くステータスが振られたコイツに押し勝てる筋力は……。
「なんだと!?」
――結果は、俺の押し負け。
種族的にも筋力が高そうではあるリザードだが、アーチャーは後衛職でパワーはクレリックに次ぐ低さを誇る。
以前戦った時、俺は今より二つもレベルが低かったのに力で負けるなんて事は無かった。
ダリアがすかさず火炎弾を放つも、素早く番えた矢により相殺された。
予想以上だ……。
予想以上に、野生解放によるステータスアップが働いている。名前からして自我が無くなり暴れるようなイメージだったが、全くその気配はない。
ともあれ、そしてコイツにパワーまで備わったとなれば……。
夥しい数の矢が流星のように降る。ダリアの闇膜により全弾の直撃は免れたが……。
「いっ!?」
半透明の紫の膜がガラスが砕けたような音と共に弾け、矢の強襲が俺たちを襲う。
予想を上回るほどに、一撃一撃に相当な威力が籠っている。
俺のLPは一瞬にしてレッドゾーン――つまり二割を切った。
息を吐く暇もないまま、リザード・アーチャーの引く弓と矢に風が集結し、螺旋状に渦巻き、絡まる。
ダリアを抱えて緊急回避すると、ワンテンポ遅れておよそ矢とは思えない威力を孕んだ一撃が通過した。
「こいつ、本当にリザード・アーチャーかよ……。リザード系最弱が嘘みたいだ」
野生解放の技能により、リザード・アーチャーはかなりのパワーアップを遂げている。
モンスターと召喚獣は別物だが、次のフェーズだ。
「『野生解放』」
再び野生解放を発動する。
――対象はダリアだ。どうなる?
リザード・アーチャー同様、ダリアも赤色の煙に包まれた。
瞳の色がダークレッドから輝く妖艶な紅へと変わり、漂う雰囲気が明らかに変わる。
ダリアは影縛りと、新しく覚えた魔法、火炎地獄をオーバーマジックを加えて同時発動した。
リザード・アーチャーは火炎地獄の危険度にいち早く気付くも影縛りにより足を取られ、回避が遅れる。
――かくして発動した火炎地獄。範囲内を表す周囲十メートルに円が描かれ、柱のように天へと伸びる火炎によりリザード・アーチャーは勿論、不運にも近くに湧いたリザード・ランサーをも飲み込み炸裂した。
もはや温風どころの騒ぎではない。ここら一帯の酸素が全て燃え尽きたかのような熱量に、俺は目をチカチカさせながら事の終焉を見守る。
あれ……火炎地獄って名ばかりで威力は火炎弾程度だった筈じゃ……。
炎が消えたその場所に、哀れな二体のモンスターの姿はなかった。
レベルアップを告げる音が鳴り、戦闘が終了した事実を知る。今回俺は技能を少し使っただけで何もしていない。
「と、とりあえずダリアのステータス確認しないとな」
野生解放にどれほどの効果があるのか、この瞬間まで俺は知りもしなかった。
名前 ダリア
Lv 11
種族 中級魔族
状態 野生解放
筋力__30[+20](+3)
耐久__30[+20](+10)
敏捷__30[+20]
器用__30[+20]
魔力__100[+20](+49)
召喚者 ダイキ
親密度 31/100
おいおいおいこれはおかしい。エグすぎる。今までの技能達とはエグみが違いすぎる。
確かにリザード・アーチャーは恐ろしくパワーアップしていた。レベルで劣る俺の筋力を野生解放によって上回るのも理解できる。
けどこれはなんだ? 全てのステータスが+20って破格すぎやしませんか?
召喚獣が適用内だったのは結果オーライだが、ここのモンスター二体を同時に瞬殺はぶっ壊れている。
ともあれ、レベルアップにより素のステータスが上がり、計算しやすくなった。とりあえず俺もレベルが上がったし、並べて見てみるか。
名前 ダイキ
Lv 15
種族 人族
職業 召喚士
筋力__45 (+26)
耐久__24 (+55)
敏捷__24
器用__43 (+8)
魔力__28
残り1ポイント
まず筋力だが俺の合計値は現状71、耐久は79だ。これは俺が前衛となる事を想定した故の数値であり、残りポイントも振ればもう少し上がる。
ここでダリアの合計値を見てみる。まず筋力は53、耐久は60とあるわけだが、戦い方次第ではあるものの、前衛としても十分に活躍できる数値だと言える。
敏捷は元より、ポイントを振っている器用は装備を含めてもダリアと同等だ。ポテンシャルが高すぎる。
――そして極め付けがこの魔力169。
リザード達が一撃だったのを見るに、これだけあればここら一帯を火の海にする事ができるだろう。
そして、今は回復したが俺のLPが減った状態であり、鼓舞術の降魔の布陣でも掛けてやればもっと伸びるかもしれない。
『どうだ』と言わんばかりのダリアに、俺はお代官様にやるみたいに深く頭を下げたのだった。
※食事や強化によるステータス変動値は、数字がややこしくなるため適用していません。これに+aされると思っていただけたら幸いです。