新たな司令塔
フルーツ狩りを堪能した俺達は、一面銀色の世界に来ていた。
四季の楽園はその名の通り、一つのエリアで四季を堪能することができる。
フルーツ狩りを行った秋エリアから少し進めば、周りは雪に包まれる――そして雪のエリアには特有の雪動物達も住んでいる。
「見て見て、雪うさぎだ!」
「木の上に白いふくろうもいる!」
「白キツネもいる!」
ここは俺が所有権を得た時点で戦闘禁止エリアに変わっているため、ここに住う動物達に攻撃することも攻撃されることもない。
さらに彼等はかなり懐っこいようで、ゾロゾロやってきた俺達を見つけた動物が寄ってきた。
「冬エリアも思いっきり堪能しましょう!」
紅葉さんの声を合図に、歓声と共に皆が散り散りになる。
冬エリアも秋エリアと同様に、趣味で娯楽施設を経営するプレイヤーが沢山いるため、各々スキーを楽しんだり凍った湖の上で魚釣りを楽しんだり、雪の動物達と戯れはじめる。
葉月さんもシルクとマオと共に雪の動物達と遊んでおり、その横ではダリアが雪の城を制作している最中だ。
自動追尾システムを召喚しながら、ベリルもそれに加わるため走り出す。
ギュギュと少しだけ硬い雪を踏みしめながら、俺もそれに合流した。
『砂より造りやすい』
『コレヲ、作成スル技術ハ、アリマセン』
『お姉様の大作を超える作品を作りますよ!』
見上げるほどのダリアの城を見て自動追尾システムはやる前から諦めているが、ベリルは負けじと雪だるまを作りはじめている。
俺は二人の戯れを眺めながら、葉月さんの近くまで足を進める。
葉月さんは白のこぎつね三匹とシルクとマオがじゃれあっているのを楽しそうに眺めていたが、俺の気配を察して立ち上がった。
「すみません、邪魔しちゃって」
「とんでもないです! こんな素敵な場所で遊べるのもダイキさんのおかげですし」
「厳密にはアリスさんの暴走のおかげですが……」
まさか水面下であんな事をしていたとは思わなかったが、結果として葉月さんの息抜きになったなら良しとしよう。
葉月さんは愛おしそうにシルクとマオを撫でながら、語り出す。
「いつか辞める日が来ると思ってはいたんです……でもそれは、私がどうしても辞めなきゃいけない、この子達とサヨナラしなきゃいけないちゃんとした理由があればの話です」
やはり辞める手前まで来ていたのか。
ここはゲームで、我々はゲームの中の繋がりしかない。彼女がゲームに冷めてしまえば、今日この日を迎えることは永遠になかっただろう。
「来たい、戻りたいという気持ちと、戻ればまた嫌な思いをするという気持ち。リアルの生活を続けている間、心の中にはずっとそんな葛藤がありました。変ですよね、ゲームなのに――どうしてもそう思えなくて」
「いえ、僕も同じですよ。この子達はもう僕の一部ですし、ゲームだと割り切って止める事はできそうにないです」
頭の上で寝る部長を撫でる。
この温もり、手触り、本当にリアルだ。
この子は、この子達は間違いなく〝ここ〟にいるんだ。
「同じ気持ちの葉月さんが、不本意に止めていくのを黙って見過ごせませんでした。友達ですから」
俺の言葉に、葉月さんが微笑む。
しんしんと降る雪が、少しだけ暖かく感じた。
◇◇◇◇
照りつける太陽。運ばれてくる磯の香り。
広がる砂浜の先には透き通る青い水平線。
冬エリアで凍えた体を溶かすため、俺達はそのまま夏エリアへとやってきていた。
NPCが運営する海の家のアーチをくぐると水着選択画面が現れ、皆、次々に装備が水着へと上書きされてゆく。
「召喚獣分の水着を選ぶのか」
とりあえず自分と青吉用に、パーカーとトランクスタイプの水着を選択。
そして、ワンピースタイプの水着に身を包んだ部長を含む娘達。
イメージカラーで選び、ダリアは赤、部長は黄色、アルデは緑、ベリルは白で青吉は青の水着だ。
「よし、各自遊んでおいで!」
俺の言葉を合図に走り出す子供達。
浜辺に並ぶ巨大なテントの奥から、肉串やトウモロコシの焼けた匂いが漂っており、ダリアは自然な足取りで肉串の列に向かい、並んでいる。
『青吉! あっちの姿で遊ぼう!』
『わかった』
「待て待て! そんなのやったら皆パニックになるぞ」
青吉は海竜で、海竜は水の町周辺に生息し、泳いでいるプレイヤーを襲う強モブだ。こんな場所で海竜が現れたら大パニック間違いなしだろう。
それに、青吉が海竜であることを説明しても、今度はどうやって仲間にしたかなどの説明に追われるのは目に見えていた。
そんな考察をしている間に、アルデと青吉は仲良く手を繋いで海に向かっていった。
部長は浮き輪に乗って海を漂っている。
レアな水着姿の銀灰さんに付き添われているから大丈夫だろう。
『ご主人様。折角の海ですから、泳いできたらどうですか』
浜辺のパラソルの下で掲示板にふけっていたベリルの横に腰掛ける。
機人族のベリルは水に弱いため、当然ながら海に入ることはできない。
俺は、寂しそうに海を見つめる彼女を放っておけなかった。
「さっきまで寒い場所にいたからな。今は日向ぼっこしていたい気分なんだよ」
『そうですか』
それっぽい言い訳を並べながら、俺達は皆が楽しそうに遊ぶ水平線を眺めていた。
不意に、ベリルが掲示板へと書き込んでいた手を止める。
『近いうちに、大規模戦闘があるんですか?』
恐らく銀灰さんとの会話で出た〝王国側と帝国側とのPvP〟を指しているのだろう。
ベリルは自分でその意味を調べてたどり着いたのだと推測できる。
俺はベリルが理解している体でそれに答える。
「そうだよ。俺達は王国側。鎧もある」
『それなら私たちは入念な戦闘訓練を積むべきだと考えます。チームワークという点において、私たちはまだ未熟です』
「う、うん。なんでそう思うの?」
『戦闘はほとんどダリアおねえさま、アルデおねえさま、あっくんの三人のうちの誰かが高火力で一掃しています。ご主人様は全体を見通し隙を作る役目がありますが、私と部長おねえさまが未だ全力を出しきれていません。それと、完全蜃気楼による――』
ベリルは驚くほど俺達の長所と短所、そして課題点などを深く理解していた。それは俺が全く考え及んでいない部分にまでおよび、すべてに説得力がある。
「……それ、全部自分で分析したの?」
『掲示板でPvPの立ち回りや役割を聞いた後、私たちにそれを当てはめてから課題点を出していきました。実力を近付けるため、レベル上げ後を想定しています』
驚いた。
こんな所に恐るべき頭脳があったとは。
彼女が抱いた疑問点は常に掲示板の住人とのやりとりによって最適な答えが導き出され、彼女の中で俺達のデータに当てはめ昇華させている――戦闘中、俺が常に状況判断して指示を出していた部分をベリルに任せられるなら、俺のパフォーマンスも更に上げられる。
ベリルの戦闘での役割は弱体化役。
今までのパターンなら、俺が最重要攻撃目標を決めてベリルに指示を出し、ベリルがスキルを使って目標を弱体化、それを待ってから皆に攻撃指示を出す流れだった。
しかし、ベリルが司令塔になれば、彼女が先行してスキルを発動し俺達に最適な指示を飛ばせる。攻撃の初動が格段に早くなる。
「よしわかった。なら次からはベリルの指示に従って戦闘できるよう、訓練を積んでみようか」
俺の言葉に、ベリルは意外そうな顔でこちらを見上げてくる。
『いいんですか? 私なんかの指示でパーティを動かしてしまって』
「荷が重ければ状況に応じて俺がサポートするから。まずはやってみることが大事だろ?」
ベリルは短く『そうですか』と答えた。
その表情は、どこか嬉しそうに見えた。