四季の楽園フルーツ狩り開始!
お久しぶりです!
四季の楽園フルーツ狩りツアーは、参加者1500人超の大人数で始まった。
この人数で一度に入ってしまえば軒並み無くなってしまうのではないか……という俺の心配は、農園に入った瞬間霧散した。
「地平線ならぬ、ぶどう平線?」
「これは壮観ね」
俺の横で、ダリアを抱き上げるアリスさんが呟く。
広がるのは赤に黒に白のぶどう。
頭上に伸びる枝と葉のカーテンから差し込む木漏れ日と、三色のぶどうのコントラストがステンドガラスのように美しく――下に敷き詰められた藁が日光を反射し、ぶどうの色鮮やかさがさらに際立っている。
延々とも言えるほど広大な規模の農園。
全員が入っても到底食べきれそうにない。
「同じように見えて、100を超える種類のぶどうがあります。ぜひ全種類ご賞味くださいませ」
園主さんの言葉を合図に、皆散り散りにぶどう園を進んでゆく。
食べたいぶどうを見つめるだけで、光を放って軸の根本から手元に落ちてくるシステムで、獣型召喚獣も自由に参加できるそうだ。
葉月さんを元気付けるためのイベント。
四季の楽園での目玉の一つ、果物狩り。
現実世界では実現不可能な、時期や環境に囚われずにあらゆる果物が栽培できるこのエリア。初めに向かったのは、ぶどう園だ。
「このパリッとした食感がたまりません!」
「当園自慢のタイニーマスカットです。25度を超える糖度と、ただ甘いだけじゃなくコクのある味わい。食べた後に広がるマスカット香と遅れてやって来るフォクシー香が……」
主役である葉月さんは園主さんと熱の入った会話を繰り広げており、両手にぶどうを持った港さんが、入ろうにも入れない様子でウロウロしているのがなんとも微笑ましい。
今回は俺たちは俺たちだけで堪能するか。
「私達はあっちに行こうねダリアちゃん」
『青吉! ケムリ達と一緒に周ろう!』
俺が声をかけるよりも早くアリスさんによって連れ去られるダリアと、新しくできた友達のもとへ向かうアルデに手を引かれる青吉。
部長は入り口付近にあるぶどうの幹の下で、ナデシコさんの膝を枕に寝息を立てている。
残された俺とベリル。
互いに顔を見合わせ、仲良く歩き出した。
◇◇◇◇
ぶどうといっても、園主さんが語っていたように種類ごとの味は全く異なる。
全て種無し処理をされているため皮ごと食べられるし、皮の食感、果肉の硬さ、香り、味、甘み、後味から全てが違って面白い。
見た目も上質な宝石のようで、粒をかざすと日の光が透けて見える。
「見るだけでも楽しいな、ここ」
『そうですね』
「……」
ベリルは掲示板に夢中で空返事。
果物嫌いなのかな。機人族だからかな。
思春期の娘を持つ親はこんな感じなのかな。
農園には俺達の団体とは別に、普通にぶどうを食べに来ているプレイヤーも多く散見できる。中でも防具が特殊なプレイヤーは、特に浮いているので目立つ。
俺とベリルの横で、ものすごい速さでぶどうを頬張るプレイヤーがいた。
全身ブラウンの統一色で、帽子を目深く被っており、線の細い体と長いもみあげも相まって性別は判断できない。
大きめのマウンテンパーカーを身に纏うその人物の風貌は、ゲーム内では、ある意味浮いていた。唯一ゲーム的な要素として、腰に刀を帯刀しているところか。
俺の視線に気づいたのか、その人物が動きを止める。
帽子のツバを人差し指で押し上げ、こちらに視線を向けたその人物は、美しい顔の男性だった。
「ん? あの団体の人か?」
男は今日のイベント参加者達を目で指す。
俺はうなずき、ベリルもうなずいた。
「召喚士のダイキです。この子はベリル」
『よろしく』
「よろしくダイキ。ベリル」
男は少し考えた後、はにかんだ。
「俺は侍のナハト。ここへはよく来るの?」
「いえ、初めて来ました。いい所ですね」
「だよな。俺もここが大好きだ」
腰の刀からしても納得の職業――しかし、堂々とした佇まいは、どこか強者のオーラが出ているように思えた。
ナハトは一つのふさを指差す。
「ぶどうはな、軸まで茶色くなっているのが完熟の証なんだよ。食べてみ?」
そのふさは枝の方まで軸が茶色くなっており、食べてみると確かに、今までのぶどうよりも甘味が高いように感じた。
「うわ美味しい。ベリルもほら」
ベリルの口に放り込むと、ベリルは目を輝かせてこちらを見上げた。
『ほんとうですね。それに、美味しい見分け方があるなんて』
ふさを綺麗に平らげ、残った軸が消える。
ナハトは満足そうに微笑んでいた。
枝を眺めるように見つめている。
「果物は芸術だよな。枝の剪定一つ見ても、残した枝、切った枝には一つ一つ意味がある――」
そこから火がついたようにナハトさんのぶどうトークが始まった。
葉月さんと園主さんをここに混ぜてあげたらどれだけ盛り上がるだろうと目で探してみるも、かなり離れた場所にいるようだ。
とはいえ、先ほどぶどうの味に魅了されたベリルはナハトさんの話に食いついているらしく、ナハトさんに読めるように文字で相槌を送っているのが見える。
知らず知らずの間に、ベリルが、様々な機能を習得してる……たくましくなったなぁ。
そこから小一時間、俺達はぶどうを食べながらナハトさんのぶどうウンチクを聞いていた。
「おーいダイキ君、そろそろ次の場所に移動しよっか!」
入り口付近で紅葉さんが手を振っている。
果樹園に行く時間が迫っているようだ。
「ベリル、そろそろ行こうか。ナハトさん、色々教えてくれてありがとうございました」
『勉強になりました』
ベリルは文字で挨拶をする。
ナハトさんは膝をついてベリルの頭を撫でた後、手を差し伸べ――俺は固く握手を交わした。
「こちらこそ、せっかく来たのに長話しで邪魔してしまって申し訳ない」
「いえいえ。あ、よかったらフレンドなりませんか?」
他の子より引っ込みがちなベリルが懐いてる人なら、ぜひともフレンドになっておきたい。ベリルのメール相手になってくれそうだし。
ナハトさんは笑顔のままそれに答えた。
「あー今は辞めておこう。次のイベントで必ずまた会えるから。その後なら喜んで」
「え? あぁ、分かりました……?」
そのまま、ナハトさんは新しいぶどうを求めて踵を返し、農園の奥に歩いて行った。
少し寂しそうなベリルを抱え、俺達は逆方向の入り口の方へと歩いていく。
「たくさん食べられた?」
「銀灰さん。それはもう堪能できました」
「そうか。それはなにより」
声の方へ視線を向けると、にこにこ笑顔で口にぶどうを放り込む銀灰さんがいた。
「そうだ、銀灰さん。次の運営イベントって、何かわかりますか?」
「次のイベント? 次は確か……王国戦争イベントじゃないかな? トーナメントの時に発表があったアレだよ」
王国戦争イベント。
確か、プレイヤーが王国側と帝国側に分かれて戦うはじめてのPvPイベントだ。
「それがどうかした?」
「あ、いえ――」
振り返り、ぶどう狩りを楽しむナハトさんの後ろ姿を眺めながら、俺達は園主さんに挨拶を済ませ農園を後にした。
短編など諸々も投稿してます!
書籍化した風使いの情報も!
詳しくは活動報告にて。