進化と現実
リザード・ファイターの重厚な斧を盾弾きで跳ね上げ、下段の構えからの青い閃剣で抉るように一閃。技が切れる瞬間に盾突進で身体を吹っ飛ばす。
「『飛閃剣』」
上段の構えから振り下ろされる剣から白の斬撃が具現化し、リザード・ファイターの身体を突き抜ける。
間髪入れず、ダリアの黒の破壊核が炸裂し、リザード・ファイターが光の粒子へと姿を変えた。
……なんかこう技を口に出すのっていいよね。本来なら構えと発動する意思があれば発動はするんだけど。
とかなんとか思っている間に、レベルアップを告げる音が鳴り、ダリアの身体が光に包まれていく。
先程のレベルアップでダリアのレベルは10になった――つまり、進化が始まったのだ。
小さかったシルエットが少しずつだが大きくなっていくのが見える。
ほんの数センチ程だが、確かに変化が見て取れた。
「遂に進化か……」
なんとなくだが、娘が幼稚園から小学校に入学したような、感情深い気持ちになった。
最初は少し戸惑ったが、定番となった肩車も『パパ、私もうそんな年じゃないよ!』とか言って拒否されるのだろうか……。
いつも口を拭いてやった食事も、自分だけで綺麗に済ませる事が出来るようになったり……。
あれ、ちょっと涙が。
物思いにふけっているうちに、徐々に徐々に光が晴れていく。と、無事進化したダリアがそこに立っていた。
100cm足らずだった身長は丁度100cm程になり、顔つきもどこか大人びた雰囲気になって……いない。容姿に変化は見られない。
ちょこんと小さかった角が後ろに流れるように少し伸びているのがわかる。
無事進化したダリアは『どうよ』と言わんばかりに俺の顔を見た。ダークレッドの髪がさらりと揺れる。
「まだまだ幼女の枠内なんだが」
人によっては気付かない範囲にしか姿が変わっていない気がする。
これでは幼稚園の年少さんから年長さんが関の山だ。
「ダリア……入学式は今年じゃないみたいだよ」
相変わらず話す事が出来ないのかしないのか。口を一文字のままに定位置までよじ登ってくる。
身体の具合が変わったからか、いつもより登るのに苦戦していたものの無事装備完了。
肩に掛かる重さ自体はあまり変わっていないな。クロっちや金太郎丸と違って容姿に大きな変化が無かったのには、何か理由があるのか?
名前 ダリア
Lv 10
種族 中級魔族
筋力__29 (+3)
耐久__29 (+10)
敏捷__29
器用__29
魔力__98 (+49)
召喚者 ダイキ
親密度 30/100
技能
【火属性魔法 Lv.17】【闇属性魔法 Lv.14】【魔法強化 Lv.16】【魔力回復 Lv.16】【オーバーマジック Lv.8】【怒りの炎 Lv.1】
種族名が中級魔族となった事で、上級魔族←中級魔族←魔族という進化図式が浮かんだ。
――次回の進化はいつだろう。また今回みたくレベル10刻みで進化するのか? 次はそれ以上のレベルを要するのか……。
さて、気になるダリアのステータスだが、やはり魔力の伸びが段違いだ。素の数値が三桁に届きそうな勢いだ。
進化によるボーナスは外見の変化に加えステータスポイントに10。そして新しい技能が追加された。
既存の技能にも一度目を通してみるか。
【火属性魔法 Lv.17】
火弾 / 火壁 / 爆発 / 火炎弾 / 火炎柱 / 火炎地獄
【闇属性魔法 Lv.14】
闇弾 / 闇霧 / 闇矢 / 影縛り / 黒の破壊核 / 闇膜
成長の伸びがいい火属性魔法では新たに範囲系魔法の火炎地獄が追加され、単体・集団にも対応可能となった。
威力は火炎弾と同程度で消費MPはかなり多い。今のダリアだと五発程度でMPが枯れるだろう。
冷静に使い時を選んで、こまめな回復をさせた方がいいだろう。
闇属性魔法もペンダントの補正もあって威力が上がり、ダリアも火属性魔法と半々程度に使うようになったため、現在はよく育っている。
内容としては、新たに加わった防御魔法の闇膜で、味方全体に闇属性の防御を展開し味方の闇属性耐性も上げるらしい。
そして新たに、怒りの炎という技能を習得している。
内容は主のLPが減る度にステータスが上昇するPassive技能。
LPが回復すると元に戻るようだが、技能のレベルと親密度で上昇する数値が変わるらしい。
「火力の底上げか、助かるな。……けど一番の変化は」
ダリアのステータスを開くまでに気付いた変化――俺自身のMP量が増えていたのだ。
いや、増えたという表現は間違っているか……戻ったというのが正しいな。
ダリア魔力解放に伴い俺のMPは3/4が使用不可能になっていた。が、今回の進化による恩恵なのか、もしくは別の理由でMPが1/2まで使えるようになっていたのだ。
ダリアのステータスが下がった風もない。
これは助かる。使える技の幅も広がるし、火属性魔法も無駄に終わらずに済みそうだ。
ともあれ、
「なんだっていきなり? もはやクリンさんみたく、進化に伴って支払う対価の増加とかも危惧してたんだけど」
対価の条件及び緩和される条件は進化に関係ないのか? 紅葉さんのクロっちに関しては、魔力解放の予兆も何も無かった。
他に鍵となる部分は……親密度か? ダリアの親密度はこれで丁度30。もし30が緩和の節目なら、単純に考えると親密度60で3/4、親密度90なら全てのMPが解放される計算になる。
――あくまで仮説に過ぎないが。
久しく見ていないが、攻略掲示板にも後で目を通してみようかな。
召喚士の掲示板、順調に盛り上がっているといいんだが。
風の町に戻るまでの道中、非常に多くの戦闘中パーティを見かけた。
彼らに共通していたのは連携を意識した集団での戦闘。そして役割の確認。
やはり二日後から始まる大型イベントに向けての追い込みをしているようだ。
宿屋に入り、ダリアをベッドに降ろす。
ログアウトボタンを呼び出しながら、自分を鼓舞する。
「おし! 早速明日、常務に頼み込もう!」
そして決意を胸に、俺は意気揚々とログアウトした。
「だめだった」
「当たり前だからな」
会社の昼休み。しょぼくれる俺に謙也がコーヒーを投げ、隣のベンチに腰掛ける。
ギシリと音を立てたベンチも、長い間外に放置されていた結果、元の緑色が白っぽく濁ってきていた。
やはり風化の速度は室内の比ではない。
「だいたいお前な、一般的に考えて一日前に有休申請して通るわけないだろ」
「二日前に告知する運営が悪いんだよ」
「いや、まあわからんでもないけどな」
ぷかりと煙を口から吐き出しながら、謙也は空を見上げた。
昼休みに会社の屋上で飯を食うのは俺たちくらいで、最近では昼になる度に謙也とここで飯を食いながらFrontier Worldの話をして過ごしている。
「隣の部署の俺にまで聞こえてきたっての。馬鹿正直に『ゲームしたいので有休を下さい』だもんなー。常務も『あれでも営業トップ3だからなあ』って呆れてたぜ」
「あれとは酷いな。なんにせよ駄目元だったし、変な嘘つく必要ないし」
「いやいや、親の……まあ、他の理由とかいくらでもあるだろ」
「ま、明日は元々休みだし、一日目だけで楽しむ事にするよ」
質素な弁当に箸を入れながら、もらったコーヒーを啜る。甘みのない、好きな味だった。
謙也と俺は同じ会社の同期で、今は部署が違うものの五年前の新入社員歓迎会の時に意気投合してからは、自然と二人でいる時間が増えていった。
片や営業で片や総務だが、忙しくなければ昼の時間を共にする。休みの形態は違ったりするが。
「大樹も読みが甘いよな。俺はサービス一週間のタイミングと一ヶ月のタイミングで既に有休は申請済み」
「読み不足か。俺も引退だな、営業マン」
――まあ冗談はさておき。常務取締役に怒られただけで二日後の有休はもらえず、俺はイベント一日目とトーナメントの時のみ参加できるスケジュールとなった。
まあ、21・22と二連休頂けたんだから感謝しなければならないな。
弁当を袋に戻し、残りのコーヒーを飲み干したタイミングで屋上のドアが開き、お団子頭にした茶髪の女社員が現れた。
「さっむ……またここにいたの? こんな殺風景な場所のどこがいいんだか」
とかなんとか、文句を言いながらも隣に座ったのは、同じく同期で事務の木下 椿。キツい性格の持ち主で、彼氏なしのアラサー女である。
「そんな殺風景な場所に、なんだかんだ来ちゃう椿なのであった」
「うるさい」
謙也がパーティメンバーにしたように椿を揶揄うものの、冷たい一言で会話が強制的に終了する。
――いつも通りの風景だ。
「大樹さ、ゲームしたいって理由で有休申請して常務に怒られてなかった?」
「もういいんだよその話は」
「へーえ。まあいいけど。……っていうか、ゲームって前言ってたやつ?」
「そう。俺と謙也が徹夜で並んだゲーム」
「ふーん」
椿はつまらなそうに、糖分たっぷりの菓子パンを齧る。
「どんなゲームなの?」
「お、やっぱ興味あったんだ」
椿と仲良くなったのも新入社員歓迎会の時。
一人でつまらなそうにしていた所に、二人で声かけたのが始まりだ。
彼女も結構なゲーム好きである事がその時に判明している。
といっても、彼女は多くの趣味のうちの一つと言えるが……。
ともあれ、ゲーム内容と金額等を教えると、椿は口を尖らせた。
「へー。結構高いんだ。やりたいから買ってよ」
「馬鹿言うな。そんなのは事業部の吉原課長代理に言え。金持ってるぞーあの人」
親指と人さし指で丸を作りながら、揶揄うように笑う謙也に、椿は冷ややかな視線を向けた。
家庭用ゲームとしては結構な値段のするFrontier World。無趣味な俺は娯楽費が掛からない分迷う事なく買えたものの、服や料理、バイクと多趣味な椿では何かを我慢して買う覚悟が必要だろう。
彼女が始めれば勿論手伝うが、強制はしない。
「俺も謙也も全く貸す気はないが、椿が始めればいいなとは思ってる」
「まあ検討かな。じゃー午後も頑張りましょう」
「「おう」」