葉月の気持ち
side――三好 葉月
トリマーの仕事に就いたのは、動物が大好きだから。
「先輩、お疲れ様です!」
「はい、お疲れ様」
元気に手を振る後輩に精一杯の笑顔で応えるも、私の心には靄がかかったままだ。
大好きな仕事をしていても、気分転換に甘い物を食べても、根本的な解決には繋がらなかった……私が腐っている間にも、シルクとマオは私が帰るのを待っているのだから。
息抜きに始めたゲームなのに。
あの場所は、間違いなく私の大切な居場所だった。
「今日は何しようかな」
大通りに出て、人混みに溶け込む。
誘われた合コンに行くべきだったかな。
いや、寂しさのはけ口にするのは良くないよね。
「もしもし」
ポケットの携帯が鳴り、イヤホンマイクを付けながら電話を取る。
名前見なかったけど誰だろう。仕事の予約電話かな?
『もしもし? 葉月ちゃん?』
「あ、紅葉さん!」
相手は長谷川 紅葉さんだった。
元気な声が携帯越しに聞こえてくる。
『仕事の帰り?』
「はい。紅葉さんも終わりですか?」
『うん、そうだよ! でさ――』
それからしばらく会社の新入社員が美男子だとか、私の仕事はどうかとか、世間話に花を咲かせてくれる。
紅葉さんは話し上手だし、聞き上手だ。
化粧品会社柄、人と関わる機会が多いからだ――と、言っていたけど、私もお客さんと話す機会は多い。
彼女は社会人としても完璧なんだろうなぁと、少し自分が情けなくなってしまう。紅葉さんと知り合ったのがFrontierWorldというのも、私の気持ちを暗くさせる要因でもあった。
『――でさ、可笑しくって……って、あれ、どした?』
「あ、ううん。何でもないです!」
『でね、ダイキ君が四季の楽園エリアに家建てたんだって! ねね、遊び行ってみない?』
「四季の楽園って、ちょうど私行きたかった所です! でもあそこって、土地の相場が一二を争うほどの高級エリアって聞きましたが……」
『まあ彼は人脈のお化けみたいなものだから』
いい人には自然と人が寄ってくる、か。
ダイキさんの家なら行ってみたいな。
久々に、あの子達にも会いたいし。
これがいいキッカケになるかも……?
「行きましょう!」
『ん、わかった! じゃあ19:30に王都ポータル前で集合ね!』
と言い、紅葉さんからの通話が切れた。
久しぶりのゲーム、ちゃんとできるかな。
タクシーを拾い、乗り込む。
夜の光が線となり、流れてゆく。
頭をもたげたガラスに映る自分の顔。
不安なのか楽しみなのか……不自然な顔。
揺れるタクシーの中、流れる風景を見つめながら、私は複雑な気持ちで帰路に着いた。
*****
ログインした場所、そこは私の夢のカケラだった。
手入れされていなくても綺麗なままの家具と、楽しい写真達――そして、
「シルク、マオ……」
足元でじゃれつく二匹の召喚獣。
特殊な召喚士へのクラスアップは、私の天命だと思った。
動物が好きで、動物が好きな人が好きな私にとって、その架け橋となれる職は小さい頃からの夢――召喚士が召喚獣達ともっと仲良くなれると信じて疑わなかった、のに。
『んーやっぱ別のにすっかな』
『全然懐かないじゃん、何こいつ』
愛情の表現は人それぞれだと思う。
私の視野が狭かっただけ、だもんね。
変わらず寄り添ってくれる二匹を抱き寄せると、くすぐったそうに、嬉しそうに鳴いている。
一歩が踏み出せず、こんなに待たせちゃったね。
「ごめんね……ただいま」
頬を擦り寄せてくる二匹の温もりが優しくて、とめどとなく涙が溢れてきた。
*****
王都ポータル前に着いた私達。
相変わらずの賑わいをみせる王都ポータル前に、紅葉さんと召喚獣達、そして港さんと召喚獣達の姿もあった。
「あ、葉月さんおーい!」
「こんばんは。お久しぶり、です」
「お、おう」
休止後もリアルで電話や遊んだりは何度かあったけど、ゲームで会うのは久しぶりだ。
港さん、私の事覚えているかな。
目が合わないから不安になってしまう。
「じゃあ早速いこっか」
「あれ、ポータルから行けましたっけ?」
確か四季の楽園に行くには、王都を出て少し行った先の桜の木の下から向かうハズ。
紅葉さんは人差し指で「チッチッ」とやってみせ、何故か得意げに腰に手を当てる。
「それは土地を購入するだけだとそうなるけどね、聞いて驚くなかれ、ダイキ君は――」
「エリアそのものを購入したらしいぞ」
「ええ?! エリア購入?!」
エリア購入は土地を買うとか、家を買うよりも更に桁が四つも五つも変わってくると聞いたことがある――それもあの四季の楽園を、となるとその額は……?
とはいえ、ダイキさんならあの子達のために、それだけのお金を惜しげもなく出すのは容易に想像がつく。
「み・な・と・さ・ま??」
温めておいた発表を横取りされ激昂する紅葉さんと、追いかけ回される港さんのやり取りにひとしきり笑った後、私達はポータルに手を添える。
【四季の楽園:ダイキ】
本当にエリアを買ったんだ……。
その部分に意識を合わせる、と、暗転からの明転を経て、ずっと行きたかったその幻想的な空間が視界いっぱいに広がった。
「うわぁぁー……!」
あまりの感動に、思わず言葉を失う。
リアルでは見ることのできない、一箇所で四季を楽しめる空間。豊かな自然に溢れ、動物が住み、明るい空に星が輝いている。
ポータルは小高い丘に設置されていた。
そこから見下ろすと、少し先にある花畑に囲まれた美しい湖の上に、可愛いお城が立っているのが見える。
あれが、ダイキさん達のお家?
「素敵……」
「うっわーーすっごいねこれ」
隣に立つ紅葉さんは目の上に手をあてがって風景を楽しんでいる。クロっちやソラちん達も、我慢できずに大空へと飛び立った。
湖の周りには大勢のプレイヤー、そして召喚獣達が遊んでいるのが見える。
じんわりと、目尻に涙が滲んでいた。
夢のような場所が、目の前にある。
私が理想としていた場所が。
「……いこっか。ね?」
「……うん」
紅葉さんは優しく手を握ってくれた。
涙、見られてたかな。恥ずかしい。
私達はゆっくり丘を下りてゆく。
湖のほとりで騎士が舞っているのが見える。
確かあれは紋章ギルドの鎧、だったかな?
金色の髪が揺れ、笑顔が弾ける。
盾は火花が弾け、金属音が耳をつんざく。
「やるなアルデ。これぞブシドウ」
めまぐるしい攻防を繰り広げているのは、ダイキさんの所の三女ちゃんだった。
周りには帯刀した召喚士や召喚獣達が、歓声をあげながらその風景を見守っている。
嬉しそうに眺めてるあの人は、銀騎士さん、だったかな。ここにいる全員が召喚士というわけではないみたい。
集団で三女ちゃんの写真を撮る男性達。
忙しなく動く紋章のギルドマスターさん。
ポータルから次々とプレイヤーが現れ、遊んでいる人達と楽しそうに合流していた。
四季の楽園、か。
本当にここは楽園のようだ。
誰もが知る召喚士の戦乙女さんの姿もあった。
周りにいる強そうなのが召喚獣達かなぁ。
膝上にいるのは、部長ちゃん……?
機人族の女の子が、鬼のような召喚獣を追いかけているのも見える。
別の場所では、色々な種族の召喚獣に囲まれ困り顔の男の子が居たりと、かなり賑やかな空間だと分かる。
「ぬはーお嬢ちゃんには敵わんのう」
「スキル持ちに勝つダリアって……」
湖に向かって釣り糸を垂らす三人組。
一人は老人、一人は少女、一人は――
港さんの召喚獣キングちゃんが飛びつき、「わっ!」という声と共にバランスを崩す男性プレイヤー。
背後の私達に気が付いたのか、キングちゃんを抱き上げながら顔を上げる。
「ダイキさん!」
「あ、おお! 葉月さん。皆さんも、ようこそ」
柔らかな笑顔でダイキさんが迎えてくれた。