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四季の楽園


 ナデシコさんの正式入団が決まったのは、二次面接後の事だった。

 反応から見ても明らかな合格案件だったのに、きっちり二次面接も行なっている部分に、銀灰さんの真面目さが垣間見える。


「はい、じゃあコレがうちの制服ね」

「素晴らしい! 素晴らしい! 素晴らしい!」


 渡された鎧を抱いて大興奮のナデシコさん。

 紋章ギルドとしても、アメリカのトッププレイヤーである彼女の参入は相当なアドバンテージとも言えるだろう。


『ナデシコ、喜んでる!』

『夢が叶ったんだよ。良かったね』


 胸の前で両手をグーにして目を輝かせるアルデの頭を撫で、一緒にナデシコさんを見る。彼女は早速、紋章ギルドの制服に身を包み、くるりと一回転してみせた。

 さながら、西洋の美形騎士といったところか。


『夢、夢かぁ』

『アルデは何か夢はあるの?』

『拙者は……そうだなぁ』


 アルデはたっぷり3秒ほど言い淀み、


『母上に会いたい』


 と、呟いたのだった。


 俺の視界がぐらりと揺れる。

〝母上に会いたい〟

 今まで誰の口からも発せられなかった本当の親の存在――いや、青吉の件である程度の予想はついていた。皆の真名解放を行うには、故郷にいるであろう本当の両親に会わせる必要があるのだと。

 青吉と海竜神のやり取りを見て、忘れていたもの、我慢してきたものが呼び起こされたのだろうか。呟いた本人(アルデ)も、驚いたように俺を見た。


『だ、ダイキ殿……!』

『いや、それは当然の気持ちだよアルデ』


 話に混ざってこないだけで、ダリア、部長、ベリルは複雑な顔をして押し黙っており、青吉だけが首を傾げていた。

 名持ちモンスターと召喚獣の関係性。

 本当の親と真名の存在。

 この子達に本来の力を与えるには、避けては通れない召喚士の義務だと考える。


『絶対会わせるから』

『……』


 不安そうな顔のアルデの頭を撫でる。

 ダリアは最後まで複雑な顔をしていた。



*****



 事件は合格発表後の余韻に浸っている中で起こった。


『あ。アリス』


 いち早くその存在に気がついたダリアが狭い廊下の奥を指差した。

 よく見ると、そこから周りを警戒するように顔を動かすアリスさんが、俺たちに向かって手招きをしているのが見える。

 銀灰さんとナデシコさんは盾役の理論についての熱い議論を繰り広げており、その存在に気付いてはいない。

 面接一緒だったのになんだろう。

 相手がアリスさんだからだろうか。一抹の不安を抱えながら、俺達はアリスさんの元へと向かった。


「ダイキ君ダイキ君」


 どうやら銀灰さんを警戒しているようだ。

 俺たちを曲がり角の奥まで進ませ、まるで胡散臭い押し売りセールスのおばさんのような雰囲気で笑みを浮かべている。


「どうしたんです? 自分のギルドでそんなコソコソと」

「こ、コソコソなんてしてない! 別に、堂々としてるわいつも!」


 と、明らかに動揺して見せた後、アリスさんは得意げに「まぁ付いてきて」と俺の背中を押した。

 どうやらこの通りにはギルドの資産が置かれている部屋が並んでいるらしく、装備品から貴重品から個人名まで書かれていた。

 銀灰さんが一部屋だけなのに対し、アリスさんの部屋が何部屋もあるのは、なんだかとても分かり易い。

 奥に行くにつれ個人名だけの宝物庫が並んでおり、その中に何故か俺の名前があった。

 同名プレイヤーか? と思いそのまま進むも、その後およそ6部屋、ダイキという名前の宝物庫が続く。


「(あれ……?)」


 何故ここにアリスさんが連れてきたのか――という理由を考えた時に、俺の中で、頭が痛くなるような結論が導き出されていた。

 満面の笑みで、ダイキ部屋の最後の扉の前で止まったアリスさん。


「さあ、もう気付いてるわね! ここのダイキって書いてある宝物庫は、全部ダイキ君とダリアちゃん達用に集まったアイテム群よ!」


 その掛け声と同時に6つの扉が開け放たれ、ゴロゴロと様々なアイテムが流れ出てきた。

 アリスさんはその内の1つを素早く拾ってみせて、目を輝かせながら指で主張する。


「これ! このドラゴンウッドは建築木材としては最高の素材だし、色よし香りよし耐久度よしの三拍子揃ってる!」

「……」

「こっちは石材、こっちはガラス、こっちは農業機材!」


 無邪気な子供のように次々にアイテムを見せては替え、見せては替えを繰り返す。

 子供達の反応は様々で『す、すごい!!』と喜んでいるアルデと、山の中に肉が紛れているのを見つけ鼻の穴を大きくするダリア。

 部長と青吉は無関心で、ベリルは『これは定価780K(78万)Gの〝PJー604〟ですか……こっちは青いタイプだと価値が……』と、取り憑かれたように調べ物をしている。

 そしてアリスさんはとっておきのアイテムを手で掴み、掲げる。


「そしてこれが、あの四季の楽園のエリア譲渡権で――」

「いりません」

「えっ」


 俺の言葉に、アリスさんは目をまんまるくした。

 逆にこれだけの物をスッと受け取る人がいるとでも思ったのだろうか。エリアの譲渡や建築資材……土地に巨大な城でも建てろと言わんばかりの量だ。


「えっ。だってエリアなら私もいつでも遊びに行けるし便利だと思わない?」

「貴女の欲望のために何人の人を巻き込んだんですかこれ……」


 ため息混じりにアイテムの山を見渡す。

 全部がアリスさんからの贈り物とは到底思えないレベルの量がある。


「ほら、流行ってるじゃない。要はCrowdfundingよ」


 ケロリとした様子で人差し指を立て、笑みを浮かべるアリスさん。


「投資されても何も提供できませんし」

「と、思うじゃない? その空間にダイキ君達が居るだけで皆大満足よ」


 ケタケタと笑うアリスさん。

 その後ろに笑顔の銀灰さんが迫っている。

 俺はあなたに全て任せると目配せした。


「マスター?」

「うわっ! あらやだ、私の個人的なアレがアレだわ! ほほほほ……」


 銀灰さんの登場に慌てふためくアリスさん。

 銀灰さんは落ちていたアイテムをいくつか拾い、部屋の名前を見た後、全てを察したように大きな溜息を吐いた。


「コソコソなにか集めてると思っていたら……こんなもの、ダイキ君達が受け取るわけがないでしょう」

「うぐぐぐぐ」


 恨めしそうな目で銀灰さんを睨む。

 銀灰さんはアイテムを戻し、腕を組んだ。


「ほら、全部返してきてください」

「これ全部!?」

「ダイキ君が必要ないって言った以上、ギルドの備品にするわけにもいかないでしょう」

「わぉ。紋章は宝物庫も一流だな」


 ナデシコさんも顔を覗かせている。

 アリスさんはすっかり意気消沈し、床に〝の〟を書いている。


「いったい何人が送ってきたんですか」

「……ざっと3810人」

「仕事増やすの止めてくださいよ」


 俺の問いに、いじけながら答えたアリスさんと、額に手を当てる銀灰さん。

 その人数に全部返すのも骨が折れる、か。

 かといってエリアも城も必要な――いや。


「折角だし、」

「え?」


 俺は1つひらめいた。


「アリスさん。送ってくれた3810名と連絡は取れますか?」

「……ええ、専用の掲示板で」


 悪びれる様子もなく答える。

 なにを作ってるんだこの人は。

 俺はメニュー画面からフレンドを開き、紅葉さんにメールを送った。


〝葉月さんを元気付ける会。場所決めました〟



*****



 四季の楽園、という場所がある。

 位置は王都から北西にしばらく進んだ先、大きな桜の木の根元から行けるのだと、秀じいさんは語った。

 ポータルから一瞬で飛んできた俺には知り得ない情報。その桜の木も見てみたい。


「いやはや、まさかこのエリアを購入する富豪が居るとは思わなんだ」

「値段はあえて聞かないようにします……」


 切り株に腰掛けながら建築風景(・・・・)を眺め、二人でお茶をすする。

 建築に取り掛かるまで一瞬だったなぁ――と、忙しく建築に取り掛かるNPC達を遠い目で見つめる。


「しばらくの間お騒がせします」

「とんでもない。賑やかな隣人ができて嬉しいよ」


 秀じいさんは愉快そうに笑った。

 この秀じいさんとは、この四季の楽園の虜となり、移住してきたというプレイヤー。しわくちゃの腰の曲がったおじいちゃんアバターの彼は、ここから少し離れた場所に土地を持ち、農業と釣りを楽しんでいるらしい。


『次こっち』

『その次こっちー!』

「天国!!」


 長女(ダリア)三女(アルデ)に腕を引かれ幸せそうなアリスさん。

 銀灰さんとナデシコさん、そして青吉は湖で釣りをしながら親睦を深めている。


「一つのエリアで四季を楽しめるのは、なんか欲張りな感じがして罪深いですね」

「ほほほ。そうじゃの。今やここは娯楽系プレイヤーが一番住みたい場所。農業をするのも釣りをするのも、ただ時を過ごすのも楽しい場所じゃ」


 気持ちのいい風が吹く。

 膝上で眠る部長、背中にベリルの背中を感じる。

 四季の楽園は名前の通り春夏秋冬を一箇所で楽しめるエリアで、少し視線を動かせば、紅葉と桜と向日葵と雪だるまを見る事ができる。

 広い湖は、まるで魚が浮いているかのような透明度。端の方は氷が張っており、住んでいる魚も違うという。

 風に揺れる、色とりどりの花。麦畑。

 大きく実ったトウモロコシ。苺。ぶどう。

 キツネとタヌキが喧嘩している姿を、猿の親子が眺めている。


 ここには大自然が凝縮されている。

 秀じいさんの言葉に偽りはなかった。


『パパ。釣れた』


 身の丈を超える魚を持った青吉。

 銀灰さんとナデシコさんもやって来る。


「お。すごいの釣れたな」

『これ、おやつにする』


 その場でムシャムシャと食べ始める青吉。

 銀灰さんは建設現場とアリスさんに視線を向けた後、申し訳なさそうに俺へ頭を下げた。


「悪かったね、ワガママに巻き込んで」

「いえ、俺の方もちょうどイベント開催を控えていたので、これ以上ない会場が用意できましたよ」

「私も参加してみたらいいか?」

「それはもちろん!」


 ナデシコさんを誘うのも忘れないように、頭の中でメモを取っておく。

 イベントは最速で明日、開催できる。

 現在、材料全てを注ぎ込み、大工NPCによって超高速建築が行われており、どんな大きさでも今日中には完成するらしい。

 後は紅葉さんからの返信を待つだけ。


「ここには何ができるのか」

「ここにダイキ君達の家が建つんだよ」

「そうか。Knight's countryよりでかい」

「公共施設扱いにすると思いますけどね」


 流石に紋章ギルド以上の広さの建物を俺たちだけで使いきれない。

 ゆくゆくはここが全プレイヤーの休憩場所になればと思っているから、エリア保持者権限で基本的に誰でも来れるようになっている。


「ここを会場にしたイベントなら、相当な規模でできるんじゃないかな」


 風に髪を揺らしながら、微笑む銀灰さん。

 場所だけでなく、催し物も色々考えなければ。

 ここが葉月さん(彼女)にとって、心安らぐ場所になることを信じて。

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