ナデシコ
場所を移動し、現在地はナット平原のいつもの木の下。
騒動を見て集まった野次馬達も解散し、現在は少女の姿に戻ったダリアと、部長、アルデ、ベリル、青吉が女性プレイヤーの元へ集まっている。
「ああ、外国の方でしたか」
「そうだ。よろしくお願いしたい」
違和感には気付いていないようだが、きっと彼女は日本語を話しているんだと思う――とはいえ、このゲームの自動翻訳機能はかなり優れていると聞くし、寧ろ英語を話してもらった方が良いのかもしれない。
そんな無粋なことは言わないが。
彼女はわざわざ日本サーバーにキャラを作っているのだから。
『名前教えて』
「この子供は何をいっているか?」
「あなたの名前を知りたがってます」
俺の言葉に、女性は微笑みダリアを撫でる。
「私、ナデシコっていう」
『ナデシコ』
『ナデシコ!』
復唱するダリアと、叫ぶアルデ。
「ナデシコって、すっごい日本ぽいですね」
「日本人らしい名前。調べて付けたよ」
日本人・名前で調べて〝大和撫子らしい名前が〜〟みたいな見出しのサイトがヒットして付けたのだろうか。
ナデシコさんが俺を見上げる。
「あなた、Coat of Armsを知っているか?」
「ええ、知ってますよ。日本最大のギルドですよね(発音いいな……)」
「私、そこのギルドに入るために日本のサーバーに来たよ」
なるほど、そういう理由か。
紋章ギルドはエキシビジョンマッチの際、海外にもその存在をアピールできている。
「ナデシコさんはこのゲームを初めてプレイするんですか?」
「いいえ。少し前までAmericaに居ました」
「ええと、コンバートシステムは使わなかったのですか?」
確か、既存のキャラを海外サーバーから移動する方法があったはずだが……。
「あっちの友人とも遊ぶ予定がある」
「なるほど。ゲームを二つ購入したんですね」
「そう」
数万円もするVR機器を、紋章ギルドに入るためだけに購入したのか。相当な熱量だな。
「話を戻しますが、紋章ギルドには知り合いがいますから案内することはできますよ。ただ……」
常に入団希望者多数だから、確か面接をして人数制限をかけていたんだよな。
彼女の熱意を汲んで口利きもできるが――
「その場所に連れていってくれたら、後は自分でやる。気にするな」
満面の笑みでそう答えるナデシコさん。
野暮だったか。余計な事はしないでおこう。
「なら王都の紋章ギルド前まで案内しますよ。皆、出発するぞ」
『はーい』
元気よくナデシコさんと手を繋いで立ち上がるダリア、アルデ、青吉。対照的に、仰向けで寝ている部長と、掲示板を眺めるベリル。
「ほら、いくよ」
『えー? どこにー?』
『そうか、草はwから来ていてwは笑い声を表現する……』
四女から掲示板を取り上げる日が近いな。
*****
紋章ギルドには、王都のポータルから彼等の居る土地へと飛ぶ必要がある。少し心配なので、俺達はギルド内部までの案内を請け負った。
ポータルから移動してきた俺達は、小高い丘の上に鎮座するこの巨大な城の前にやって来る。
「ここがCoat of Armsか?」
「そうですよ。立派ですよね」
「Americaで私が所属するギルドも、大きな土地を持っている」
「そうなんですか。因みに、なんて名前のギルドなんですか?」
「Knight's country」
ピンと来なかった。
外国のギルドをよく知らない俺が悪いか。
世間話を交えつつギルドの入り口をくぐると、およそ百数人は居るであろう騎士達が、各々好きな事をして過ごしている光景が広がった。
全員が統一の鎧を着ている様は圧巻の一言に尽きる。
「ッ……!」
ナデシコさんが少し緊張しているのが伝わってくる――遠路はるばる、ここに所属したいがために海外からログインしてきた彼女の心境を、俺には計り知れない。
アルデが笑顔で『行こっ?』と誘う。
こういう時、彼女の気遣いは光るんだよなぁ。
ナデシコさんも意を決して足を進めた。
「あれ、おい」
「ああ、有難いな」
「何言ってんだお前。マスター呼んでこいよ」
俺たち一行は良くも悪くも目立つ。
既にひそひそ話が聞こえてきており、少なくとも〝俺たちがこの初心者プレイヤーをここまで連れて来た〟という光景は植え付けられただろう。
これが採用のひと押しになればいいが……とりあえず、案内はここまででいいだろう。
入団希望者用の受付付近まで移動したのち、俺たちはここで案内を終える旨を伝える。
「真剣に助かった。感謝だ」
「採用されるのを祈ってます」
『がんばって』
手を振るナデシコさんに手を振り返しながら出口に向かう俺達を、聞きなれた声が呼び止めた。
「やあダイキ君。なんだ、もう帰るのかい?」
俺たちだけでなく、ホールにいた人達の視線が一気に集まった先に、笑顔を浮かべ手を振る銀灰さんの姿があった。
ナデシコさんが口をパクパクさせているのが気になる。
「皆もこんにちは。あれ、また増えてる?」
『ベリルです』
『青吉です』
親しみやすい雰囲気で片膝をつき、ベリルと青吉の頭を撫でる銀灰さん。二人は大人しく撫でられている。
「白い子がベリル、青い子が青吉です。二人共、この人はここで二番目に偉い銀灰さんだ」
『権力者でしたか』
「こらこら、偉いはやめてよ」
ひとしきり笑った後、恐らく最初から気付いてたであろう、銀灰さんはナデシコさんへと視線を向け立ち上がる。
「それで、あの人は入団希望者かな?」
全てを見透かすような瞳。
口利きしないわけにもいかなくなったよな。
「はい。縁あってこちらに案内しました。あれ、ナデシコさーん?」
ナデシコさんは未だ固まったままで、仕方なく俺たちの方が彼女に歩み寄る形になる。
ダリアとアルデは再び彼女と手を繋いだ。
ハッと我に帰るナデシコさん。
「はじめまして。私はアメリカのプレイヤーでナデシコと申します」
動揺した様子とは裏腹に、やけに流暢な日本語で挨拶する彼女。
先ほどまでとは違う日本語から察するに、動揺して英語で自己紹介したのを、自動翻訳されたのだと俺なりに解釈した。
ギルドの偉い人が来たから緊張してるのか、それとも別の理由か……?
「やあ、ナデシコさん。遠い所からわざわざありがとうございます。サブマスターをしてます、銀灰と申します。今回は入団希望で間違い無いですか?」
心境を察してくれた銀灰さんが、先回りして彼女に聞いた。そしてナデシコさんはコクリと頷いた後、恥ずかしそうに俺に耳打ちしてくる。
「私、この人に憧れて来たんです。まさか会えるなんて緊張します。恥ずかしい」
顔を耳まで真っ赤にするナデシコさん。
当の本人は不思議そうにこちらを見ている。
『好きって言ったら?』
『ダリア。そういうことじゃない』
いや、間違ってはないと思うけど。
「入団希望ならちょうど僕の手も空いてるし、これから面接しよう」
「はい。恥ずかしい。是非」
顔を覆いながら身悶えするナデシコさん。
銀灰さんならうまくやってくれるだろう。
「それとダイキ君も参加してみる?」
あっけらかんと言う銀灰さん。
流れるような勧誘である。
「え、俺は入りませんよ?」
「違う違う。うちの面接のシステム、見ていかない? 結構奮発したやつだからさ、ついでだし」
「ほうほう。なら付いて行きます」
そのまま俺たちは受付を抜け、数多ある施設が立ち並ぶ廊下を進んでいく。
『人いっぱいいる』
『ご飯たくさんー』
興味津々で呟く青吉、部長。
ガラス張りの施設はそれぞれ訓練所や調理場となっており、鎧を着たプレイヤー達が楽しそうにおしゃべりしながら技能を磨いているのが分かる。
「ナデシコさんは、サブアカウントですか?」
廊下を進みながら銀灰さんが問う。
俯きがちに「はい」と言葉が返ってくる。
召喚獣達は施設に夢中である。
「向こうのアカウントの職業は?」
「はい、盾騎士です」
「盾、騎士?」
聞きなれない職業に、俺は思わず聞き返していた。それに関して、緊張するナデシコさんではなく、銀灰さんが優しく答えてくれる。
「防御力という1点においては無類の強さを発揮する職業だよ。難しいけどね」
「難しい?」
「うん。攻撃手段がほぼ無いからさ」
盾技能は俺も持っているから分かるが、確かに直接的に敵を倒せるような攻撃は盾では覚えない。気絶盾も盾弾きも、続く攻撃技能への補助のイメージが強いから。
緊張で未だ喋れないナデシコさんを気に掛けながら、銀灰さんと会話を続ける。
「ただ、海外には盾騎士でトップランカーに名を連ねる猛者がいるって聞いたことあるよ。技能構成を見たことあるけど、真似できそうになかったなぁ」
「海外のプレイヤーにも詳しいんですね」
「あはは、知ってるっていってもごく一部だよ。憧れのギルドの人だったから、たまたまかな」
少年のように話す銀灰さん。
しかし面接会場遠いなぁ。
「へえ。因みになんて名前のギルドです?」
「Knight's countryって所」
ふーん。
あれ、なんか既視感があるぞ。
「あれ、それって……」
「っと、着いた。ここが巨額のGをつぎ込んで作った〝完成形技能試験場〟だよ」
会話を終わらせる形で銀灰さんが右側の施設に視線を向け、俺達もそれに習って体の向きを変える。
そこには10メートル真四角の機械に囲まれた部屋があり、部屋の奥にはヌイグルミと思しきリザードマンが剣と盾を持って立っており、入り口付近にあるサークルの上に、ホログラムのように四角く細かい何かが大量に浮かんでいた。
「話を聞く限り、コンバートせずにここに来たみたいだから、ナデシコさんの本来の強さを見るにはここが最適かなと思ったんだ」
「これは?」
ナデシコさんが興味津々で聞き返す。
召喚獣達も興味津々で鼻の穴を大きくさせている。
「説明すると長くなるんだけどね、要するに技能を自由にレベル調整できて、試しに使うことができる部屋かな。それに追随した装備も出てくる。ほら、取って上げても無駄になったら悲しいもんね」
例えば片手剣を使いたいと考えたプレイヤーは、調べれば将来どんな技を使えるかは知ることができるが、実際に使って自分に合うかどうかは試せない――それを、これがあれば試しに使えるということだろう。高いレベルまで。
大金を叩く価値は確かにありそうだ。
しかし……
「その技能って全部入ってるんですか?」
「まさか。ここにはうちのギルドに入ってる人のデータで再現できる物しかないんだ。だから特殊なダイキ君達の技能みたいな物は無い可能性が高いかなぁ」
魔王術などを試したかったが無理か……。
「ナデシコさんにはそのサークルに入って、コンバート前に使っていた技能でも新しいのでも構わないけど、リザードマン人形と戦ってもらうね。それが今回の一次面接かな」
「はい、まかせろ」
「あ、戻ってる」
彼女は多分日本語を話したんだろう。
ということは、緊張が解けたのか。
先ほどとは変わって顔は真剣そのもの。
サークルの上に立ち、宙に浮く数多の技能を慎重に選んでいる様子が見える。
「……え?」
しばらく技能を取っていくのを眺めていた銀灰さんが呆気にとられると同時に、戦闘が始まる。
本物さながらな動きで寄ってくるリザードマン人形に対し、彼女は動かない。
『強いよ』
ガラスに手をつきながら見ているダリアが呟く。
「誰が?」
俺の問いは甲高い金属音に掻き消された。
彼女の手には分厚い盾が握られている。
武器と盾が交わった音ではない――それは、リザードマン人形の体が粉砕した音だった。
「Knight's countryの【絶対防御】……?」
俺は銀灰さんが動揺した様子を初めて見た。
砕かれたリザードマン人形は砂のように消えてゆき、同じように彼女の盾が消えてゆく。
訓練所から出てきたナデシコさんをアルデが出迎えた。
「どうだ。美男子だったか?」
『なにあれ! なにあれ!』
微笑むナデシコさんに、今の技のカラクリを聞こうと興味津々のアルデ。
というか俺も知りたい。
盾受けしただけなのに、攻撃相手が粉々になるってのは一体……
「銀灰さん、さっき言ってたのって」
少し放心状態だった銀灰にそう尋ねると、彼は深いため息と共に額に手を当て、困ったような笑みを浮かべた。
「Knight's countryはアメリカサーバーで最大規模の戦闘専門ギルドで、〝12人の円卓の騎士〟をなぞらえた12人のトッププレイヤーの中に、職業盾騎士の女プレイヤーがいるんだ。それが、【絶対防御】」
銀灰さんは視線をナデシコさんに向け、ある種、確信めいた声色で続ける。
ナデシコさんはくっ付いてくるアルデを抱き上げ、顔を押し付け満面の笑みを浮かべている。
「彼女だよ」
「え?!」
海外のトップランカーだったのか。
ただ者じゃないとは思っていたが……。
「ダイキ君。とんでもない人連れてきてくれたね」
銀灰さんの声は、どこか嬉しそうに聞こえた。