力を統べる召喚士
墓の前に蛍のような光が集まり、徐々に人の形を成していく――腰まで伸びた金色の髪と、横に尖った長い耳をもつ美女が、そこに現れた。
「え、あ……う、ウェアレス様?」
横にいたタリスが口をパクパクさせながら呟く。
『存在愛の召喚士はどっち?』
この人が英雄ウェアレス――神々しさすら覚えるほどの造形美だ。ステルベンは自ら造った飛行船に彼女の名前を付けていたが、その理由も分かる気がする。
「はい、俺がその召喚士です」
俺とタリスを見比べていたウェアレスは、一歩前に踏み出す俺に視線を落とす。柔和な表情を浮かべながら両手を広げた。
『では後ろの子達があなたの召喚獣ですね? なんとまぁ……』
ウェアレスはダリアから青吉まで、一人一人の顔を、なにかを確認するようにして観察した後、優しく微笑んだ。
『あなたは召喚獣との絆をとても大切にしていますね。一目見てわかりました……それに、召喚獣だけでなく人からも好かれていますね』
ウェアレスはチラリとタリスを横目に見ながら、楽しそうにくすりと笑ってみせた。
「ウェアレス様!! 変なこと言わないでください!!」
『あらあらこれは、余計なことを言ってしまったみたいですね』
猛烈に抗議するタリスをひとしきり虐めた後、ウェアレスは改めて俺の方へと向き直る。
『さて、本題ですね。あなたは確かに、更に優れた召喚士になれる素質を十分に持っています。望むならその素質、私が芽吹かせてさしあげましょう』
なんだ、トントン拍子に進むんだな――と、試練とやらを受ける気でいたため若干拍子抜けしつつ、俺は召喚獣達を一度見下ろした後、自分の好奇心を優先した。
「時にウェアレス様。あなたの召喚獣は、どんな子達だったのですか?」
英雄の召喚獣となれば、嫌でも気になるのは同職の性ではなかろうか。
ウェアレスは少し俯きながら、呟くように答える。
『思念体の私の呼びかけに応じてくれるか分かりませんが――』
困ったような笑みを浮かべた後、人差し指をくるりと回す仕草をしてみせた。
そして、
『……あなた達。来てくれたのね』
ウェアレスに寄り添うように、
彼女の召喚獣達が現れたのだ。
『右から狼族のジェラ、竜族のハイヴン、鳥族のガメア、一角獣族のエイリャナ、猫族のミンラです』
現れたのは大小様々な召喚獣達。
馬ほどの大きさをもつ狼の背中の上に鷹が止まり、その横にツノの生えた不思議な獣が座る。巨大な竜の頭の上に乗って、ペルシャ猫が目をパチクリさせていた。
伝説の召喚士の召喚獣か。
「わ、わ、書物で語られていたそのままの召喚獣達だ……。レヴィ、挨拶っ!」
大興奮のタリスは、レヴィと一緒に祈るような形で挨拶しているのが見える。
『力強さを感じます』
『い、威圧感が』
『恐らく最強クラスの召喚獣達だからな』
物怖じした様子で俺の後ろに隠れるベリルとアルデ。対してダリア、部長、青吉に動揺した様子は見られない。
「まさかこの場に呼んでもらえるとは思いませんでした。あなたの召喚獣達も、とても強い絆で繋がっているように見えます」
『ふふふ。私も驚いてますよ、まさか来てくれるなんて。絆に関して言えば、この子達とは生まれた時から酸いも甘いもずっと一緒に経験してきましたので、家族同然の存在です』
ウェアレスは擦り寄る一角獣の頬を撫でながら、少し遠い目をして過去の冒険を振り返っているようだった。
もうこの世には居ない召喚士。
ともすれば、彼女の召喚獣もまた……
プレイヤーはシステム上、死んでも無限に蘇ることができる。故にそのプレイヤーの召喚獣もまた、完全な死というのは存在しないと考えられる。
しかしゲームの住人の命はその1つだけ。俺がトーナメント戦の時、死に戻りしたその場所にダリアたちの姿はなかった――召喚獣は召喚士なしではこの世にとどまることができない。
その場合召喚獣は消えて無くなるのか、はたまた別のどこかに召喚獣専用の世界が存在しているのかは不明だが……彼女達の様子からして、召喚士が死ぬということは、どちらにしても永遠の別れになるのだと言えよう。
召喚獣達を撫でる彼女の悲しげな表情が、全てを物語っていた。
『……さて、そろそろ答えを聞かなければなりませんね』
ひとしきり召喚獣達を撫でたウェアレスは、寂しさを堪えるようにして俺の方へと向き直った。
「もちろん俺は、更に優れた召喚士というのになりたいと考えてます。でもその前に、」
俺の顔を見上げる召喚獣達へと視線を移し、
アイテムボックスからおもちゃを取り出す。
「みんなで遊びましょう」
*****
『隊長、応答願います。現在警察は焼肉店〝イナリ〟の看板下を捜索中。そちらの状況は?』
『イナリの店の後ろで隊長を発見、肉の匂いに誘われて逃亡を中断した模様! 彼女はもうだめです!』
『あねさん……』
『はやく助けにきてー』
現在俺たち泥棒は警察であるウェアレス隊の動きを観察していた――既に牢屋に入れられた部長、タリス、レヴィを助ける任務もこなさなければならない。
部長は開始早々、木陰で眠りこけていたから一瞬で捕まっていた。残念ながら、リスクを負って助けるメリットは無い。
『ダリアが肉に目がないのを見抜いてあそこを探し回ってるのだとしたら、彼女達……相当な手練れだぞ』
ここから確認できるのは、隊長のダリアが店の裏口にある窓にぶら下がり店内に釘付けになっている姿と、ウェアレスが一角獣族のエイリャナに乗ってゆっくりとそちらへ向かっている姿。
厄介なのは空から逐一俺たちを偵察している鳥族ガメアと竜族ハイヴン、そして優れた嗅覚で確実に追い詰めてくる狼族ジェラと猫族のミンラだ。
現在俺たちは〝ケイドロ〟――地域によってはドロケイだが、それをやっている最中である。
正直、人間が知恵と足を使って遊ぶからフェアで面白いのであって、動物の特性を生かされてしまうと、それこそヘリコプターや警察犬を使って追い詰める警察そのもの……これはこれで緊迫感があって面白いのだが。
『戦闘区域外なのでシステムが使えないのがもどかしいですね。先にレヴィさん達が捕まったのもかなりの痛手ですし』
ベリルは俺の掲示板機能を使って〝急募 嗅覚 空中 逃げ延びる 方法〟と打ち込んでいるのが見えたが、掲示板の住人にからかわれてまともな回答が得られていない。
ベリルが言うように、索敵においてレヴィの嗅覚はかなりの戦力になると予想できたが、それすら封じられてしまっている。
流石は伝説の冒険者。敵を追い詰める術も、優先順位も知っているということか。
『青吉くん見つけましたよ』
ウェアレスがダリアを抱えながら、水の中で様子を窺っていた青吉を見つけ、ザパァと拾い上げた。
残るは俺、アルデ、ベリル。やばい、手強いな。
『あ、アルデちゃんもこれで牢屋行きですね』
向こうの方から、狼族のジュラがアルデの服の後ろを噛んだ宙ぶらりんの状態で連行してくるのが見えた。
『ジェラ殿はやい……』
一気に三人が牢屋に運ばれ、残るは俺とベリル。
隠れ場所は木の中。ここなら空から探すのも難しいし、地上から見つけるのも困難だ。
唯一の脅威は狼族ジェラと猫族ミンラの鼻――となればここで、最終作戦を決行するしかないようだ。
『ベリル、作戦通り俺が囮になるからその間に牢屋から皆を解放だ。5秒後に行くぞ』
『最終手段というわけですね。ご武運を祈ります』
俺とベリルはお互い拳を合わせ、小さく頷く。
5、
4、
3、
2、
1――今だ!
『はい、ダイキさん達も確保。私達の勝ちですね』
木から飛び出した俺たち2人の前に、ウェアレスと彼女の召喚獣達が集結していた。
「……最初からバレてましたか?」
呆然とするベリルを抱き上げながら苦笑すると、ウェアレスはくすくすと微笑んだ。
『あなた方の隠れた場所、ずっとミンラが見張ってましたから』
ウェアレスの言葉を合図に、木の中から猫がぴょんと現れて、俺の頭の上に着地したのだった。
*****
ケイドロから何時間経っただろうか――遊び疲れた俺たちは、ウェアレスの墓の前に集まっていた。
『はぁ、こんなに遊んだのは何十年ぶりでしょうか。当初の目的を忘れそうでした』
「皆寝ちゃってるね」
タリスの見つめる先には、召喚獣達が一箇所に集まって一緒に寝ている姿があった。遊んでる最中にも撮ったが、これも撮っておこう。
『さて、そろそろダイキさんに新しい力を授けなければなりませんね。準備はよろしいですか?』
「もちろん、いつでも」
ウェアレスの言葉に、俺は大きく頷いた。
彼女は俺の頭に優しく手を乗せ何かを呟く。
『あなたはこれから〝力を統べる召喚士〟となります。これにより、ダイキさんは3つの大きな力を得られます』
「3つの大きな力?」
『1つ目は召喚士及び召喚獣達への恩恵の増幅。2つ目は使役できる召喚獣の増加、そしてそれらを扱う力。3つ目は召喚獣達の完全蜃気楼です』
要約すると、存在愛の召喚士でのオプションである『召喚獣の親密度上限突破』『使役する召喚獣の親密度上昇率ブースト(大)』『技能【シンクロ】を習得する』はそのままに、新たに『自らの全ステータス10%上昇』『パーティ内の召喚獣の全ステータス15%上昇』が加わり、召喚枠が5だったのが〝7〟に増加、そして『技能【大家族】と【完全蜃気楼】』を得る。という事だった。
まずステータスバフだが、これは分かりやすい。単純に俺を含めたパーティの能力が格段に上がった。
次に召喚枠の上限突破で、青吉の参入で限界数を迎えた召喚獣が更に2枠増えた事になる。仲間が増えるのは賑やかになるし嬉しいが、パーティの上限が6である以上、色々とややこしくなりそうだが……
そこで活躍するであろう技能が【大家族】と【完全蜃気楼】という事だろう。
【大家族】#passive
5枠目以降の使役獣も1つのパーティとして扱う事ができる。その際全ての使役獣の能力が大幅に減少する。
【完全蜃気楼】#active
使役する全ての召喚獣を1つの個体として召喚できる。技能はベースとなる個体に依存し、能力は召喚獣の元々のステータスや親密度合計値によって変動する。発動中は常に召喚士のMP・SP減少
【大家族】は正に俺たち専用のスキルみたいなもので、最大で50%のステータスダウンが発動してしまうが、全員をフィールドに連れて行ける嬉しいスキルだ。
そして【完全蜃気楼】だが――これは竜属性魔法でいう所の〝竜化〟に近い強力なスキルかもしれない。
ダリアをベースとした1つの召喚獣の蜃気楼を生み出すとしたら、使えるスキルはダリアのものに依存するが、能力は他の部長やアルデ達のものが加えられるという解釈で合っているなら、これほど恐ろしいスキルは無いだろう。
『お気に召しましたか?』
「お気に召したもなにも、すごい能力ですね……」
格段にパワーアップした自分達のステータスを眺めながら、ちょっと引き気味に答える。
『これで私の役割も終わりですね。過去に何人か、新しい召喚士としての力を授けましたが――こんな楽しい時間は初めてでした』
幸せそうな、それでいて少し寂しそうな声色で呟くウェアレスの体が徐々に消えていき、彼女の召喚獣達もまた、淡い光に包まれていく。
「ウェアレス様……」
『貴女も、きっと素晴らしい召喚士になれるわ』
泣きそうなタリスの頬をウェアレスは優しく撫で――再び俺の方へと視線を向けた。
『あなたなら〝真名解放〟と〝完全蜃気楼〟の先へとたどり着けるでしょう』
それだけ言い残し、彼女を形作っていた光が弾け、空へと昇っていく。彼女の召喚獣達も彼女の後を追うようにして消え、この場にいるのは俺とタリスと召喚獣達だけになった。
ウェアレスが言い残した真名解放と完全蜃気楼の先というワードに引っ掛かりを覚えつつ、俺は無事、クラスアップクエストを終えたのだった。
あとがき
ダイキを強くしすぎた感