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砂の冒険者③

 

 

「建物の傷から情報を〝盗んだ〟? ただの傷だけで、行方不明者の居場所まで追跡できるほどの情報を得られるなんて……」


 砂漠を進みながらラルフの持つ能力を聞き、その破格の性能に思わず聞き返してしまう。


「はい。子供の頃は単純に人の物を盗ったりできるだけの能力だと思っていましたが、ある時から、手に触れた物の〝情報〟も盗むことができるようになってまして」


 ラルフは自分の手を気味の悪い物を見るような目で眺めつつ、自嘲気味に笑ってみせた。


 プレイヤーならログに残る〝スリ〟も、普通の人ならまず気付けない。彼のその表情から読み取るに、過去働いてきた〝盗み〟の記憶が、能力を使うたびに呼び起こされているのかもしれない。


「人に使った場合、その人の情報を奪ったりもできるのか?」


「恐ろしくて試した事はありませんが……できるのかな。無機物にしか使った事がないので、すみません」


 人の情報を奪うという行為の恐ろしさを既に承知しているらしく、幸い、ラルフはその一線をまだ超えていなかったようだ。


 ナルハの〝危険察知能力〟


 タリスの〝聖獣と対話する能力〟


 マリー様の〝真実の声を聞く能力〟


 ストーリーのメインキャラクターたる他のNPC達の能力は確かに強力だったが、このラルフの能力は頭一つ抜けている。


 射られた矢に触れれば遠くに潜む弓使いの場所も分かる、殺しの現場に行けばその犯人と居場所も割り出せる――果ては王の持つ機密情報を盗めば……



 この能力、一つ間違えば国が落ちる。



 俺の世界でのラルフは立派な青年に成長してくれているが、選択肢を間違ったプレイヤーの世界にいるラルフは――


「ダイキさん、何か来ます!」


 ラルフの声で我に帰ると、今まさに近くで砂煙が巻き起こった。


 ぬらりと現れた一匹のサンド・デビルに、ラルフが一気に距離を詰める。

 ギルドで俺と再会した時に見せた、瞬間移動にも似た超加速……足場の悪いこの場所でも使えるとは、彼の技量が計り知れない。



「『瞬葬』」



 一瞬にしてサンド・デビルとの距離を0にしたラルフが短剣を抜き、素早く二度突き刺すのが見えた。


 サンド・デビルの頭の上にあったLPバーが数センチ減ったかと思った次の瞬間、弾けるようにLPバーは爆散し、サンド・デビルは反撃するそぶりも見せぬまま砂の上に沈んだ。


 頬を伝う汗をグイと拭うラルフ。


「心臓をひと突きか……おっかない技だな」


「分かりました? 流石はダイキさん。俺の盗みは〝心臓〟や〝核〟を持ってるモンスターには相性が良くて、大抵コレで終わります。盗みの能力で相手の心臓をこう――」


「いや、想像つくから言わなくていいよ」


 にこやかに答えるラルフの頭の上には、彼のレベルが表示されている。



【ラルフ Lv.51】



 クエスト二段階目にしてこの数値は高い――具体的に、タリスとナルハは同じ時期にレベル40だったはずだ。この笑顔の裏に、いくつもの死線をくぐり抜けて来た過去があるのだろう。


『あれはなんですか?』


 空中から周囲の警戒にあたってもらっていたベリルが、何かを見つけ降りてくる。俺とラルフは彼女の指差す方向へと視線を向けた。


「なんでしょう、穴?」


「まるでアリジゴクだな」


 そこには、砂漠に出来た逆円錐型の大穴があった。現地人のラルフの反応を見るに、最近出来た物なのかもしれない。


『アリジゴクって?』


「ええとね、まずはアリの説明からしなくちゃなんだけど……」


 頭にはてなマークを浮かべる青吉に、俺は分かりやすくアリジゴクについて説明していく。簡単に言うと、ある虫がアリを捕まえるために編み出した、脱出困難な巣である。


『それで、なぜそのアリジゴクがあんな場所にあるかということですが……まさか誘拐された方があの奥に?』


「ラルフ、誘拐された子があの中にいるって話じゃないよね?」


 ベリルの言葉を俺が代弁すると、ラルフは「とんでもない」と言いたげな顔でそれを否定した。


「あんな穴に落ちたらまず助からないでしょう、俺たちの目的地はあそこです」


 そう言って、今度はラルフが指差す方へ視線を向けると、俺たちの進む先、砂漠のあちこちに崩れた遺跡のような物が存在しており、ラルフはその一つを指していた。


「ここからは俺が先に行って罠を確認して進みます。俺が右手を上げたらそのまま進んでください、左手を上げたらその場で止まってください」


「わかった。気を付けて」


『健闘を祈る』


 親指を立てるダリアに頷いてみせたラルフは、短剣を両方の腰に戻し、砂に手をつけながら静かに遺跡の方へと進んでいく。右手は上がった状態のままだ。


『皆、これからはこっちで話すから。くれぐれも音だけは立てないように……それと、ベリルは自動追尾システムを仕舞っておいてくれ』


『ソンナ。ワタシノコトヲ、嫌イニナ――』


『消しました』


 いや、そんな満面の笑みで言われると彼? のことが気の毒になってしまうんだが……まあ、人数は少ないに越したことはないから仕方ない。




*****




 遺跡の中には地下に続く階段が伸びており、ここだけ最近造られたような真新しさが感じられた。階段の奥にはカンテラが揺れており、お互いの顔くらいは認識できる明るさになっている。


「!」


 数歩先を歩いていたラルフが何かを見つけ左の手を上げた。俺たちは指示に従い、その場でピタリと止まる。


「この先に1人、見張り役がいます。彼は昨日遅くまで酒を飲んでいたので反応は鈍いはずですが……さて」


 見ると、ラルフは地面にあった靴跡に手を当てて、その先に立つ見張りの情報を得たようだ。

 前後どの程度までの情報を読み取れるのかは不明だが、斥候以上の仕事ぶりには恐れ入る。


投擲(とうてき)術には多少心得がありますが……ダイキさん、もっと確実に目標を沈黙させる方法はありますか?」


 いつの間に取り出したのか、忍者が使うような投擲用の刃物を片手に俺たちの方へ振り返るラルフ。一撃で倒さなければ、恐らく大規模戦闘に発展するだろう。


【盗賊団戦闘員 Lv.35】


 見張りの男の頭の上に表示されたレベルは35。高くはないが、音を立てずに一撃で倒せるかどうかは微妙なラインだ。


「そうだなあ……」


 俺は適役候補から自分を真っ先に除外し召喚獣達に視線を向ける――と、


『あるよ』


 と、青吉が片手に水の塊を浮かせながら答えた。

 青吉の操る属性を確認したラルフが小さく頷くと同時に、青吉がその手を見張りの男に向けて突き出した。



水牢(ウォーター・プリズン)



 音もなく打ち出された水の塊は一瞬にして男の体を包み込み、青吉の手の動きに同調するように、水の塊が丸く小さくなっていく。


 見張りの男は体の自由も奪われているのか、もがくことも息をすることもできず、ほどなくして気を失った。


『青吉すごい!!』


『フフフ』


 その鮮やかな技に大興奮のアルデと、得意げな顔の青吉。


 その後、青吉が開いた手をくるりと動かすと、男に付着していた水も地面に染みていった水も全部彼の元へと戻っていく……残ったのは、一切体の濡れていない、ただ居眠りをしているような形の男のみ。


 水属性の特性か、それとも青吉が特別なのか……地味ではあるが恐ろしい魔法だ。


「完璧ですね。以降、青吉君には何度か同じ技を頼むかもしれません」


『まかせて』


「任せて、だそうだ」


 ラルフは満足そうに頷くと、再び右手を上げながら奥へ奥へと進んでいく。俺たちは騒ぎ過ぎないよう気をつけながら青吉を褒め、またすぐにラルフの後を追った。



*****



 目的の部屋に着くまで、合計四回の奇襲を成功させた俺たちは、最深部の扉の前へとたどり着く。木製の、酷く雑に造られた扉……恐らく盗賊団が寄せ集めの材料でこしらえた物だろう。

 奥からは男達の笑い声が聞こえてきている。耳をそばだてれば、聞きとれそうな音量だ。


「ここに覗ける程度の隙間もあります。まず行方不明者の安否確認と、敵の数と配置場所を確認してから作戦を立てましょう」


 ラルフの言葉に俺は無言で頷き、扉の横にあった覗き穴から、中の様子を覗き見た。


《町の外に出ちまえばこっちのもんでさぁ! お役所人もモンスターのいる砂漠になんか好きこのんで近づきませんからね!》


《そうだな! いざとなりゃ俺のとっておき(・・・・・)もある、お役所の犬でも冒険者でも返り討ちよぉ!》


《旦那のペットは砂の芋虫以上の強さっすからね! 助かる希望はねえぞ、お嬢ちゃん?》


 下衆な会話を召喚獣達に聞かせるのは死ぬほど嫌なのだが、ここは任務遂行のため沈黙はやむを得ない。鎖に繋がれて弱っているが、少女の無事が確認できただけでも良しとしよう。


 扉の少し前に1人、奥のソファに1人、その後ろに1人、死角になって見えないが声からしてもう1人……合計4人。お頭と呼ばれた男が言っていた〝とっておき〟も注意したほうがよさそうだな。


「ラルフ、作戦なんだが――」


 扉の前にも盗賊がいるため、より一層声をひそめラルフに視線を戻す



「あいつは……」



 手から血が流れるほど、強い力で剣の柄を握りしめるラルフ――憎しみの炎を燃やした瞳はある一点を見つめており、ラルフはまるで威嚇する獣のような唸り声をあげている。


《しかし今回の娘は上物だな。エルフといえば魔法の天才種族、兵士としても優秀なだけに値段は人族をはるかにしのぐ》


《へへ、良かったですね、ゲヘロ(・・・)の旦那》


 でっぷりとした体のスキンヘッドの男……ギルドに貼ってあった人相絵の一つが妙に気になると思っていたが、よもや脱獄していたとは。


 そこに居たのは、幼いラルフにスリを強要していた盗賊団の頭。俺と港さんで確かに兵士に引き渡したはずの男……ゲヘロだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ラルフは自分の手を気味の悪い物を見るような目で眺めつつ、自傷気味に笑ってみせた。 自嘲?
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