砂の冒険者②
砂の町――町外れの孤児院
ギルドの反対側、町と砂漠の境目にひっそりと建つ修道院跡地に俺たちは来ていた。ここがラルフの住む場所だそうだ。
一歩先を歩くラルフが「ここが俺たちの家です、どうぞ中へ!」と笑顔を見せる。そしてラルフにしがみつくアカネちゃんは、なぜか俺を恨めしそうに睨んでいる。
泣かせたのはラルフなのになぁ。
それはさておき、この場所に住んでいるということは……恐らくラルフもアカネちゃんも孤児という事になる。
2人の顔は全く似ていないから、血の繋がった兄妹ではないんじゃないかと薄々感じてはいたが――
古い木製の扉が重々しい音と共に開かれ、中からシスターの服を着た人物が現れた。
「あら? ラルフさん、忘れ物ですか?」
胸に何かの形を模したペンダントを下げ、にこやかな笑顔で出迎えてくれた。ラルフは嬉しそうな顔で、俺と召喚獣達を順番に紹介してくれた。
「まあまあ、貴方がラルフさんの言っていた異人様……」
「ダイキです。今回の任務でラルフとたまたま一緒になり、ご挨拶に伺いました」
本当は駄々をこねるアカネちゃんを引き取ってもらいに戻ったのだが、俺からは何も言うまい。
シスターは胸の前で手を合わせ、深々とお辞儀をする。
「私はこの修道院の責任者、ポリーナと申します。ラルフさんを救っていただき、適当な感謝の言葉も見つかりません……本当にありがとうございました」
腰が折れてしまいそうなほど、下げた頭をさらに深々と下げるポリーナさんを慌てて止める。
「いえいえ、そんな大袈裟な。どうぞ頭を上げてください」
「いいえ、大袈裟ではございません。貴方に出会っていなければ、ラルフさんは今頃盗賊団の長にでもなっていたことでしょう」
ゆっくりとだが頭は上げてくれたものの、ポリーナさんは暗い表情でそう呟いた。ラルフはというと、ばつが悪そうに頭をガシガシ掻いている。
「ポリー、流石に盗賊団の長ってのは」
「いいすぎだと? しかし昔の貴方は先代の言うことも全く聞かず、毎日毎日罪のない人の物を盗んでばかり……」
アカネちゃんのお守りの後はお説教……苦労人体質のラルフに少し同情しながら、俺たちは和やかな時間を楽しんだ。
*****
元気に駆け回る孤児院の子供達と、一緒になって遊んでいる召喚獣達を尻目に、中央に置かれた大きな机に地図を広げながら、ラルフはある一点を指差した。
「で、ダイキ様。今回行方不明になった娘の情報なのですが――」
真剣な声色とは裏腹に、その瞳は涙を溜めている。
「ラルフ、その〝様〟っていうのやめないか? あと涙も拭こう」
「し、しかしですね! それにこの涙は再会した感動の涙で、決して先ほど怒られた事に対する……」
必死に言葉を並べるラルフを遮るように、二つのカップが俺たちの目の前に置かれた。
「裏庭で栽培したハーブティーです。飲むと気分が落ち着きますよ」
「ありがとうございます。ラルフは沢山飲んだ方がいいぞ」
「ちょっとダイキさ……ダイキさん!!」
俺たちのやり取りを、ポリーナさんはクスクス笑って聞いている。
孤児院の子供はアカネちゃんを含めると15人も居た。最年長らしき少年でも、年は恐らく13歳に届くかどうか……当然ながら顔付き、種族共にバラバラである。
2人の子供と昼寝をする部長、元気にチャンバラに勤しむアルデ、砂遊びに誘われ鼻の穴を大きくして付いて行ったダリア、一緒にお絵かきをするベリル――そして……
「あの、お名前は何て言うんですか?」
「これあげる、わたしとお揃いの指輪……」
「ねえねえ! こっちでぼうけんしゃさんごっこしようよ!」
『こまった』
女子に大人気の青吉。その年齢層は幅広く、10歳くらいの子から4歳くらいの子まで、手作りの葉っぱの指輪まで貰っている。
問題はあるが、心配は無さそうだ。
「……話を戻しますが、行方不明になったのは人族の女の子で、エルフという耳の長い種族ですね。家はこの辺ですが、既に奴隷として売られている可能性は高いです」
ハーブティーを飲み干したラルフが咳払いを一つし、再び地図の一点を指差した。
「奴隷か……町内で攫われた人物は、たとえ奴隷になっていてもその場で解放できるのか?」
「町内で発見できれば可能ですが、そんな儲からない人物を売るような奴隷商人は居ないでしょう。恐らく、売られるとしても別の町のどこか」
この世界は現実の世界とは違い、盗賊やモンスターが普通に存在している。単純な行方不明でも、様々なケースが考えられる。
町の外――つまり砂漠の何処かに何かをしに行き、モンスターに襲われたのだとしたら生存率はほぼ0%だろう。それに、砂漠を調べるのは最終手段と言っていい。
俺たちはまず、行方不明になった日の彼女の足取りを探り、手がかりを探す予定を立てていた。とはいえ、ラルフ曰く彼女が行方不明になってから既に数日が経過しているため、望みはかなり薄いという。
「この町では殺しが日常茶飯事ですから、お役所人も、ただの町娘の失踪くらいで積極的に動くことはありません。俺もこれまで何回も依頼を受けてますが、解決できたのはほんの一部だけです……」
ラルフは寂しそうに孤児院の子供達を見つめながら、深いため息をついた。
「とはいえ、何も行動しないわけにもいきません。早速町内の捜査に行きましょう! ポリーは皆の面倒をよろしく頼んだ」
そう言って、勢い良く立ち上がったラルフはポリーナさんに簡単な敬礼をしてみせ、扉から外に出て行った。
俺も後を追うべく、椅子から立ち上がる。
「あの、ダイキさん」
「はい?」
召喚獣達へ声をかけようとした俺に、ポリーナさんが声を掛けてきた。
「あんなに嬉しそうに笑ったラルフは初めて見ました。それと、彼、いつも無茶をするので……どうかよろしくお願いいたします」
「分かりました。必ず、無事に帰しますから」
俺の言葉に、ポリーナさんはホッと胸をなで下ろしたのだった。
*****
聞き込み調査の末、エルフの少女の足取りが少しずつ見えてきた。特に「路地裏で男と一緒だったのを見た」という証言は、誘拐の線をかなり強くさせる結果となる。
「ここが、その男と一緒だった場所ですね」
俺たちはその証言を頼りに、目撃場所である路地裏へとやって来ていた。とはいえ、その目撃された時間も、既に数日前の情報ではあるが……
「手がかりが一つでも残っていれば探す事ができるって、いったいどうやるんだ?」
「えと、説明が難しいので、それは手がかりが見つかった時にでも」
後頭部を掻きながらカラカラと笑ったのち、ラルフは家の壁や道の表面など、まるで鑑識班の人間のような入念さで辺りを調べはじめた。
「皆も手分けして探してくれ。なんでもいい、何か見つけたらラルフに知らせてほしい」
〝なんでもいい〟というのは、ラルフが俺に言った言葉だ。
しかし、些細な傷跡や何かの切れ端なんて、見ても誘拐されている場所を割り当てる手がかりにはならなそうだが……恐らく彼にも何か、ナルハ達のような〝力〟があるのかもしれない。
『班長ダリア、了解』
『副はんちょー部長、りょうかいー』
『班員アルデ! 了解!』
『……ベリル了解です』
『りょうかい』
こちらの班員達も、散り散りになって調査を開始している。1人サボりそうな子がいるのだが、その分は俺がカバーしよう。
その後――
細かな傷、何かのカケラ、誰かの毛……この場所にあるありとあらゆる〝何か〟を、見つけてはラルフに報告するというやり取りを繰り返すこと約15分。
『これは、どうでしょう?』
「ラルフ、何かこっちで見つかったよ」
「はい、今行きますね」
単純な戦闘よりも慣れない仕事に、召喚獣達にも流石に疲れの色が見えはじめた頃……ベリルが見つけた壁の傷に、ラルフの体がピクリと反応した。
「……これだ、場所がわかりましたよ!」
嬉しそうにガッツポーズを取るラルフにこちらも笑顔で対応するが――傷に手を当てただけで、行方不明者の居場所まで割り当てるというのは、いったいどんな能力なのだろう?
「ラルフ……」
「ダイキさん、聞きたいことは分かっています。とりあえず奴らの潜伏先に向かいましょう、道中に説明しますから」
そう言って、ラルフは額に付けていたゴーグルを目に掛け直し、両腰の短剣に手をかけながら町の出口――砂漠の方へと駆けていく。
「行方不明者は町の外か……皆、はぐれないようについて来てくれ」
部長を頭の上に乗せ、俺たちもラルフに続いて砂漠へ向かう。
ポリーナさんが「あのまま行けばラルフは盗賊団の長になっていたかもしれない」と言っていたが、恐らくそれは別ルートのラルフの行く末……もしも俺と港さんが間違った道を選択していたら、この好青年ラルフには会えなかったのかもしれない。
「今回も、間違えるなよ俺」
そう自分に言い聞かせながら、ラルフの背中を追ったのだった。