厄災
お久しぶりです!
祠を出た俺たちに、いくつもの視線が突き刺さる。
祠のすぐ前には豪勢な食事が並び、それらを取り囲むように座る人影達が真っ先に騒ぎ出した。
「で、出てこられたぞ!」
「海竜神様! ありがたや、ありがたや!」
「おぉ、なんと神々しい……」
「隣にいるのは……異人?」
立派な髭を蓄えた魚人族達が、海竜神様を目の当たりにし目をまん丸くして固まっていた。
踊っていた女性達もまた、あわてた表情で祠の前に膝をつき、集まっていたギャラリー達も次々に膝をついて頭を下げていく。
「召喚の写真……あれがメカ幼女……?」
「じゃあこの祭りはお義父さん達が……」
NPC達の後ろで見ていたプレイヤー達は、俺達の顔を見るなり、動揺した様子で何かを書き込んでいるのが見える。
「え……まさかこれは海竜神様が帰ってきた影響ですか?」
召喚獣達を隠すようにして前に立ちながら、満足そうな顔で佇む海竜神様にそう問いかけた。彼女は考えるようなそぶりをしながら口を開く。
「我が人の姿で町の中に降り立ったのは今回で二度目……祝いたくなるのも無理はなかろう」
しかしな――と、眉をひそめ耳打ちするような形で、ひそひそと続ける海竜神様。
「こう、祠に戻るたびにこんな歓迎されては居心地が悪いと思わんか? その点、海は静かで広い」
確かに、帰ってくる度にお祭りを開かれるのは騒がしくてたまらない――とはいえ、町民達の気持ちも無下にはできないと分かっているのか、彼女は困ったような笑みを浮かべつつも、膝をつく人々の姿を愛おしそうに眺めていたのだった。
*****
色とりどりの海の幸をはじめ、ジューシーな肉料理、不思議な形の野菜達、ゼリーのような透明感のあるデザートなどなど。10人や100人ではおよそ食べ切れない量のご馳走は、無尽蔵の食欲をみせる召喚獣達によってみるみるうちに減っていく。
最初は「海竜神様への料理を…」と、珍客の登場にその場の空気がピリッと張り詰めていたが――海竜神様に「この者達は我の客人だ」と言われた手前、咎めるわけにはいかなかったようだ。
……今では召喚獣達の食べっぷりに、たまらず笑顔をこぼす人さえいる。
「いい食べっぷりだ……見ているこっちも気持ちがいいよ」
お酒をゆっくり飲みながら、その光景を楽しそうに眺めている海竜神様が笑う。その隣で世話を焼くようにせっせと料理を運びながら、アリルと呼ばれた巫女が俺の顔をチラチラ見ているのがわかる。
「食べるのは大の得意ですから」
少しの遠慮もない食べっぷりをみせる召喚獣達に苦笑しつつ、すっかり宴を楽しんでしまっている俺。膝の上には部長が丸くなっている。
ダリアは相変わらず肉料理を、アルデは他の料理もそこそこに既にデザートに手を出しており、青吉はニコニコしながら魚料理を美味しそうに食べていた。そしてベリルはお上品に、ご飯と焼き魚、お味噌汁をゆっくり三角食べをしている。
「青吉の姉達は好みもバラバラだな」
「ええ、面白いくらいに。青吉はやっぱりお魚が一番好きみたいですね」
手掴みで魚を頭からボリボリ食べている青吉の食べ方はお下品であるが、道具の使い方を教えていないため仕方ない。隣のベリルが口元を拭いてあげたりと世話を焼いている。
「ふふ……我ら海竜達は海に出れば食に困ることはないのだが――たまにはこういう食事もいいものだな」
楽しそうに笑う海竜神様。
新メンバーである青吉の食べっぷりも凄い。以降、俺がこの子達の胃袋を管理していかなければならない――そう考えただけでも目眩がするが、それでも大勢で食べる料理はこうも美味しい。
「あのう……」と、ずっとだんまりだったアリルちゃんが、意を決した表情で口を開いた。
「――おおそうだアリル。お主、我の世話役の任を解こう」
「この人達との……って? えええええ?!」
ものすごく軽い感じでクビ宣告を受けた少女は、泡を吹きそうな勢いで絶叫した。
「任を解く――とは言葉足らずだったな。お主には一時的に、別の任を与えたいと思っている。頼めるな?」
「もっ! 勿論です!! 海竜神様の頼みとあらば……何なりとお申し付けください!」
蚊帳の外な俺は横目でその光景を眺めつつ、黙々と料理を口に運んでいく。
「ここ、水の町と草の町の間に存在するあの毒沼。アレを止めてほしい」
これは……予想だにもしなかったストーリークエスト関連の話だ。
「あの、あの、毒沼はエリローゼ様でも抑える事しかできなかった〝厄災〟の一つですよね?」
「そうだ。今度は抑えるのではなく、根絶してもらいたい」
強力な魔法を使い、英雄に名を連ねた人でも根絶できなかったモノを……アリルちゃんは海竜神様の顔を恐る恐る覗き込み、酔い具合を確認している様子。
「酔ってはないぞ? それに、そう無理なことではない」
その意図を察したのか、海竜神様はアリルちゃんに笑みを向けた。
「か、海竜神様からのご命令とあれば喜んでお受けいたします――ですが、厄災の根絶などできるのでしょうか?」
「ふむ……」
弱々しく呟くアリルちゃん。
話を遮る形となるが、会話の中で何度か出たワードについて、俺は聞いてみることにした。少女の気持ちの整理の時間稼ぎにもなるだろう。
「海竜神様、厄災とは?」
俺の質問に、知らないのか? とでも言いたそうな表情で、海竜神様は答えてくれた。
「戦争の負の遺産というべきか、もともとこの世に無かったモノだ。〝病の沼地〟と〝死の砂漠〟この二つは年を重ねるごとに大地をゆっくり侵食している」
病の沼地は先ほどの話に出てきたように、草の町と水の町の間にある沼を指している。落ちればいくつものバッドステータスが付与され、体の自由が利かなくなるのは嫌な思い出の一つだ。
そして死の砂漠……これは砂の町の全土を覆う、あの砂漠を指しているのだろうか? 現実世界でもそうだが、砂漠は人が住むにはあまりにも過酷な環境であり、おまけにこちらには凶暴なサンド・デビルが住み着いている。
人の手で解決できるような問題に思えないが……それもこんな年端もいかない少女にだ。
「どちらも存じております……戦争の負の遺産というのは?」
「結論を言えば、アレは自然に発生したモノではないということだ」
「! そ、それは本当ですか!? そんな話、初めて聞きます……」
海竜神様の言葉に、信じられないといった表情でアリルちゃんがうろたえる。まるで、今まで聴いて覚えてきた常識が全て覆されたような、そんな印象を受ける。
「風の噂ならぬ、海の噂だ。近いうちに、正式にギルドが調査に乗り出す。お主は調査に合流し解決に手を貸してほしい」
「は、はい」
海竜神様のお世話役からギルドの環境調査のメンバーへ――混乱するのも無理はない。
「その役目を担うのがなぜこの子なんでしょう? 何か根拠が……」
少し気の毒に思い、部外者ながら口を挟んでしまった。しかし海竜神様はピクリとも表情を変えないままさらりと答えてみせる。
「あるさ、根拠なら。アリル、やってくれるな?」
「が、頑張ります!」
アリルちゃんがそう答えた瞬間、予想していたが目の前にプレートが出現した。
【ストーリークエスト:病の沼地】推奨Lv.43
海竜神の巫女アリルはギルド員と共に厄災の一つ〝病の沼地〟の調査に向かうことになった。年々弱まる英雄エリローゼの結界、広がる毒沼。冒険の町ギルドの調査員と合流したアリルは、草の町へと旅立っていく。
アリルと話をする[未]
草の町へ入る [未]
ギルド員と合流する[0/2]
経験値[16050]
まさか青吉のイベントからストーリークエストに繋がるとは思いもよらなかったが……なんにせよ、これは過去に受けたストーリーと並行して解決できそうだ。
俺はメニューからクエスト画面を引っ張り出し、先ほどの表示されたクエスト内容と並べてみる。
【ストーリークエスト:沼地の調査】推奨Lv.30
草の町の地を侵そうと広がる沼地の毒。その成分を調べ、毒の正体を暴くため、王都の研究者にそれを依頼しました。しかし、研究者からの連絡は途絶え、その研究者は行方不明となっています。彼の手がかりを探すべく、王都にある《研究室 B4》に向かってください。
研究資料[0 / 5]
経験値[12180]
王都の研究室で連想されるのは、アネモネさんを捕らえ不気味な研究を続けてきたステルベンの存在……なにやら展開が読めてきた気がするな。
クエストの内容的に途中で話が合体していきそうだが、パーティにアリルちゃんが参加するかしないかの違いでもあるのだろうか?