契約の儀
真名解放によって召喚獣達は真の力を取り戻す……つまり、ごく稀にフィールドに湧く〝名持ち〟こそが、召喚獣達の本来の姿・力という事になる。
プレイヤーと一緒に冒険して強くなる召喚獣と、プレイヤーを見つけただけで襲いかかってくるモンスターを同じに見る事はできないが、それでもこの事実に俺は大きな衝撃を受けていた。
「名持ちモンスターは……召喚獣にならなかった特殊個体ということですよね。つまり真名解放によって真の名前を取り戻した召喚獣達は、結果的に名持ちのような存在になるということですか?」
名前を失った名持ちが召喚獣であるなら、名前を得た召喚獣は名持ちであると言える。それが意味する先は考えたくないが……
俺の質問に、海竜神様は困ったように肩をすくめてみせた。
「真名解放によって、その子が再び我の仲間に戻るのかどうかという質問なら――戻らない……いや〝戻れない〟と答える事ができよう」
青吉と、彼を取り囲む召喚獣達を見つめながら、海竜神様が続ける。
「一度群れから離れた者を再び受け入れるほど、我は心が広くないからな」
ただし――と、今度は俺に鋭い視線を向ける。
「万が一、この子がロクでもない召喚士によって〝働かされている〟のだったら、真名解放と同時に所有権を奪うことも簡単だ」
「いえ、断じてそんな扱いは……!」
「分かっておる。お主と、お主の召喚獣達を見てればそんな事は分かっておるよ。ただ、真名解放にはそういう可能性も考えられるという話だ」
俺の言葉を遮りながら、海竜神様は優しく微笑んでみせた。
真名解放をする事によって得られる恩恵は大きいが、召喚獣達の親に認められる召喚士でなければ、召喚獣との繋がりを断たれてしまう可能性もあるという事か。
召喚獣を無理矢理従わせているような召喚士では、恐らく真名解放は成功しない。親密度は勿論だが、それ以上の何かが必要に思える。
「しかしなあ……」
その話を踏まえ、俺は召喚獣達へと視線を向けた。
海竜神様の雰囲気から察するに、青吉の真名解放はほぼ問題ないと考えていいだろう――しかし、残りの娘達はどうだ? これはまるで、結婚のご挨拶に伺う彼氏の気分である。
『なに?』
「ダリアの父さんは……」
〝一番おっかなそうだなぁ〟という言葉は、最後まで口にする事ができなかった。
*****
青吉の下に描かれた魔法陣が淡く光り、海竜神様が俺の方へと向きなおる。
「〝名付けの儀〟によって、この子の名前を我が授ける。その名前こそがお主が将来知る事となる、この子の真名という事になる。今はまだ教える事はできん……よいな?」
「もちろん、必ずまた会いに行きます」
俺の返事に、海竜神様はニヤリと笑みを浮かべ、青吉の額に手を添えた。
「この子の名前は――」
目を閉じ、優しく微笑む海竜神様の手から青吉へ、オレンジ色の光が流れこんでいく。
「よし……続いて〝契約の儀〟に移る」
今の一瞬で、名付けの儀が終わったのだろう。青吉が召喚獣になれば失われる名前と関係だが、海竜神様が授けた名前は青吉の中に確かに存在している。
いつか必ず、その名前を聞きに戻って来よう。失われた繋がりと共に。
「今からこの子と我との繋がりを断つ……この行為により、この子の力の大半が失われるが、晴れてこの子はお主の召喚獣になれる。青吉、問題ないな?」
海竜神様の言葉に、青吉は無言で頷いてみせた。
「いい名前をもらったじゃないか……」と呟いた海竜神様の目が見開かれ、青吉の体が、まるで糸の切れた人形のようにぐらりと崩れ落ちた。同時に、魔法陣の光が強くなる。
「召喚術を使ってみよ! 今なら使えるはずだ」
海竜神様の言葉を受け素早くメニュー画面を操作すると、確かに召喚可能枠が一つ増えている事に気がつく。
アイテムボックスからありったけの魔石を取り出しながら、俺は召喚の呪文を唱えた!
「『来たれ我が僕、召喚』!」
突如、魔法陣の光が洞窟全域を包み込み――手の中の魔石が〝5つ〟宙を舞う。
光が晴れると、先ほど倒れこんだ青吉が、不思議そうな顔でこちらを見上げているのが見えた。パーティの一覧には、先ほどまで無かった『青吉』の欄が追加されている。
「これで正式にこの子はお主の召喚獣だ」
海竜神様の言葉を受け、俺はほっと胸をなで下ろす――そして4人の姉は嬉しそうに、改めてメンバーに加わった青吉に抱き着いた!
『よかったなあ青吉ぃ! 今日はお祝いだぞ!!』
『青吉、ボスのダリア。改めてよろしく』
『あおきちー、サブボスの部長よろしくー』
『ボスとかサブボスは初耳なんですが……』
姉達に揉みくちゃにされる青吉も、嬉しそうな笑顔を浮かべている。これでやっと、全員が揃ったのだ。
喜ぶ召喚獣達に視線を向けながら、微笑む海竜神様が俺の元へとやって来る。
「繋がりは切ってしまったが、あの子の額には我の加護が付いている。お主らの旅の助けとなるだろう」
色々言ってはいたが、彼女が青吉の親で本当に良かった。青吉を見つめる顔は正に、我が子を想う母親そのものだ。
「必ず、幸せにします」
「当たり前だ。あの子を泣かせたら我が殺しにいく」
そして固い握手を交わし、召喚獣達の無邪気な姿を2人の親は見守っていた。