試練の果て、解放されし〝王〟の力
祠の奥――洞窟の中は、まるで宝石の中に自分達が入ってしまったかのような、まさに幻想的な空間だった。
つららのように伸びる鍾乳石を、輝く青色の石に置き換えたような場所。形は首都圏外郭放水路のようで、広く深い。
海竜神様のために造られた場所なだけあってか、真ん中の広い陸地を除き、ずっと先まで水面が揺れている。
「さてと」海竜神様はそう呟き、着物袖にしまっておいた青吉の石を取り出すと、水の中にポトリと落とした。
水面から湧き出す光がしだいに大きくなり、竜の姿を形作る――
「窮屈な思いをさせてすまなかったな。試練を受けてもらう必要があった」
やっと解放された青吉が海竜神様に抗議の視線を向けるも、彼女は余裕の笑みでこれをあしらった。
「試練……ですか?」
「なあに、試練というても簡単なものだ。それに、お主らには何もせんよ」
海竜神様はそのまま、水の中へとゆっくり進んでいき、その姿を巨大な竜へと変えていく。
青吉と並ぶと改めてその大きさの違いが浮き彫りになる。海竜神様の体躯は青吉の4倍近い。
ダリアも部長もベリルも――青吉を一番可愛がっていたアルデも、ことの行く末を、心配するような表情のまま黙って見守っている。
『人に見せるのは初めてだが、これから行うのは《独立の儀》。稀に産まれる親不孝者がその対象となる。育った場所は違っても、我の子ならやるべき事が分かるだろう?』
その言葉に、青吉がゆっくり頷いた。
こちらに視線を送りながら、ニヤリと笑う海竜神様が続ける。
『今回は全くの例外だが……どんな偶然か、この子もまた特別な個体。名を持つことができる数少ない存在』
「名を持つことができる存在……?」
海竜神様の言葉の意味を推理しようとしたその刹那――二匹の竜が同時に動いた。
『兄弟達とは異なる育ち方をしたお前の力、我に見せてくれ』
海竜神様が言い終わるのが先か……青吉の黄色い瞳が稲妻のように光り、周りの水が渦を巻いた。
『ほう、既にこの量の水を操れるか』
それでも海竜神様の余裕は揺るがない。
青吉を囲うように現れた八本の竜巻が、海竜神様に襲いかかる!
『生みの親にここまで容赦なく攻撃できるというのは少し寂しいが……威力はやはりこんなものか』
青吉の攻撃を全身に受けた海竜神様。
しかし、その体に傷は1つも無い。
五色竜の更に1つ上、属性を操る五属竜の一角――それも頂点。水属性の攻撃は、もはや彼女には無意味であることが分かる。
『手本を見せよう』
ポツリと呟き、瞳を光らせる。
海竜神様の周囲に巨大な水玉が1つ浮かび上がり、ベリルが持つスキルの自動追撃システムのように、主の周りを浮遊する。
『やはりまだまだ未熟。本来ならば……』
海竜神様の呟きは、直後に轟く射出音によってかき消された。
浮遊していた水玉は鋭い槍を形作り、
それらは目にも留まらぬ速さで宙を駆け、
竜巻で応戦する青吉の額を貫いていった。
洞窟に、青吉の悲痛な唸り声が響く。
「まさか! そんな!!」
考えるよりも先に、俺は青吉の元へ駆けていた。
試練と聞いて安心していたのかもしれない。
我が子に本気で攻撃してくるなんて。
「青吉!!」
海竜神は最初から青吉を始末するつもりだったのだろうか?
仮にも実の子。
しかし、人の手によって育てられた異端児。
槍を頭に受けた青吉の瞳からは光が消え、事切れたかのように、水面にその体を打ち付けた。
『あ、あぁ……』
水面に広がる波紋が陸へと当たり、新たな波紋を生んで跳ね返る。
静寂に包まれる洞窟内にはただ1つ、アルデの声だけが響いている。
「落ち着けアルデ! そんな、そんな馬鹿な話があるわけないだろう! 今の魔法だってきっと……!」
『青吉、青吉が……』
動揺しているのは俺も同じだ。
答えを得ようと、必死に海竜神の顔を見る。
海竜神の視線は未だ、青吉が沈んでいった場所を捉えている。
『やれやれ。これで、異人に付いていった竜族は2……』
海竜神が何かを言いかけた――その時だった。
俺の後ろから、言葉では言い表せられない〝何か〟が、アルデの体から吹き出した。
『許さない』
アルデから明確な殺意が溢れ出す。
それはしだいに靄となり、アルデの体を包み込む。
靄が形を作り、アルデが以前付けていた不気味な仮面の形に変わっていく。そして着ている鎧、持っている剣が、背中へと移動していく。
『ごしゅじん――』
今まで言葉を発しなかった部長が、アルデを見ながら口火を切る。
『出てくる。止めなきゃダメだよ』
「で、出てくる? 何が出てくるんだ?」
俺の脳内はキャパオーバー寸前だった。
青吉を殺された怒り。
アルデの体に起こった異変。
いったい何が起きている?
『アルデが持っていた罪が……〝魔王〟が出てくる』