洞窟のフィールドボス
盾役の俺とケンヤ。少し遅れてライラさんと金太郎丸、最後にクリンさんと雨天さん、そしてダリアが部屋へと入る。
俺たちが全員入ったのを認識しているのか、扉が砂煙を立てながら閉じていく。
それと同時期、黄色く光る目はそのままに立ち上がる巨大な石像。
その昔コロシアムで死闘を繰り広げた剣闘士の姿を模したその石像は、肉厚の大剣を片手に持ち、俺たちを見下ろした。
重厚な石の鎧はたとえ鉄で作られた剣でも貫くのは不可能であると瞬時に悟る。また、石像ゆえに水属性が弱点だという事も納得だ。
頭のてっぺんから足のつま先まで、くまなく石でできたその石像は、石の大剣を一気に振り下ろした。
「避けた後も暫く走れ! 余波でダメージが入るぞ!」
ケンヤの指示に皆が従い、大剣をやり過ごす。
巨大な剣は大地を穿ち、余波で辺りの砂が波紋のように広がる。
「『猛攻の布陣』『鉄壁の布陣』『疾風の布陣』『降魔の布陣』」
すかさず皆に四重の強化を付属する。
そこに雨天さんが空中にいっぱいの水の塊を溜め、身の丈ほどある木のロッドを振り抜いた。
「『水流弾』!」
水の塊がストーンゴーレムに向かって射出される。ダリアも加勢するかのように貫通力の高い闇矢を形成、左足の膝を狙って勢いよく放った。
そのどちらもが、ストーンゴーレムにヒットする。――が、ボスの減ったLPは5%程だ。
「『こっちに来い』」
後衛組に向いたヘイトをケンヤがすかさず引き寄せる。装備の大盾は木製から金属へと変わっていた。
レベルは勿論、装備の質も上がっているようだ。
「『守りの心』」
防御系強化を自身に付属させたケンヤに、ストーンゴーレムの大剣が到達。鈍い金属音が辺りに劈き、空気が揺れる。
しっかりと地に足をつけ踏ん張るケンヤ。LPは減少しているものの、強力なこの一撃を耐え抜いている。
俺のバックラーと耐久では、正面から受け止めればなす術なく吹き飛ばされるだろう。
「『青の閃剣』」
「『剛猿の剣』!」
攻撃が止まればこちらのターンだ。たとえダメージ量が少なくとも連続して攻撃できれば連続ボーナスによる蓄積ダメージも追加される。
俺の青い剣は左足の膝にヒットし、逆のサイドからライラさんが同じ場所に重い剣技を叩き込む。
「『疾風』『迅雷』」
クリンさんの強化魔法で敏捷を底上げされた金太郎丸が、緑と黄色の渦巻くオーラを身に纏い、剛爪での一撃を浴びせる。
バキバキと自分の体を削られ激昂したのか、声ともとれないような雄叫びをあげたストーンゴーレムが反撃にでた。
今度は薙ぎ払うように大剣を地面の上を滑らせ向かってくる。
ケンヤは大盾を地面に刺し、大剣と対峙する形で姿勢を低くとり、地面に踏ん張った。
「『守りの魂 』加えて『鋼の闘志』」
準盾役としての俺はケンヤのLPの激しい減少、MP・SP切れの前に交代する事。
今はケンヤを信じて攻撃に集中する時だ。
後衛組もろとも巻き込む規模の薙ぎ払いも、ケンヤの鉄壁の守りにより事無きを得る。
地面に刺した大盾とケンヤが一体化したように、大剣を受けても微動だにしない。
これが盾弾きの俺と鉄壁のケンヤの違い。安心感も安定感も段違いだ。
「『飛閃剣』」
「『剛猿の剣』!」
再びライラさんと俺の攻撃がストーンゴーレムの左膝にヒットし、ストーンゴーレムのバランスが崩れる。
「『突風弾』」
「『癒しの水』」
金太郎丸が追撃し、クリンさんの風の魔法が突き刺さる。
そしてダリアの爆破が発動し、雨天さんの回復がケンヤのLPを癒した。
――しかし倒れない。
ストーンゴーレムの攻略法は片足を狙った部位破壊もそうだが、それに伴い転倒させる事。石と石がぶつかればLPのダメージ以上にストーンゴーレムの身が削れる。
最後のダリアの爆破によって膝に大きな亀裂が走ったのは見えるが、倒すに至っていない。
「連続パンチが来る! ダイキ!」
ストーンゴーレムの左手が光り、熱を帯びる。
これは攻撃を受ける事で守る事ができるケンヤのような盾役の苦手とする無差別攻撃。身軽なライラさんや金太郎丸、自身の身を守れるケンヤは問題ないが後衛組に被弾すれば一撃で戦闘が終わる。
俺は攻撃のモーションに移るより先に後衛組の前に立ち、ダリアに合図を送る。リアクションのないダリアだが、ヘマするタマじゃない。信じてるぞ。
マグマラッシュと呼ばれるその技は、恐ろしい速さでケンヤを二度も殴りつけ、ライラさん、金太郎丸へと続き、俺の方へと向かってきた。
前衛組は全員やり過ごしたようだ。ケンヤのLPも四割程減っているようだが問題はない。
ダリアがストーンゴーレムに闇霧と影縛りで行動を一瞬ではあるが制限し、光る拳の速度が鈍る。
俺はバックラーで攻撃を受けつつ、光る拳を誰もいない方へと受け流していく。
「っお!」
装備で耐久も器用も上がっている。弾く事はできずとも受け流す事で隙を作る事はできる。
俺が盾弾きに成功したと同時にストーンゴーレムの頭部に水の塊が直撃し、LPが目に見えて減少した。
事前の打ち合わせ通り、マグマラッシュの時に限り、薬で回復するケンヤと攻撃に全力を出す雨天さん。
そして盾弾きによる確定Criticalにより、大きなダメージを与える事に成功した。
これは大きい。
これまででボスのLPは約24%近く削る事に成功する。一見、大して減っていないように思えるが、転倒によるダメージでは50%が固定ダメージとなり、起き上がるまで隙ができる。
「「『盾突進』」」
再び放たれたダリアの阻害魔法で動きを鈍らせ、俺とケンヤによる盾の殴打で亀裂の入った膝に突っ込んだ。
何かが弾けるような破裂音と共にストーンゴーレムの膝が崩れ、前のめりに倒れ込む。
「皆総攻撃! ストーンゴーレムが立ち上がるモーションを見せたらMP回復に努めてくれ!」
大きな隙ができたストーンゴーレムに、俺たちは渾身のラッシュをかける。
恐ろしく高い物理防御も数の暴力によって少しずつLPを減らしていく。
しばらくして、ストーンゴーレムが身体を崩しながら立ち上がる。
後衛組は既にMP回復薬を使い陣形を整え、俺を含めた前衛組も一定の距離を保って様子を見た。
転倒により地面と激突、そして俺たちの連続攻撃によりストーンゴーレムの残りLPは15%の所まで減っていた。
そしてストーンゴーレムに変化が現れる。
右手に持っていた大剣を捨て、両手に熱を集め始めた。
「爆撃パンチ来るぞ! ここからしばらくはもしもの時の回避に専念しろ!」
ケンヤの言葉に皆が頷く。
ストーンゴーレムがケンヤ目掛けて拳を振り下ろし、ケンヤは地面に飛び込むようにして回避行動をとる。
途端、発生した爆発に洞窟全体が揺れ、バランスを崩したクリンさんが堪らず片膝をついた。
――爆撃パンチ。拳が地面にぶつかると、地面が盛り上がりながら小規模の爆発を起こす。
高い火力も去ることながら、この技の目的は陣形崩しであり、攻撃対象が状況に応じて変化する。
体勢を崩した者、次点で耐久の値が低い者が優先的に攻撃される。
一撃目は最もヘイト値の高いケンヤが的となるため、わざと大味な避け方で攻撃を誘い、常に攻撃対象を稼ぐ回避盾となる予定だった。
――しかし、
「まずい! クリン!」
「クリンちゃん!」
地面に飛び込み体勢を大きく崩したケンヤには見向きもせず、揺れにより一瞬の隙ができたクリンさんに攻撃対象が移る。
振り上げられる二撃目は想像以上に早い、そして前衛組と後衛組では距離が遠すぎる。俺と同時に走り出したライラさんも、この絶望的な距離に顔を青くした。
「『水壁』」
雨天さんが水属性の防御魔法を展開するも、とても止められそうな気配はしない。素早く動いたのは召喚獣達だった。
彼女達を突き飛ばした金太郎丸の前にダリアが火壁を展開、爆撃パンチは水壁と火壁の二層を突き破り進む。拳の威力自体は緩和されたが……。
「金太郎丸!」
金太郎丸は爆発を受け、壁際まで吹き飛ばされた。クリンさんの絶叫がフィールドに木霊する。
三撃目は最も体勢を崩した金太郎丸に向かっていく。それをダリアが拳を横からオーバーマジックを乗せた黒の破壊核で軌道を反らしていく。
「『盾突進』!!」
破壊された足は少なからず打たれ弱いはずだ! 俺は渾身の技で更なる追い討ちをかけた。
身体のバランスが崩れ、腕が魔法によって反れていく。倒れまいと踏ん張ったストーンゴーレムの拳は結果として金太郎丸から大きく反れ、何もない空間に爆発を発生させた。
「『盾突進』」
「『剛猿の剣』!」
ケンヤとライラさんも渾身の技で注意を逸らし、ダリアの黒の破壊核と雨天さんの水流弾が襲いかかる。
「最後だ! スーパーボムが来る! 皆足元に潜れ!」
ストーンゴーレムの身体が膨張していく。唯一回避できる場所は、ヤツの足元だ。しかし、大ダメージを受けている金太郎丸がまだ動けない。
「クリンさん! 金太郎丸に小熊に戻るよう指示を出してください! 金太郎丸の事は俺に任せて!」
「は、はい! 『疾風』『迅雷』」
金太郎丸の元へ駆けるクリンさんをストーンゴーレムの足元へ向かわせ、俺は金太郎丸がいる壁際に向かう。機転を利かせたクリンさんの魔法により、敏捷に補正が掛かる。
遠くでも指示が通ったのか、小熊サイズになっていた金太郎丸を抱きかかえ、皆のいるストーンゴーレムの足元へ急ぐ。
「まずい、爆発する!」
「ダイキさん!」
絶叫と同時に聞こえてくるのは、今にも破裂しそうなストーンゴーレムのひび割れる音。
――この距離は間に合わない!
金太郎丸を皆の元へ投げる。経験値を貰うのは一人でも多い方がいい。
『―――信じて 跳んで』
誰が言ったのか、その澄んだ声は不思議と俺の耳にはっきりと聞こえた。
俺はその声に、無言で従う道を選ぶ。
ーーー信じて、跳ぶ!
俺の後ろで小規模の爆発が起こり、爆風により空中の金太郎丸もろとも、皆の所まで飛ばされた。
そしてコンマ数秒後、光に包まれたフィールドから音が消え去った。
洞窟を埋め尽くすほどの大爆発。たとえ鋼の身体を持ってしても木っ端微塵になるだろうその威力は、洞窟の崩壊を引き起こした。
砂煙が止むと、奥には出口と思しき小さな穴が開いており、同時に俺たち全員のレベルアップを知らせる音が鳴り響いた。




