四女の試運転
三巻が発売します!
詳しくは活動報告にて
「葉月さんが店を閉めているって……どうしてですか?」
驚く俺の質問に、紅葉さんは表情を曇らせたまま答えてくれた。
「世界最強の召喚士ジェイコブが考えた機人族のパーティ理論っていうのがあったじゃない? それに影響されたプレイヤーが、親密度を上げられる葉月の店に押し寄せたのが原因よ」
「忙しくて……という理由じゃなさそうですね」
「ええ。あの理論は何体もの機人族召喚獣のリセットが前提とされているから……どちら側の気持ちも分かるだけに、私としては複雑」
紅葉さんの言葉を聞いたベリルが、なんとも言えない表情を浮かべながら俯いている。
葉月さんの職業は、俺や花蓮さんと似た〝良心愛の召喚士〟。その職業技能には他人の召喚獣の親密度を上げる効果があり、アルデの能力解放の時には大変お世話になった。
遊びに行って留守の時があったが、その時には既に店を閉めていたのかもしれない。
「……ゲーム自体を辞めてしまったのでしょうか?」
俺の言葉に、紅葉さんは微笑みながら首を振る。
「ううん、今はシルクとマオを連れて農業系の生産プレイヤー達がやっている農園で収穫体験しながらモチベーションを保っているわ」
紅葉さんの返答を聞き安堵しつつ、今後、俺が彼女達に何ができるかを考えていると――紅葉さんの方から俺たちへ提案があった。
「だから今度、葉月のモチベーション回復を期待して何かしてあげようと思うの! そうね……一緒に楽しくフルーツ狩りするだけでも、元気になってくれると思うわ」
「フルーツ狩りですか、いいですね! 俺もこの子達を連れて参加したいです」
俺が参加の意思を伝えると、紅葉さんは嬉しそうに「ありがとう」と笑ってみせた。
ベリルの紹介もしたいし、この子達にフルーツ狩りを体験させてやりたい。何より、召喚獣が大好きな葉月さんには、召喚獣に囲まれた環境が一番良いと思う。
「仲の良い何人かで集まる方がいいと思うから、港も呼んでおいたわ。……彼は私達とは別の部分で葉月のモチベーションを上げてくれると思うから」
ニンマリと悪戯な笑みを浮かべる紅葉さん。本当に表情がコロコロよく変わる人だなあ。
とはいえ、葉月さんと会う目的だが、港さんと会うのも久々だな。全員召喚士であるし会話するのが楽しみである。
「早ければ明後日の夜にでもって思うけど、どうかしら?」
「ええ、大丈夫です。集合場所と集合時間が決まったらまた連絡してください」
そのまま紅葉さんと別れ――店で購入したアクセサリーをベリルに付けてやった後、俺たちは早速ベリルの戦闘の試運転をしにあるエリアへと移動した。
*****
草の町奥――毒の沼地
エリアに降り立つとすぐ、ゲコゲコというカエルの鳴き声が聞こえ始めた。ダリアは目を輝かせ辺りを見渡している。
『うわー……ここって』
『? ねえさま?』
エリアを見るなりアルデがあからさまに嫌そうな声をあげ、ベリルはそんなアルデを不思議そうに見つめている。
苦い経験をしたこの場所を試運転の場所と決めたのには、リベンジマッチの意味が多分に含まれている。
レベル帯はベリルにはかなりキツイ場所ではあるが、あの時と違って俺のレベルは60。適正の倍以上ある今なら攻略も可能であると考えられる。
「相変わらず嫌ーなエリアだな」
『カエルさん、いらっしゃい』
アルデを先頭にダリア、そしてベリルが続く。靴裏に泥がくっ付く〝グチャグチャ〟という音がエリアにこだまし、その音に釣られてか、最初のモンスターが顔を出した。
【ポイズントード Lv.28】
トーナメント前にアルデの試運転を行なった後に訪れたこのエリア。以前はカエルの大群に襲われ沼にハマり、逃げ帰った挙げ句名声が下がるという散々な結果に終わった場所だ。
沼の汚れは入り口付近の泉で落とす事も知っている今、不安要素は1つもない。
「どんな攻撃を仕掛けて来るかは分からないけど毒には警戒しておこう。アルデはこっちの武器に切り替えて中距離から確実に倒す、いいね?」
『わかった!』
アルデが愛用する剣王の大剣が光と共に消えていき、その他には円錐型の槍――英雄のスパイラル・ランスが握られていた。
攻撃範囲や威力を考えたらやはり剣王の大剣が一番優秀だが、本来のアルデの戦い方を毒沼でやられると俺たちはまた泥だらけの毒まみれになる事間違いなし。
慣れない武器で悪いが、今回はコンパクトに戦ってもらおう。
『私はどうすればいいですか?』
「ベリルは自分がやりたいように戦ってくれていいから。打ち損じをしてもダリアが、負傷をしても部長が控えているし、俺もいる。思い切り戦ってほしい」
俺の言葉にベリルはコクリと頷くと、背中の羽を〝ガシャン〟と広げ、勢いよく上空へと飛び上がった。
彼女の装備する《なりきり機械仕掛けの翼》の効果だろう。彼女のMPが持続的に消費されているのが見える。
『追撃システム起動……オハヨウコザイマス』
『えっ?!』
そして、上空でなにやら自分のスキルである《自動追撃システム》と会話を始めている……追撃システムは口のような部分をパカパカさせながら、ベリルの周りを浮遊している。
『敵モンスター発見。攻撃ヲ開始シマス』
『い、いってらっしゃい』
未だ状況が飲み込めないベリルが手を振ったのを合図に、自動追撃システムはポイズントードへと勢いよく激突した!
ポイズントードのLPは1割ほど削れたが、自動追撃システムは光をチカチカさせながら、故障したように毒沼に落下した。
『システムヲ再構築シテイマス……残リ10秒……』
『かわいそう』
煙を上げて動かない自動追撃システムに、ダリアが哀れみの視線を送っている。
『……ご主人様、バルバロイ・メガのチャージが終わりました。いつでも撃てます』
ベリルは自動追撃システムに一瞬だけ視線を向け、その後すぐにポイズントードへと視線を合わせた。
技が繰り出されようとしている翼の部分は青白い光を放っており、その照準はポイズントードに合わせられている。
『うん、撃っていいよ』
『――いきます!』
俺の返答を受け、ベリルは翼に溜めたエネルギーをポイズントードに向け一気に射出させた!
チカチカとベリルの体が光に包まれた次の瞬間、螺旋回転する二本の光線がポイズントードの体を貫いた!
ポイズントードのLPは1割も残っていない。
格上相手にこの威力……溜めの時間が少し長いものの、これは十分に攻撃役としても活躍してくれそうだ。
『自動追撃システム再起動……オハヨウコザイマス』
『あ……起きたんですね』
まさかの特攻攻撃を見せた自動追撃システムも再起動し、減ったベリルのMPは既に部長の分配によって全回復している。
このまま何度か戦闘を重ねて、様子を見よう。