表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
210/304

本当のエンディング

 

 王城――マリーの部屋前


 「どうぞ」という声を受け扉をくぐる。

 そこには無駄な物が一切取り除かれた寂しい部屋が広がっていた。

 いつか見た、オールフレイさんの部屋にも似ている。

 この五年で部屋もだいぶ変わったんだな……


「ダイキ達、ちょうど良かった! アネモネさんもだいぶ落ち着いてきた所だ」


 ソファに座るマリー様は、首だけ動かしながら俺たちの方を向く。


 机を挟んだ正面には湯気の立つカップを口へと運ぶアネモネさんの姿があり、彼女の斜め前にはナルハが座っているのが見える。


 俺たちはマリー様に促されるがまま、ナルハの正面にあるソファへと座った。俺とOさんの間に三姉妹がチョコンと収まっている。


「良かった、落ち着いたようで」


「ありがとうございます。そして、改めてお礼を言わせてください。助けてくださり本当にありがとうございました」


 俺の言葉に、アネモネさんが丁寧な口調で答えてみせる。


 マリー様が言うように、今の彼女の精神状態は非常に安定しているように思える。けれども、彼女が受けた仕打ちや囚われていた年月は想像を絶するほど。全快には程遠いはずだ。


 気丈に振る舞う彼女を見て、思わず言葉が詰まる。彼女の心安らぐ場所があれば、多少の辛さは緩和されるのだろうが……


 彼女にかける言葉を必死に探す俺に、マリー様は声をひそめながら顔を寄せてきた。


「アネモネさんの安全は確保できたけど――困ったことが1つあるんだ」


「なんです?」と、俺も同じように声をひそめる。


「実は彼女……アバイドさんに会おうとしないんだ」


「王女様! その話はもうやめてください!」


 マリー様の言葉が聞こえたのか、突然取り乱したように声を荒げるアネモネさん。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


 アバイドさんは彼女の恋人。


 本来ならば一番最初に会いたい相手のはず。とはいえ、彼女の様子から察するに会いたくない理由は恐らく……


「貴女はアバイドさんに自分の姿を見られたくないんですね」


 彼女が彼との再会を拒む理由。


 既に50年もの歳月が流れた上に、彼のペンダントに写っていた彼女とはかけ離れた体になってしまっている。


 顔にこそ大きな変化は無いが、体は機械そのものだ。アバイドさんは一目で彼女の異変に気付くだろう。


「でも……でもアバイドさんはきっと貴女に会いたがってる! たとえ体は変わっていても、中身は紛れもなくアネモネさん自身なんだから!」


 マリー様の必死の呼びかけも、うつむく彼女には届いていない。


 彼女が怖がるのも無理はない。


 変わり果てた姿の彼女を万が一アバイドさんが拒絶すれば、回復しかけているアネモネさんの心が再び閉ざされてしまう可能性もあるのだから……



「犬ジイに――アバイドさんに会ってはもらえないだろうか?」



 沈黙が支配する部屋の中、机へ視線を落としていたOさんが呟いた。


「Oさん?」


「どうか、会ってはもらえないだろうか!!」


 机に向けた視線はそのままに勢いよく立ち上がるOさん。アネモネさんはOさんの異様な様子に驚きを隠せていない。

 しかしOさんはそんな彼女の返事を待たずして、秘めていた想いをぶちまけるように言葉を続ける。


「あの人は50年間、ずっとあなたの帰りを待っています! あの人が最愛のあなたを拒絶するだろうか?! 僕は……僕は救えなかったけど、この世界ではどうか……!」


 彼がこのクエストにかけていた想い。

 毎日アバイドさんの家へと通う理由。


 彼のその悲しそうな表情から、俺は全てを察する事ができた。


『僕がやっているのは挨拶じゃなく――懺悔なんだよ』


 彼はアネモネさんを救えなかったプレイヤーだ。


「……」


「アネモネさん。アバイドさんはあなたの写ったペンダントを今も大切に持っています。勇気を出してみませんか?」

 

 クエストクリアの表示が出なかったのは、まだクエストは終わっていなかったからだ。恐らく彼女が出す答えの先に、本当のエンディングがある。


 しばらくうつむいていたアネモネさんは何かを決意したように立ち上がり、俺に頷いてみせたのだった。




*****




 辺りはすっかり暗くなり、複雑に入り組む路地裏はまさに迷路のよう。けれどもアネモネさんは暗闇など気にも留めず、何かに引っ張られるように足を進めていく。


 そして目的の家――アバイドさんの居る家の前まで来ると、唇を噛みしめ動かなくなってしまった。


 玄関を優しく照らすオレンジ色の照明と、古い木製の扉。玄関先には赤・白・紫の花が揺れている。


「あの頃と、何も変わってないんです……」


 路地裏に佇む小さな家は、彼女の古い記憶を呼び覚ます。それでも進もうとする彼女の意思に反し、足は震えて動かない。


 そんな彼女を、俺たちはただ見守る事しかできない。



 と――その時だった。



 木製の扉が〝キィ〟と音を立てゆっくり開き、薄暗い部屋の奥から老いた獣人族が現れた。


「はて? 懐かしい香りがしたと思ったが……」


 独り言を呟きながら玄関先に顔を出したアバイドさんは、目の前に立つ機人族へと視線を向け、不思議そうに丸眼鏡をかけ直す。


 その様子を見て、アネモネさんは少し寂しそうに表情を曇らせると、諦めたように笑ってみせた。



「あの、私ッ!」



「……アネモネか?」



 アバイドさんの言葉に、再び固まってしまうアネモネさん。


「信じられん……ああ、アネモネ。私は夢を見ているのか?」


 アバイドさんはゆっくりとした足取りでアネモネさんへと歩み寄り、震える手で彼女の顔を優しく撫でた。


「わ、わたし……なぜ私だと? こんな、姿になってしまったのに?」


「私が見間違えるはずなかろう。人生で唯一愛した女の子じゃ」


 皺だらけの手と少女の頬が触れ合ったあと……二人は優しく抱き合った。


「この時、この瞬間をどれだけ夢見たか……私の止まっていた50年は今、動き出しました」


 アネモネさんの表情はとても幸せに満ちていた。幻か、若かりし二人の姿が見えた。


 路地裏に射し込む月明かりに照らされながら二人は抱き合っていた。


 永く永く、まるで50年の時を取り戻すかのように……


「――うん。いい絵じゃないか! 僕もこれでやっと、先に進むことができるよ」と、Oさんは二人に背を向ける。


「クエストはやり直さないのですか?」


「いいんだよ、もう。僕はこの終わり方(・・・・・・)が見たかっただけだからね!」


 そう言うと、Oさんは俺に目を合わさないままその場から一人、去っていったのだった。





【ストーリークエスト:機械仕掛けのトラップタワー】推奨Lv.40


第二王子の剣術の稽古を付けるため王都へやって来たナルハは、城内部にて、巷で噂の絶えない“虚言姫”に出会う。彼女の言葉を聞いたナルハは……?


【HIDDEN BOSS】

鏡の兵士[1/1]

トラップマスター[1/1]

自動迎撃装置α[1/1]

ブレイクナイト[1/1]


【RAID BOSS】

アネモネ[ー]


【救出クリア達成】

報酬:源の粒子

報酬:思い出のペンダント


アバイド意味…待つ


アネモネ花言葉…薄れゆく希望

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 魔法版の脳筋プレイヤーって感じのOさんが抱えていた想いにグッときました。 ダイキがクエストについて公開することによって救われるプレイヤーも少なくないのでしょうね。
[一言] ステルベン = Sterben?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ