挑戦する者たち
しばらく雑談を交わしていると、遅れてケンヤと雨天さんが現れた。俺を見るなり嬉しそうに手を振る雨天さんと、申し訳なさそうに頭を掻くケンヤ。
「よう」
「よ。先に食ってるぞ」
「こんばんは、ダイキさん。ダリアちゃん」
「こんばんは、雨天さん。お久しぶりですね」
遅れて来た二人も自身のステータスに合った料理を頼み、他愛の無い会話を続けた。
ダリアは三日間の鬱憤を晴らすかの如き食いっぷりを見せている。
「で、何かあったのか?」
「ふふん。まあ聞いてくれよ」
ケンヤは得意げな表情を浮かべながら、自身のメニュー画面を俺に見せてきた。
そこには数種のアイテム群と、その値段が並んでいる。
「これは?」
「フィールドボスのドロップ品だ。そしてこれは昨日、俺たちで倒したフィールドボスのアイテムが売れた時の値段」
素材から何から全て売れている上に、なかなかの値がついている。
更には撃破報酬やMVP報酬もその中にあり、かなりの高値で売れていた。
「すごいな。全部売るとこんな値段になるのか」
「まあ総撃破数はまだまだ少ないから需要も高い。撃破報酬やMVP報酬はそれぞれ一人ずつにしか落ちないから需要は更に上がる」
「私たちの目標はまず第一にギルドの設立です。報酬でのステータス強化は少し惜しい部分もありますが、早めにギルドを作って土地の契約ができればそれ以降は安泰です」
ギルド設立には三人以上のプレイヤーがパーティーを組み、それなりの金を払う事で申請できると聞く。
ともすれば、彼らは設立の為の資金がある程度集まっているという事になる。
――ともあれ。
「土地ですか?」
「ええ。土地にはまた別のお金が掛かりますが、現在の値段なら大きな額ではないんです。そして土地の契約さえ済ませれば、ギルドホームを設立できるんです」
楽しげに語る雨天さんは、その後もギルドホームについてのあれこれを話してくれた。
各町にある空き地に、ギルドメンバーが金を出し合って建てるこの建物は、所持金や所持品の管理や駄弁りの場、他人に聞かれたくない内密な会話をする部屋など、ギルドを設立するプレイヤーの目標とも言える物らしい。
改良すれば生産活動に必要な設備だったり、訓練所だったりを設ける事もできるそうだ。
「それって俺みたいなソロ希望のプレイヤーでも土地だったり、家だったりを建てる事もできるんですか?」
「はい! 私もゆくゆくは個人宅もって考えてます!」
ライラさんは本当に楽しみなのか、まるで少女のような笑顔で語る。
自分たちの第二の家として、ギルドの結束を深める場所として、ギルドホームは非常に重要度の高い施設だという。
「金太郎丸も元の姿でのびのびさせてあげたいので!」
「そうですね。自分の召喚獣とは、周りの目を気にせず触れ合いたいですもんね」
「公共の場で幼女を抱き締め撫で回す人にもオススメの施設だ」
「誤解を生むような言い方はやめろ」
全くこいつは。まるで俺が犯罪者みたいじゃないか。
「とはいえ、ギルド設立にはメンバーは足りてるんだろ? 俺が呼ばれたのは違う理由なんじゃないのか?」
少し脱線していた話を戻す。
「頼みたい事ってのは……ズバリ、フィールドボス攻略だな」
「ボス戦か」
思えば一つ目鬼以来、ボスとの戦闘はしていないな。以前掲示板を覗いた時、既に冒険の町から行ける東西南北のフィールドにいるボスは全て攻略されていた。
「俺たちが倒したのは北ナット林道のでかいカブト虫みたいなボスでな、そこまで強くないって聞いていたし、攻略法もしっかり載っているから苦労したが倒す事はできたんだ」
「でもそれだけに素材はあまり高く売れませんし、報酬が良かったのもあってそこそこのお金にはなったんですが……」
ギルドやギルドホームのための資金には物足りないわけか。
なかなか急いでるような印象を受けるが……土地の値段が安い分、競争率が高いのか?
「ダイキ。お前とダリア嬢がいれば東のボスも倒す事ができるだろう」
曰く、東ナット洞窟のボス《ストーンゴーレム》は一つ目鬼とは対極の物理防御特化のボスらしく、それから取れる素材は戦士職を始めとする最前線のプレイヤーにもよく好んで使われるらしい。
「このパーティの陣形は俺、剣士のライラ、召喚獣の金太郎丸が前衛でクリンが魔法攻撃と味方の強化、雨天が魔法攻撃と味方の回復を担当している」
ケンヤは言わずもがな、軽い身のこなしと高い戦闘技術を誇るライラさんに、圧倒的な攻撃力の金太郎丸。
雨天さんの他、クリンさんは俺がアドバイスした通りに魔法職特化のスキルを取ったみたいだ。
――非常にバランスのいい隙のないチームだと思うが。
「今回の相手は物理防御特化の敵だ。弱点は打撃攻撃と水属性魔法なんだが、まともにダメージを与えられるのが雨天しかいない。俺の両手盾技能にも打撃技は存在するが、筋力にはあまり振っていないからなあ」
「私の剣も大きなダメージは見込めませんし、金太郎丸も物理攻撃が主体です。クリンの属性は雷と風なので決定打に欠けます」
なるほどなるほど。このパーティには物理防御特化の地属性モンスターに弱い。そういう事か。
となれば今回戦おうとしているボスは、彼らの最も不得意とする敵なわけだ。
「水属性魔法主体の純粋な魔法職を一時的に募集したんじゃダメなのか?」
「それも考えたが、残念な事に俺たちの掲示する条件で同行してくれるプレイヤーはいなかった」
「そうか。……にしても、俺とダリアが入れば七人になるわけだし、それだと定員オーバーじゃないか?」
「エリアボスを含めたボスは基本的に最高で五パーティ30人編成でも戦えるんだ。だから無理に六人で揃える必要もない。――ともあれ、皆に渡る素材や報酬、金は分配されるから旨味がなあ」
資金を集めるためのボス戦なだけに、高額な報酬を渡すのは避けたいし、故に人数は抑えたい。かと言って少しの素材や金じゃ動く人はいないという。
ケンヤが言うには、一パーティで抑えたとしても素材と金は均等に分配されるが報酬は高い確率でクリンさんに渡ってしまうらしい。
「報酬がクリンさんに渡るというのは?」
「は、はい。召喚士は召喚獣の貢献度もカウントされるみたいで、最後に攻撃を与えた撃破報酬、最もダメージを与えたMVP報酬、撃破報酬はまちまちですが金太郎丸の攻撃力は高いですし、一パーティで二枠分の貢献度を出している私に流れてくるケースが多いんです」
「野良で募集されているのはアイテムロットが恨みっこなしのボス討伐だから、条件的にそちらのほうが参加する旨味が多い。俺たち利害関係の一致しているパーティの中に入った一人は、理不尽さに不満を抱くだろう」
クリンさんに渡った撃破報酬一つだけでも渡す。ってこれでは資金集めにならないのか、欲張りって言えば聞こえは悪いがケンヤ達は全て資金に充てたいのだろう。
「……なにも東のボスじゃなくても、他のボスを複数回倒せば問題なくないか?」
「まあそうなんだが、倒すには相応の準備とアイテムが必要になるんだ。俺たちは毎日集まれるわけじゃないし、その上、乱獲防止のためなのか、同じボスは倒してから一週間挑む事ができない」
「南の一つ目鬼は、ダイキさんが討伐した後大幅な能力修正が入ったみたいで、突破できたのは数える程しかいないみたいです。西のボスには物理攻撃が効かず、なにより聖や光属性がなければまともな戦いができないと聞きます」
あれ以上強くなった一つ目鬼とは戦いたくないな。
西には物理攻撃無効の幽霊がいたし、ボスもその延長か。ダリアの属性は火と闇だしな。
なんにせよ、返事は決まってるけどな。
「わかった。協力するよ。三日分のレベル上げもしたいと思ってたところだし」
「すまないな、図々しいお願いなのに。素材を売らずにとっておいて一気に売るにしろ需要は下がるし、なにしろ大金を持ってると不安でな」
「まあ俺の数少ないフレンド達のためだ、苦でもなんでもないよ」
ボス戦の一度や二度、手伝うのはやぶさかじゃない。ボスにも興味があるし、新しい町にも勿論興味がある。
俺は予め頼んでおいた料理を平らげ、筋力、耐久、器用のステータスが微量上がっているのを確認した。
「となれば善は急げだな。あまり遅くならないうちに行ってみよう」
東ナット洞窟に来たのは採掘以来だな。今後の為に採掘もしながら向かおう。
俺たちはボスの待つ洞窟の奥へと歩いている。道中、主に俺が道草を食いながらも戦闘は素早く、最小限に終わらせて進んでいく。
因みに、レストランでの食費はまたまたケンヤに持ってもらっているが、今回は参加の条件なので小言は言われないだろう。
まあ、少なからずの金銭的負担があったのは想像に難しくないが。
因みに、全員の現在の簡潔なステータスはこうなっている。
ケンヤ / 重戦士 Lv.17
ライラさん / 剣士 Lv.15
クリンさん / 召喚士 Lv.12
金太郎丸 / 召喚獣 Lv.9
雨天さん / 青魔法使い Lv.16
俺 / 召喚士 Lv.12
ダリア / 召喚獣 Lv.8
皆に頼まれた俺達だが、クリンさんには追いつかれ、金太郎丸に至ってはダリアを上回っている。
相当頑張ったのだろう。
あの日、俺にアドバイスを受けたクリンさんがこんなに成長しているとは。
――なにか感慨深いものを感じるな。
ストーンゴーレムに物理攻撃は効き辛いが、俺の弾きやダリアの魔法、特に闇属性なら十分通用するらしいので戦闘するのが非常に楽しみだ。
パーティ編成はケンヤ達とは別に俺とダリアが戦闘に参加する形になっている。
ボス部屋では人数によって強さは変動するものの、別パーティだからといって個体が分けられるという事にはならないらしい。
大人数で入ったらボスのステータスはどれほどまで伸びるのだろうか。
「着いたぞ。この扉の向こうだ」
先頭を歩いていたケンヤが大きな扉の前で立ち止まる。扉は洞窟と同じく岩でできていた。
奥にいるボスからなのか、ただならぬ雰囲気と重圧が身体にのしかかってくる。これは一つ目鬼を目の前にした時の感覚とよく似ている。
「それじゃあ。行きますか」
俺の言葉に皆が無言で頷くと、図ったかのように扉が重い音を響かせながら開き、中に鎮座する巨大な岩の像が目を光らせた。
初のパーティによるボス戦。多少のミスが命取りになるだろう。リザード・クレリックと戦った時に慢心も余裕も捨ててきた。
ケンヤと俺は、盾を構えながらボスに向かって駆けだした。