変わる者、変わらない者
静寂に包まれていた謁見の間に寝ぼけ声が響き渡る。エヴァンス王と兵士達は既に部屋から退出している。
「う……ん?」
その声の主は心配そうに自分を抱くナルハの顔と部屋を交互に見比べた後、不思議そうに小首を傾げた。
こめかみ部分に取り付けられた二本のアンテナがピカピカと光る。
「ここは?」
「王都にある城の中です」
「――ッ?!」
マリー様が短くそう答えると、アネモネさんの表情はみるみるうちに青ざめていき、周囲を警戒する様に震えだす。
混乱するのも無理はない。
トラップタワー最深部に囚われていたアネモネさんはその場で気を失ったのだから。
「お、王都? ではまだこの近くにあの人達が……? 怖い、怖い怖い怖い!!」
「落ち着いてください! 貴女にひどい事をした男はずいぶん前に逃げました。このお城はもう安全ですから」
そう言いながら、怯えた様子の彼女の手を握るマリー様。
ナルハは特に口出しせず、黙って事の行く末を見守っている。
「ひとまず彼女をわたくしの部屋まで連れて行きましょう。あまり大人数で取り囲むのも毒ですから……ダイキ達は先に戻って休んでください」
と、申し訳なさそうに言うマリー様。確かにこの大人数で部屋に押しかけるのは迷惑になりそうだ。
戦闘に次ぐ戦闘でマリー様自身も相当疲れている筈だが……そんな様子をこちらには微塵も感じさせていない。
「わかりました」
色々語りたい事もあったが、今は彼女の気遣いを尊重しよう。
素直に頷く俺を見て、マリー様は少しだけ、少女だった頃の表情へと変わる。
「……今日は本当に助かった。ダイキ達が居なければわたくしもナルハ殿も、そしてアネモネさんも――無事に脱出する事は出来なかったと思う。充分な力を付けたと思っていたけど……まだまだだな」
使い込まれたガントレットをグーパーさせながら、自嘲気味に笑うマリー様。そんな彼女の言葉を即座に俺は否定する。
「そんな事ないですよ。マリー様とナルハ、二人が居なければアネモネさんを救う事は出来ませんでした」
事実、二人の戦闘能力は俺たちと遜色なかった。その上ナルハの危険察知能力とマリー様の声を聞く力が無ければ、アネモネさんは本当に救えなかったのだから。
マリー様は「ありがとう」と呟くと、そのまま唇を真一文字に結び勢い良く立ち上がる。
アネモネさんを支えながら立つナルハは、彼女をマリー様の部屋まで送り届けるつもりのようだ。
「ほーんと、いい男になったよねナルハ。今度ゆっくり昔話でもしようよ」
先を行くマリー様について行くように歩きだすナルハへ、少しからかう口調でトルダがウインクを飛ばす。
今回のクエスト内容が内容なだけに、トルダも特別ナルハと話し込むような事はしていない。
「え、あ、はいっ! 喜んで!」
「ナルハ殿、デレデレしてないでアネモネさんを連れてきてください」
「?」
振り返り、嬉しそうに手を振るナルハを不思議そうに眺めるアネモネさん。マリー様の厳しい一言が突き刺さる。
そのまま三人は足早に謁見の間を後にし、残された俺たちは改めて「ダンジョン攻略お疲れ様でした」と言い合ったのだった。
*****
王都――ポータル前
時計を見ると既に10時を回っている。
社会人である俺やケンヤ達ならまだしも、学生であるライラさん達にこんな夜中までゲームに付き合わせてしまった……今更だが、悪い事をしてしまったな。
戦闘やその他色々を振り返ってみても、やはりあのレイドは完全に寄せ集めだったなあとつくづく思う。
イレギュラーもあったし、ハプニングもあった。
結果としてアネモネさんを無事救出する事もできたから良かったのだが……態度をコロコロ変える王様の件もある。本当にあれがクエストクリアの場面だったのかどうか、少しだけ疑問が残る終わり方だった。
『この後、あの場所に行くの?』
ストーリークエストへのモヤモヤにやきもきする俺へ、口一杯に魔石を頬張ったダリアが声をかけてくる。そんな彼女の頭を撫でながら、頭の中に平原を描く。
『ちょっと遅い時間だけど、そのつもりだよ。皆と早く仲良くなってもらいたいからな』
あの場所とは、ナット平原を指す。
そこで新しい召喚獣を呼ぶ予定だ。
しかし――アリスさんやトルダ辺りは召喚する瞬間に立ち会いたいと志願しそうなものだが……時間も時間なのでリアル優先に考えたのか、はたまた俺たちの邪魔をしないよう配慮してくれたのか……?
『ねーねー。なんで皆帰っちゃったのー? やわらかい乗り物に乗りたかったのにー』
『皆、用事があるんだと思うよ。また今度ゆっくり遊んでもらおうな』
頭の上で不服そうに足をバタつかせる部長。痛いのでそのまま抱き上げる。
あの後、大胆にも謁見の間にて行われたボス報酬は、ルーレットの結果によりそれぞれ雨天さん・ルーイさん・ブロードさん・トルダへと渡った。
最初、Seedメンバーはルーレットの参加すらも拒否していたのだが、その場にアリスさんが居てくれて助かったと言っておこう。
結果として彼等にも平等に報酬が渡った。悪いことばかりではあまりにも気の毒。誰からも不満は出なかった。
『さて、じゃあそろそろ――』
気を取り直しポータルへと手を伸ばす俺を誰かが呼び止めた。
「あのっ! お義父さん!」
振り返ると……そこには黒の装備に身を包んだエミリさんの姿があった。
別れた時に身に付けていた装備が一新されており、胸に妙な模様が描かれたコートを羽織っている。レイド中とは違ったシックな出で立ちに変わっていることが分かる。
別れ方から考えてみれば、ケンヤ達と会うのは流石に気まずかったのだろう。皆と別れたのを見計らって個別で俺に謝りに来たのかもしれない。
とはいえ、俺一人に謝られても全部解決というわけにはいかないのも事実。やはり、彼女には最低でもケンヤ達とはもう一度会って、今後どうしていくのかをよく話してもらいたい。
「エミリさん」
「あの……あの! ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
彼女の口から出た謝罪の言葉に、俺は少しだけ心の中でホッとしていた。
わざわざ謝りに戻って来るため相当な勇気を出したに違いない。
焦っているような様子の彼女は、 俺の返事も待たずに矢継ぎ早に言葉を続ける。
「ご、ご迷惑をおかけしたお詫びに、このクエストの本当のエンディングが見られる場所を調べてきたんです! 一緒に来てもらえますか?」
「本当のエンディング?」
制限時間でもあるのだろうか? エミリさんが妙にソワソワしているように見える。
とはいえ言われてみれば……確かに、今回のクエストだけ最後にクエストクリアの標示が無かった事に引っかかっていた。
あの報酬がクエストクリア報酬ではなくアリスさん達が言っていたボーナスの類いだとすれば、本当のクリア報酬もまだ貰っていないという事になる。
「なるほど……それなら、一度解散したメンバーをまたここに集めてからその場所に向かいましょう。今回のクリアは俺や召喚獣達だけの力じゃありませんから」
解散してからそう時間は経っていない。学生組は厳しいかもしれないが、他のメンバーは戻って来てくれる可能性がある。
俺の言葉に、エミリさんは左右に激しく首を振り、胸の前で大きくバッテンマークを作ってみせる。
「だ、駄目です! 本当のエンディングっていうのはクエストホストのお義父さんだけしか見る事はできません! 私も、道案内しかできません」
「……」
「時間がありませんが、どうしますか?」
彼女の勢いに押され、俺はダリア達の方へと視線を向けた。
寝ている部長は起こさないとして、ダリアは腕を組んだまま無言を貫いている。一方、アルデは目を輝かせながら『マリー達に会いにいくのか?! 行こう行こう!』と喜んでいる。
正直――疑問点は多い……が。
《「今日はありがとネ。とても楽しかったヨ」》
今のエミリさんとマイヤさんがダブって見えるのは、彼女達の状況が近いからだろうか? それ故に、エミリさんを信じてみたい気持ちの方が強くなっていた。
「分かりました。案内してください」
俺の返事を受け、エミリさんの顔にようやく笑顔が戻ったのだった。
*****
常闇の墓地――アネモネの墓前
長い年月をかけ風化していった墓標には、50年前、若くして永遠の眠りについた少女の名前が確かに刻まれている。
しかし、アネモネさん本人は姿こそ変えられてしまってはいたものの、城の地下深くで生きていた事がダンジョン攻略によって判明している。
つまり、この墓はアネモネさんが生きている事を隠すための偽の墓――この墓にアネモネさんを埋葬するフリをした人間が存在している……という事が分かる。
「それで――本当のエンディングというのはここで待っていれば見られるんですか? NPCはおろかモンスターの一匹も見当たりませんが……」
ここまでの道案内を終わらせたエミリさんは、しきりに周囲を見渡しているだけで言葉を発しない。
まさかとは思っていたが――これは……
「上出来上出来! これでお前の入団テストも合格だな!」
常闇の墓地に、男の笑い声がこだまする。
辺りを見渡すと、アネモネさんの墓を囲うように数人のプレイヤーが姿を現した。
その全員が、エミリさんと同じ模様の入った防具を身に着けている。
「俺はなにもここまで堕ちるつもりは無かったんだけどなあ……」
「いいや、クズの素質ならうちのマスタークラスはあるぜお前!」
数人のプレイヤーと合流し、安心したような顔でため息を吐くエミリさん。そんな彼女に向け、プレイヤー達が賞賛するように拍手を送っている。
『だ、ダイキ殿……』
怯えるアルデの手を握りながら、俺は真っ直ぐエミリさんの方へと視線を向ける。
「貴女も変われる人かと期待していたんですが……どうやら俺の思い違いだったみたいですね」
マイヤさん、彼女と同列視してしまってごめんなさい。
「貴女が所属していたギルドのリーダーは、貴女が抜けてかなり落ち込んでいたんですよ。でも良かった――貴女があのギルドから抜けてくれて」
「あれ? 俺、挑発されてるの?」
俺の言葉に、エミリさんは余裕の笑みを浮かべ周りのメンバー達へと視線を向ける。
入団テストと言っていたが――恐らくエミリさんはあの後すぐにPKギルドの門を叩いたのだろう。そして、俺をこの場所まで釣ってくるのがそのテスト……という訳か。
そもそも、攻略に集まってくれたトッププレイヤー達も知らなかった“本当のエンディング”という情報をエミリさんが知っていたことに疑問を抱いていた。
物知りだったとしても、今回は完全クリアされる事が初めてのクエスト。先の結末を知る人間が居るのは不自然だ。
今思えば、あの場で突っぱねても良かった提案。情に流されてしまった俺のミスだ。
「ちょちょいと倒して早く報酬もらわない? 俺明日早いからもう寝たいんだよね」
ナイフを取り出しそれを弄びながら面倒くさそうに呟くエミリさん。彼女の振る舞いには流石に怒りがこみ上げてくる。
とはいえ、4対6か……
「色々報酬が出たらしいじゃん。……個人的に次女ちゃんを襲うのはかなり気が引けるんだけど、ゲームって事で大目に見てくれ!」
大剣を持つ男の言葉を合図にPK達が動き出す――その瞬間!!
「《終わりの竜巻》」
突如――激しい突風がPK達の足元から出現し、それらは天へと昇る龍の如く、PK達を上空で何十回も切り刻む!
五秒と経たぬ間にプレイヤー達がアイテムとお金を爆散させながら地上へと落下し、エミリさんの体が地面でバウンドすると共に、6つの光が弾けて消えた。
いったい何が……?
「やあやあ諸君! 怪我はないかい?」
物陰から現れたのはOさんだった。
長く大きい杖を背中に戻すと、俺たちの元へとゆっくり歩いてくる。
「Oさん、助かりました……」
「なんのなんの! 小悪魔ちゃん達、無事だったかい?」
いつものように陽気な雰囲気のまま、Oさんはダリア達に向け親指をぐっと立ててみせる。
「パーティ解除しているのに大規模魔法の中俺たちは無傷っていうのも凄いですね」
PK達は残らずアイテムとお金に姿を変えてしまっているが、俺たちへの被害はゼロである。
「銀騎士の奴が言ってたろう? 空間認識の目を一番使いこなせているのは僕なんだよ。範囲魔法だってちゃんと座標を決めて……まあ、そんな事はどうでもいい!」
腕を組み得意げに語り出すOさんだったが、途中で首を大きく振り、真剣な表情へと変わる。
「僕はね、あのクエストはまだ終わっていないんじゃないかって思うんだよ。僕のワガママを聞いてくれるかい?」
Oさんの提案に、俺は迷う事なく頷いた。
結局エミリさんの言葉は嘘だったが、彼女の言っていた本当のエンディングというのは、本当に存在しているのではないかと思う。
Oさんはそれを確かめたかったのだろう。
「それじゃあ悪いけど、もう一回あのお転婆王女に会いに行こうかッ! 先頭は僕だよ!」
そう言い残し、ポータルの方へと駆け出したOさん。
本当のエンディング……果たしてそれはどんな結末なのだろうか。




