ダンジョン『機械仕掛けのトラップタワー終』
【邪悪なる力『源』を封印しました】
暴力的な電撃が収まると同時に表示されたアナウンスを見て、俺たちはやっとダンジョン完全攻略の喜びを噛み締める。
アネモネさんが手を置いていた二本の機械は音を立てて崩れ落ち、気を失ったようにその場に倒れこむ彼女。
「眠っているようですね……」
「良かったあ……」
素早く駆け寄り彼女を抱いたナルハの言葉を受け、隣に立つマリー様からも安堵の声が漏れた。
その光景を前に唖然とした表情を見せるドンさんやクーロンさんと、満足そうに何度も頷いている銀灰さん。
先に4体の隠しボスを倒して回った甲斐あって、メインストーリーはこの人達も全く知らないルートへと動き始めていた。
ボス戦らしからぬボス戦ではあったが、唯一経験値だけは入手できている。
そのお陰もあって、アルデが記念すべきレベル60を迎えたが――その小さな体に目立った変化はない。
『姉御と姉さんはカッコ良くなったのに拙者だけ変化なしだなんて……』
アルデが落ち込むのも無理はない。レベル10で迎えた初めての進化でも、彼女の外見に変化は無かったのだから。
ただ、進化に伴うステータス上昇は発生しているため一応は進化していると考えられる。
しかし種族名は変わらず《小人族》のままであるから数字上だけの進化――もとい、強化ともいえるが……
『わたしはアルデが羨ましいけどねー』
『拙者は姉さんが羨ましいの!』
進化を拒んでいた姉と、進化に伴う変化を期待する妹……か。
『二人とも自ら課せられた宿命に近付いてきてる。ダリア達が変わってもダイキは変わらずそばに居てくれる?』
お互いに嫉妬し合う姿を見つめながら、足元にいるダリアが呟く。
『宿命ってなんだ? というか、ダリア達が何になろうと、俺は最初からずっと一緒に居るつもりだからな』
『そう。なら、安心』
この子は極たまに意味深な事を言うな。
思えば彼女も体の成長はもちろん、最初の頃は途切れ途切れだった言葉も、今ではこうしてはっきり喋ることができている。
外見だけでなく内面も短期間で成長しているのだ、彼女達は。
ダリアが言う“変わる”の意味がそれを指しているのだとしても……全く違う別の意味だとしても、俺は変わらず彼女達のそばに居ると決めている。
それが――俺が理想とする、親のあるべき姿なのだから。
*****
城内――実験室B3
「申し訳ありませんでした!」
無事トラップタワーから脱出した俺たち。
開口一番、ケンヤの謝罪が響き渡る。
「トラップマスターまでの情報を、うちのギルドメンバーが掲示板に書き込んでいました。レイドに参加する上での注意点だけは守ってもらうようお願いしていたのですが……」
ギルドマスターのただならぬ様子に困惑する雨天さん達と、困ったような表情を浮かべるブロードさん達。
途中でエミリさんが退場した理由はこれか……まあ、なんにせよ
「そんな事ならなにも抜けなくて良かったのに。クリアしたら改めて掲示板に書き込む予定だったし、全然問題ないよ」
頭を下げたケンヤに向け、気にしてない意思を表しながら答える。
この場でエミリさんの行いを許せるのは、ホストである俺しか居ない。
それに、情報を掲示板に書き込む事はトラップマスターを撃破した時点で決めていた。形はどうであれ、どの道この情報は他プレイヤーに発信されていたのだ。
「いいのか? ダイキ君。今まで撃破されてなかったボスの情報なんて町の開放情報並みに重要だぞ? しばらく独占攻略してアイテムを集めてからでも遅くはないと思うが……」
簡単に答えた俺へ、少しだけ焦った様子でドンさんが待ったをかけた。その言葉にマイさんとブロードさん――名持ちボス討伐を専門とする二人も賛同するように大きく頷く。
俺は視線を移し、心配そうな表情を覗かせるマリー様達を見やる。
未だ深い眠りにつくアネモネさんは、ナルハに抱えられながらも確かにそこに生きている。
「彼らがあまりにも不憫じゃないですか。それに、他のプレイヤー達もこのクエストの結末をずっと引きずったまま先へ進んでいくのは……きっと辛いはずです」
そのまま視線を銀灰さんとOさんへと移しながら、再びドンさんへと向き直る。
クエストはまだクリアされていないため、全ボス撃破がハッピーエンドに繋がっているのかどうか現段階では分からない。けれど、ここにいるNPC達を全員無事に送り届けることができた暁には、俺は迷わずクエスト内容の全てを掲示板へと書き込むだろう。
「アリスさん達はどうでしょう? 俺はエミリさんの行いを全面的に許します。残念ながら本人はここに居ませんが……」
俺の言葉に、アリスさんは安心したようにふぅと息を吐いた。
「ダイキ君ならそう言うと思ってたわ。私も――隠しボス討伐なんて提案をしたメンバーのギルドマスターだから、あまり大きい事も言えないし」
アリスさんはそのまま、困った人を見るような目で銀灰さんに視線を向けながら、再び小さく息を吐いた。対する銀灰さんは額をぽりぽり掻きながら、満足そうに笑っているのが見える。
「ブロードさんはどうですか?」
「まあ、今回のダンジョン攻略はそもそも構成の確認や練習もしていない。ましてや初顔合わせのメンバーも多い状態からのスタートだったからな。トラブルの1つや2つあっても仕方ないと思う」
厳格な男性アバターから発せられた大人の一言に、皆納得したように頷いている。
「そういう事で、一件落着でいいんじゃないかな?」
この一言で今回の件を一気に収束させていく。今俺たちが優先すべきことは、マリー様達を安全な所まで送り届けることなのだから。
*****
城内――謁見の間
綺麗に伸びる赤い絨毯のその先に、巨大な玉座と人の影がある。
明らかに警戒した様子の兵士のアーチをくぐりながら、俺たちはこの国の王――エヴァンス・ロウ・ダナゴン二世の前へとやって来ていた。
先頭を歩くのは勿論、第四王女のマリー様。そしてその後ろをナルハがアネモネさんを抱きながら歩いていく。
後ろにゾロゾロと付いてくる俺たちへ向けられた視線は一瞬で、王の視線は自らの娘と一人の冒険者へと向けられていた。
「おお、戻ったか! オールフレイが血眼になって探しておったぞマリー。それに……後ろに居るのはナルハ殿か?」
もはや俺たちの存在は彼らのオマケですら無いようだが……これは彼らの物語、黙って行く末を見届けよう。
マリー様とナルハに倣い、俺たちは王へとこうべを垂れる。その体勢のまま、マリー様ははっきりとした口調で口を切る。
「申し訳ございませんお父様。ナルハ殿と共に城の地下――ステルベンの実験室へ行ってまいりました」
「――ッ!」
マリー様の口から出た言葉に、王様を含め周りの兵士からも驚きの声が上がる。当然と言えば当然、あの部屋に行く事は禁じられているのだから。
「……どういうつもりだマリーよ。お転婆で手のつけられなかったお前が最近やっと王女らしくなってきたかと思えば――よりにもよって実験室などと」
エヴァンス王は口調こそ穏やかだったが、その表情からは明らかな怒りの色が窺える。
アネモネさんを危険な場所に長年閉じ込めていた男の部屋。心配を通り越して怒りの感情が出てきてしまうのも無理はない。
そんな様子のエヴァンス王に対し、マリー様は全くひるむ様子を見せぬまま――ナルハが抱く女性の方へと視線を向けた。
「この機人族の女性――名をアネモネと言います。お父様は彼女に見覚えがありますか?」
マリー様が唐突に話題を変えてきたことにエヴァンス王は少しだけ眉を寄せてみせたが、彼女に促されるがまま、アネモネさんの方へと視線を向けるのが見える。
王の目が一瞬――左右に揺れた。
「――見ない顔だ」
かと思えばすぐに興味を失ったのか、深々と玉座へ座り、マリー様の返答を待っている。
一瞬見せたあの目の動きは動揺か……はたまた、ただの俺の見間違いか。
「人族だった彼女は、遡ること50年前――ステルベンの手によって機人族へと変えられ城の地下深くに拘束されていました。わたくし達は彼女を助けるため、立ち入り禁止の実験室へと入ったのです」
「……お前の話、にわかには信じがたいが本当ならば由々しきことだ。ただ分からないのが――お前達はどうやってその女性を見つけたのだ? 50年もの間囚われていたその女性を」
明らかに、疑っている。
マリー様は一瞬だけ言葉をつまらせたが、意を決したように真っ直ぐ顔を上げ、まるで宣言するかの如く言い放つ。
「わたくしも、ナルハと同じ《選ばれし者》だからです!」
謁見の間がシン――と、静寂に包まれる。
そして次の瞬間、エヴァンス王が満面の笑みを浮かべ、大きく手を叩きながら立ち上がった。
「おいお前達、聞いたか?! マリーが《選ばれし者》だった! また王族から英雄が産まれるのだ! こんなめでたい事はないぞ!!」
先ほどの様子とは打って変わり、まるでオモチャを買い与えられた子供のように無邪気に喜ぶエヴァンス王。兵士達も釣られるように喜びの声を上げ、謁見の間は異様な雰囲気に包まれた。
いや、なんだこの違和感は。
実の娘とはいえ、彼女の言葉を全く疑わないのは何故だ――?
アネモネさんの件についてはずっと半信半疑な様子を顔に浮かべていたのに今回それは全く無い。
加えて、マリー様は自分の力の事を説明していない。彼女の返答はまるで答えになっていない筈。
彼女が《選ばれし者》である事を最初から知っていたような……? それも、力の内容までも把握していたとなれば――いや、考えすぎか?
「ああ、今日はいい日だ! マリーもナルハ殿もゆっくり休むといい。後ろの冒険者達もご苦労であった! 褒美を取らそう!」
そう言いながら、エヴァンス王は上機嫌のまま謁見の間を後にし、後ろの部屋へと消えていった。
横で同じように頭を下げていたアリスさんと目が合い、眉をひそめた彼女の『どうなってるの?』というアイコンタクトを受け、俺も『さっぱりです』と眉をひそめる。
その後、壁際で槍を立て待機していた兵士の一人が俺の元へとやって来て「王からの褒美だ」と、巾着袋を差し出し、それを受け取ると同時に目の前に大量の報酬が表示された。
これで、クエストクリア――なのか?
報酬:経験値[28500]
報酬:G[75000]
特別報酬:名声[+100]
特別報酬:スキル習得券
特別報酬:王都騎士装備引き換え券×1