ダンジョン『機械仕掛けのトラップタワー16』
一行は、扉の奥へと歩き始める。
広がるのは宇宙を彷彿とさせる満天の夜空と、細長い一本道。ここが終点だという雰囲気がよく伝わってくる。
「話は終わったのか?」
「ま、まあな。待たせて悪かった」
小走りで俺たちの元へと戻ってきたケンヤは、複雑そうな表情を覗かせ、笑ってみせる。
エミリさんに続きケンヤまで呼び出すとは……彼らとアリスさんの間に、いったい何があったのだろうか?
遅れてアリスさんが涼しい顔で戻ってきたものの、一番最初に呼ばれたエミリさんの姿は見当たらない。
心配になった俺は、未だ複雑な表情を浮かべているケンヤに耳打ちする。
「エミリさんはどうしたんだ? まさか、クリア目前になって用事ができたとか……?」
正直、無理はない。
ダンジョンは長いマップ攻略と強力なボスが立ちはだかる難易度の高い場所。当然、攻略するための時間もまた長くなる。
今回は途中から《全ボス討伐》という目的が追加された事もあり、予定していた時間をオーバーする可能性がある。
ここまで付き合ってくれただけでも十分だ。後日、改めて挨拶にも行きたいが――
あれこれと考えている俺に対し、ケンヤは表情を曇らせながら冷たい口調で言葉を返す。
「エミリはギルドを脱退した」
「えっ?! それはまた急な……」
予想外の返答に思わず大きな声が出た――慌てて口を押さえつつ、再び、ケンヤだけに聞こえる声で聞き返す。
「理由はわかってるのか? 未踏破ダンジョンがあと少しでクリアできるっていうのに脱退するなんて……相当な理由が無い限り――」
「理由はハッキリしてる。ダイキが言うように、脱退するに値する相当な理由だよ」
俺の言葉を遮るように答えるケンヤ。
近くを歩いていたライラさんも一連のやり取りを聞いていたのか、その表情からは動揺の色が伺える。
そのままケンヤはライラさんの方へと視線を向け、口の前に人差し指を持っていく。
「ライラ。この件はダンジョンクリア後、改めて皆の前で説明する。今は攻略に集中しよう」
「う、うん。わかった……」
ケンヤのただならぬ様子に気圧されたライラさんは、素直に頭を縦に振ったのだった。
*****
人一人歩くのがやっとの狭い道が何本も張り巡らされた、ひたすら広い空間。
天井部分は宇宙とも夜空ともとれる神秘的な光景が広がっており、道の下にはどこまで続いているのか分からない、深い深い穴が空いている。
蜘蛛の巣状のフィールド。足を踏み外せば、奈落の底まで真っ逆さまだ。
「やっと、やっと会えましたね……アネモネさん。貴女の声はずっとわたくしに届いていました」
ある一点を見つめ、今にも泣き崩れそうな声で叫ぶマリー様。
彼女の視線の先はフィールドの中心。
両手を何かの装置に縛られたままグッタリとしている人の影が見える。
弱々しくだが、まだ体が微かに動いている。彼女は生きている。
あの人が、マリー様が探し続けていたアネモネさんなのか?
「マリー王女。あそこへ行くのは危険です」
すぐにでも駆け出しそうなマリー様を制止するナルハ。
彼の表情はマリー様とは打って変わり、完全に警戒しきったソレである。
「わたくしは彼女を早く助け出してあげたい! 何年も何年も探してきた人が目の前に居るんだぞ?!」
「冷静になってください。この状況、どう考えてもおかしいですよ。ダイキさん、どう思いますか?」
彼の態度に激昂するマリー様だったが、ナルハはそんな事はお構いなしに、後ろにいる俺へと意見を求めてくる。
「確かに、これは普通じゃないな」
「ダイキまでっ!! な、なんですぐ助けに行かないんだ!!」
淡々とやりとりする俺とナルハの態度が、さらにマリー様の怒りに触れている。
けれどもここで彼女の主張通り、何も考えずアネモネさんの元へと行ってしまえば、この先考えられる最悪の事態が引き起こされる可能性すらあるのだ。
「マリー様、落ち着いて聞いてくださいね。まず前提として、アネモネさんは50年前に亡くなったとされる人族です。これは、アバイドさんから見せていただいたペンダントで確認してますね?」
「そ、そうだ! そんな事は知ってる!」
「じゃあ聞きますが、あの人は本当にアネモネさんなのでしょうか?」
俺がアネモネさんと思しき人物の方へと指差すと、マリー様の怒りは徐々に静まっていき、冷静に物事が考えられるようになっていく。
「人族……じゃないけど。確かにあの人はアネモネさんで間違いないぞ?」
「あまり考えたくないのですが、なぜあの“機人族”からアネモネさんの声がするのか……道中の施設を見たら、なんとなく想像がつきますよね」
あくまで仮説だが、これは確信に近い。
50年も前の人であり、数年もの間放置されていた機械ダンジョンの最深部に捕らえられているにも関わらず、今もなおマリー様に声を届けられる理由。
トラップタワーに向かう道中にあった、液体入りのガラスケースに入れられていた半身が機械に変えられている生物の死体。
この施設を作ったステルベンは自らの体を機械に変え、不老の肉体を手に入れている。
死んだとされ、葬儀まで行われた彼女が50年経った今もなお生きながらえている理由……それは、彼女がステルベンの手によって機人族へと変えられたという事。
何故この施設の最深部に囚われているのかは全く予想できないが、それも何かの理由があっての事だろう。
故に、何の警戒もなく彼女を助けに向かうのは危険だと判断できる。
「じゃ、じゃあどうすれば――」
突如、トラップタワー全体が激しく上下に揺れだした!
そしてフィールド中央に倒れていたアネモネさんの体が不自然な形のまま起き上がり、俺たちの方へと視線を向けた。
《殺して》
ひどく悲しい声が、頭の中にこだまする。
これが、マリー様だけに聞こえていた声?
「そんな……ここまでしても結果は同じだっていうのかい?! そんな、そんな事って……」
アネモネさんの髪がブワリと逆立ち、宇宙に描かれた星々が銃口のような何かに変わる。
彼女が戦闘態勢に入ったことに絶望の声を上げるOさん。既に戦う前から戦意を喪失しており、自慢の杖が床に転がっている。
「……ちッ! 仕方ない、ボスに一撃を与えて終わらせるぞ!」
「本当にこのルートしかないのか? 僕はまた、あの光景を見なければならないのか……」
アネモネさんの変貌ぶりに素早く反応するクーロンさんが槍を構え、細い道を駆けていく。
俺の横でしばらく立ち竦んでいた銀灰さんもまた、動揺で揺れる瞳を閉じ、ゆっくりと剣を抜き放つ。
《殺してください》
頭の中で何度も繰り返される、彼女の悲痛な叫び。
先頭を行くクーロンさんが雷に貫かれ、その細道の上に倒れこむ。
「皆さんウルティマに捕まってください大型魔法が展開され、ます」
花蓮さんの声は、宇宙を走る膨大な電撃の波によってかき消される。
フィールド全域にも及ぶほどの広範囲かつ高出力の電撃。
それは彼女の体から生み出され、両手を縛るあの装置を伝って銃口に溜められているように見えた。
まさか、ここまで来て全滅――?
そんな考えが脳裏を過ぎったその時、頭の中に、別の声がこだました。
《もう終わったの、アネモネさん! 貴女を縛る物は全部無くなったよ! 攻撃を止めて!》
目を閉じ、祈るような形のマリー様。
彼女の声は俺たちにだけでなく、アネモネさんにも届いていた。
《駄目。あの男――ステルベンが見てる。私が供給を止めたら、4体の怪物が世に放たれる。その前に私を殺してください。私が死ねば、施設は崩壊します》
彼女の手から流れる電流がさらに強力となり、フィールドを取り囲むように渦を巻き始める。
それでもマリー様は祈りを止めず、彼女に必死に呼びかけた。
《ステルベンはもう居なくなったよ! その4体の怪物だって、全部倒してきたんだから! お願い、攻撃を止めて!》
彼女を機人族へと変えたステルベンは既に王都から逃亡し、俺たちは道中、その4体の怪物を倒してきている。
全身が機械に取り替えられているに彼女の表情は読み取れないが、その瞳からは赤い涙が流れている。
《なら、なら私はもう自由になれる? あの男に恐怖する必要も、ない?》
電流が、しだいに弱まっていく。
《大丈夫。供給を止めて、わたくしを受け入れて》
そして――電流が止まった。