ダンジョン『機械仕掛けのトラップタワー14』
ドキドキのルーレットタイムが終了してから既に、10分もの時が流れている。
武器を構える銀灰さんとトルダを先頭に、俺たちは再び光の線が行き交う長い廊下を歩いていく。
「ま、まさか自分で引き当ててしまうなんて思いませんでした! こ、これも花蓮さんが協力してくれたお陰ですねー!」
《初個体撃破報酬》が収まっているアイテムボックスをそそくさと閉じ、何度目かも分からないフォローを挟んでいく――
*
ルーレットが止まり、そこに表示された数字を見た俺は思わずガッツポーズを取っていた。
出た数字は《97》。
言うまでもなく、かなりの高得点である。
「花蓮さんやりました! 俺97です! 97!」
「……」
俺は以前、マイヤさん達と共に突破した剣王の墓ダンジョンで、全く話にならない数字を出すという苦い経験があった。
それ故か、あまりの嬉しさについ隣で一緒にルーレットを回してくれていた花蓮さんへ向け、歓喜の声を上げてしまったのだ。
ハッと気づくも――時既に遅し。
そこには目の前に表示された《001》という数字を、ただ呆然と見ている花蓮さんの姿があった。
――
――――
――――――
「……」
不貞腐れているというより、純粋に落ち込んでいる様子。
アイテムを当ててアルデに渡すと意気込んでいただけに、二度も続けて低得点を出したショックは計り知れない。
隠しボスのいる部屋までの道は長い。そこまでずっと、このどんよりした空気を耐え抜かなければならないのか……
『花蓮、役に立たなかった』
「がーん!」
「こ、こらっ!」
ダリアの何気ない一言が決め手となり、花蓮さんの思考は停止した。
*****
トラップマスターを倒した影響か、道中猛威を振るっていた罠の数々は鳴りを潜めている。ナルハの危険察知に頼る事もなく、攻略ペースは極めて順調といえた。
ふと、何かの気配に視線を向けると、そこには笑みを浮かべるクリンさんの姿があった。
ダンジョン攻略中のため金太郎丸・ガブ丸は成獣モードで警戒中である。
「だ、ダイキさん。その、初個体撃破報酬をよく見せてはいただけませんか? ダンジョン中にお願いするのは迷惑かなとは思いますが……」
「いえいえ、もちろん良いですよ」
おずおずといった様子で口を切るクリンさん。そのまま俺は、彼女に初個体撃破報酬のアイテムデータを送信した。
【トラップマスター・オブ・アウイン(機人族専用装備)】#初個体撃破報酬
トラップタワーの《罠》を司るトラップマスターの核。接続部から切り離された事によりステルベンからの呪縛は解かれている。内蔵技は必要チャージレベルⅨ《ジャスティレイ・テラ》。
筋力値+37
耐久値+37
敏捷値+36
器用値+37
魔力値+39
トラップダメージ半減
分類:核装備
一言で言うと、流石は初個体撃破報酬である。
性能はダリアのヴァーミリオン・リングよりやや劣ってはいるものの、付ければ一気に大幅ステータスアップが見込める代物となっている。
ただ、トラップマスターが機械のボスだったためか、この装備には《機人族専用装備》と書かれている。
三姉妹の誰もこれを装備することはできない。
その事にクリンさんも気付いたようで……
「すごい性能ですが――ダイキさん達の中に、これを付けられる種族は居ないですね……」
クリンさんは慌てて取り繕うように「大丈夫です、売るにしてもダンジョンボスの初個体撃破報酬ならホーム一軒の値打ちがしますから!」と言葉を続けた。
ホーム一軒分の値段になるのは非常に魅力的だが……俺はもうこれの使い道は決めてあった。
「クリンさん。実は俺にとって今回の報酬は願ったり叶ったりの内容なんですよ」
「え?」
俺の言葉に、不思議そうな表情を見せこちらに視線を向けてくるクリンさん。
「俺が次に召喚する召喚獣は、もう《機人族》で決定していますから」
それを受け、驚きの声を上げるクリンさん――と、アリスさんとマイさん。
聞いていないようで、皆、聞き耳を立てていたらしい。
「次の子はメカ娘かあ……はやく抱きしめたいんだけど」
「その口振りだと割と早い段階から決めてたみたいですね。召喚の理由とかはあるんですか?」
クネクネと身をよじるアリスさんを無視する形で、マイさんが問う。
娘と決まったわけじゃないけど……この人達なら新しい召喚獣とも仲良くしてくれそうで安心だ。
「次の召喚獣を機人族にしようと決めた理由は、あのエキシビジョンマッチですね」
俺の回答に、身をよじっていたアリスさんの動きがピタリと止んだ。
「彼の召喚獣である機人族達……ダリアが言っていました。彼らからは、そこにあるはずの感情が感じられない――と」
言いながら、あの日のダリアの言葉を思い出す。
《『そこにあるはずの感情 喜びも 悲しみも 苦しみも なにも感じられない』》
ダリアだけではない。同じ召喚獣として、部長やアルデも何か感じるものがあったはずだ。
失った感情だけではない。
何度も何度も、強い個体が出るまで新しい個体を生み出しやり直す行為は、消えていった機人族があまりにも不憫だった。
機人族の事を、便利な召喚獣と呼ぶプレイヤーも居る。
「便利だなんて言わせない。俺は彼らの事を、何色にでもなれる素晴らしい才能の持ち主だと考えています」
俺は既に召喚獣の名前を決めていた。
様々な色へと変化するその宝石は、組み合わせによって様々な技を使うことができる機人族と、どこか似ていたのかもしれない。
《希望》の意味を持つこの名前は、感情を失った機人族達へ向けたメッセージ。
「その子の名前は、ベリルです」