ダンジョン『機械仕掛けのトラップタワー12』
その部屋は、30人近くのプレイヤーとボスが戦うには少し窮屈に思えるほど狭かった。
部屋の真ん中に吊るされたピエロの機械人形は、俺たちが全員揃った今も沈黙を守っている。
「あれ、この部屋……」
そう呟いたマリー様は部屋全体をぐるりと見渡し、不思議そうに首をかしげた。
「マリー様、何かわかっ――」
――突如。部屋を形作っていたパネルが赤黒い光りを放ち、ピエロの瞳も怪しく光る。
だらりとぶら下がっていた腕や足も“ギギギギ”という錆び付いたような音と共に動き出し、ボスの足元に五本のLPバーが出現した!
【トラップマスター Lv.42】#HIDDEN BOSS
乱暴に塗りたくられたペイントや不気味な三面相も相まって、過去戦ってきたどのボスよりも異様なビジュアルだ。
巨人や竜といったはっきりとした強さではなく、また別の種類の強さを感じる。
現にこのボスは未だ一度も撃破報告のされていない、無敗の強者なのだから。
「最初は即死級の攻撃がない『笑い』がしばらく続く! 盾役は距離を詰めて敵視の安定、物理攻撃役はタンクの合図で攻撃開始!」
アリスさんの指示が飛び、既に動いていたウルティマが盾に拳を打ち付けた。
挑発の合図、金属音が響き渡る。
トラップマスターの視線が後衛陣からウルティマへと移動し、背中に隠していた大鎌をぬらりと取り出した。
――巻き起こる、爆音。
飛び交う魔法がトラップマスターを襲い、LPバーの減少が始まる。Oさんや花蓮さん達と一緒に、ダリアも自己判断で魔法を展開していた。
物理アタッカー達も敵視が安定したのを見るや否やボスへと飛びかかり、ボスの部屋は爆発音と甲高い金属音で支配されてゆく。
「凄い、減り方が今までと段違い。もしかしたら本当に……」
「『悲しみ』に変わったぞ!! 攻撃欲張らずに壁際まで退がれ!!」
アリスさんの呟きは、ドンさんの怒声によってかき消された。
見ればボスの顔が泣き顔に変わっており、そして何かを溜めるかのように、鎌を胸の前に持っていくのがわかる。
――怒りが、来る!
次の瞬間。
トラップマスターの顔が『怒り』に変わり、その大鎌をおもむろに振り上げた!
そして……
「えっ?! ちょっ!」
「俺かよ、クソッ!」
「な、何? 足が動かな……」
トラップマスターはそのまま、目の前の何かを断ち切るように鎌を振り下ろす。
必死に何かを訴えていた声が一瞬にして聞こえなくなり、人が地面に崩れ落ちる嫌な音が……三つ。
「ケンヤ君とクーロンがやられた! 回復役は急いで蘇生を頼むッ!」
「う、嘘ッ! 雨天さんッ?! なんでこんな場所にまで……?」
空間認識の目で見えたのは、ボスに最も近かったケンヤとクーロンさん。さらに、後衛組の真ん中にいた雨天さんが同時に倒れている。
百歩譲ってケンヤとクーロンさんは鎌の届く範囲にいたかもしれないが、斬撃が雨天さんの居た場所にまで届くようには到底思えない。
無差別かつ、回避不能の広範囲即死攻撃。
三人のLPが一撃で0になり、ボスの表情が再び『笑い』に戻っていく。
標的となった三人全員の身動きが制限され、そこから攻撃が発動するまで約15秒……いくらなんでも無茶苦茶すぎる。
「後手に回るな! 蘇生や回復、強化に気を取られてるとすぐに次の『怒り』に変わる! タンクは引き続き攻撃の誘導、アタッカー達も攻撃再開だ!」
ヒーラー達に簡単な指示を飛ばしたドンさんが改めて武器を構え、その分厚い斧をボスの足へと振り下ろす。
再び繰り広げられる激しい攻防。
一方、ナルハとマリー様は何かを見つけたように別の場所へと駆け出していた。
「ここです、ナルハ殿!」
マリー様の指差す先には、他と変わらない普通の壁しかない。その壁へ向け、戸惑う様子も見せぬままナルハが剣を突き立てた!
ピタリ――と、ボスの動きが止まる。
周囲の壁が爆音と共に崩れ落ち、そして……
「仕掛けが隠してあったの?! 私達のギルドメンバーでも気付かなかったのはやっぱり……」
「皆、部屋が拡張されたよ! 後衛陣はボスから更に距離を取るため壁際に移動して!」
マリー様が見つけ、ナルハが壊したその仕掛け――砕けた瓦礫がポリゴンの欠片となって消え、最初の部屋よりひと回り広い空間が新たに現れた。
部屋の構造や色は変わりなく、ただ、等間隔にはめ込まれた赤色の石が無数に並んでいる。
マリー様が、何かの声を頼りに仕掛けを見つけたのだろうか。
「うっしゃあ! なんか知らんけど盛り上がってきたぜーー!」
「やるぞ相棒! 見ててねヘルちん!」
沈黙するボスに向け、ここがチャンスと判断した風神雷神が手を合わせ巨大な魔法陣を形成していくのが見える。
吐き出されたのは、極太の光!
駆け抜ける緑と黄色の光線がトラップマスターの胴体を貫きLPをごっそり削り取る。間髪を入れず、花蓮さんとヘルヴォルが同時に武器を掲げ、振り下ろした。
「《主神の鉄槌》」
全ての音をかき消す轟音が、ボスの頭上から落下した。
攻撃の余波は前衛組にも及び、爆風に耐え切れなかったアルデが後ろに転がっていく。
「間近で見るとまた迫力がすげぇ……」
行き場をなくしたエネルギーが電流のごとく“バチバチ”と音を立て部屋中を泳ぎまわり、その一つを握りつぶしながら、ケンヤが苦笑し呟いた。
最初の理不尽で戦闘不能となった三人も、コーラルやマイさんの蘇生魔法によって既に戦線復帰を果たしている。
花蓮さん達の連続大技により皆の士気は極限まで高まっていた――刹那、ピエロの顔がぐるりと回転した。
「えっ?! 『悲しみ』になったって事は……?ッ!」
「仕掛け壊しただけじゃ解決されないのか? クソ、短時間の足止めにしかなってない!」
先の一撃で、その威力は嫌という程に見せつけられている。
もはや回避は無意味か……いや、部屋自体が広くなった今、壁際まで距離を取ればあるいは……?
「皆、壁まで走っ――」
俺が叫ぶよりも先に、トラップマスターの顔が『怒り』へと変わる。
『悲しみ』の待機時間は、2秒もなかった。
花蓮さんのヴァルハラゲートや風神雷神の魔法、続く他のメンバーの総攻撃でボスのLPバーは残り2本を切っている……攻撃パターンが変化した?
体が鉛のように重い――指一つ、動かす事ができない。
「い、嫌だ!! ダイキ!!」
悲痛な叫び声が部屋全体に響き渡る。
マリー様の方へ顔を向けてやることもできない。
標的になって改めて分かる、この理不尽な技。
バリンッ!!
何かが砕ける破裂音――同時に、体の自由が戻ってくる。
「えっ?」
「ダイキさん! 間に合った!!」
音のした方へ視線を向けると、そこには壁にはめ込まれた赤色の石に剣を突き立てるナルハの姿があった。
彼はそのまま、後衛陣へと指示を飛ばす!
「壁の赤い石――光っている物を先に壊してください!」
壁に点々とはめ込まれた赤い石。
ナルハが言うように、2つだけ不自然に光っている物がある。
「《速射》」
その声に素早く反応したのはトルダ。
残像が残るほどのスピードで射出された二本の矢は、それぞれ別の場所で光っていた赤い石を撃ち抜いた!
その瞬間、俺の他に標的となっていたブロードさんとウルティマの拘束が解かれ、トラップマスターの『怒り』の顔は故障したようにぐるぐる回りだす。
「《連射》」
トルダの攻撃は続く。
まさに機関銃の如く射られていく矢が、数十箇所にはめ込まれている赤い石を次々に砕く!
ボスは苦しむように身をよじっている。
LPも連続して減っている。壁の石もボスの一部のようだ。
「壁の方まで後退してください! 床から何か感じますッ!」
ナルハの指示を受け、前衛組も揃って壁際まで移動。
次の瞬間、床の色が禍々しい紫へと変化し、夥しい量の槍が不規則に飛び出した!
「うひゃー……あんなの食らったらひとたまりもないじゃん」
「部屋が広がったお陰でここまで槍が届かない……ダメージ床+高威力の突属性攻撃まで回避できるのね」
目の前で繰り広げられる混沌とした光景にどん引きするライラさんと、冷や汗を拭うアリスさん。
確かに、この罠と鎌攻撃の両方が襲ってくると考えれば、今まで討伐者が居なかったのも納得できる。
「流石の腕前だなトルダ。バケモノにちょっと片足突っ込んでるけど」
何もすることがないケンヤがトルダを冷やかしている。
トルダは撃ち尽くした矢を補充しながら淡々とした様子でそれに答え、ナルハの方へと視線を向けた。
「失礼ねー。まあ、動かない的を射抜くだけなら能力補正もあるし問題ないよ。私の仕事は残った石全部の破壊かな?」
「はい。まだあの石からは危険な気配が伝わってきます。上の方にある石から先にお願いできますか?」
「了解。任せて」
短いやり取りの後、再び弓を構えるトルダ。
俺たちも床に近い石の破壊なら手伝える。ここはボスへの直接攻撃組と、石への攻撃組で分かれるのが適当か?
提案すべく口を開いた俺を止めたのは、2人のやりとりを見ていたアリスさんだった。
「トルダさん1人に頑張らせるわけにはいかないわ。ボスの残りLP的に、大きい一撃が狙えるメンツでボスへの攻撃ね。これは私が指示します。他のメンバーは銀灰が指揮をとって」
彼女は最初に花蓮さん達とOさん、クーロンさんを指差し、続けてナルハとマリー様、最後に俺たちを指名した。
石のカラクリは既にナルハが解き明かしているため、NPCの2人もこっちのチームのようだ。加えて、ボス撃退用のメンバーにダリアとアルデの火力が選ばれた。
「ダイキ。さっきは本当に怖かったんだからね……」
先ほどの光景が忘れられないのか、マリー様は涙を滲ませ声を震わせる。
「す、すみませんマリー様。危ない所をナルハに助けられました」
「じゃあ貸し1つ、ですね」
得意げに言うナルハの胸を「言うようになったな!」と笑いながら小突く。
ダリア達にも心配をかけさせたな。
「よし、じゃあ他の皆で石の破壊を素早く終わらせよう。その都度僕の方から指示を飛ばすね。皆、これがラストスパートだ」
石を破壊するチームは銀灰さんが指揮をとる。
またいつ鎌の攻撃が飛んでくるか分からない。どちらのチームもスピード勝負になる。
「床が戻る! スタートっ!!」
アリスさんの掛け声を受け、俺たちは一斉に動き出した! ボスのLPバーは残り一本、これが最後の攻撃になる。
ウルティマがボスの攻撃を受けている間に、俺たちは渾身の攻撃を与えていく。
ボスの表情は未だ『笑い』――押し切れるか?
「! 何か様子が……ッ! 上です!!」
轟音と共に天井が開き、回転する巨大な剣が勢い良く落下――目標は、俺たち。
「最後の最後にズルいわよ、そんなの」
銀色の竜が翼を広げ、その大剣を吹き飛ばす。
ボスの足元からは真っ赤なマグマが湧き上がり、紅蓮の業火はボスのLPバーを爆散させた。
降り立つ竜は元の女アバターへと姿を変え、構えを解いた魔法使いは得意げな笑みを浮かべ、声高らかに宣言した。
「僕達のッッッ!! 完全勝利だッッ!!」